「・・・むち。」







 はぱっと草の近くにいた虫を捕らえるべく手を伸ばすが、のんびりしたの手から逃れ、バッタは飛んでいく。






「えい。」







 はそれを追いかけるが、の行動は遅く、バッタすら全くつかまらない。は僅かに眉を寄せたが、それ以上どうしようも無く、バッタが逃げていくのを見送ることになった。

 に捕まえられるようなバッタはどこにもいない。





「ちずを持つのはおれだっていってんだろ!」

「おまえがもったってどうせわからねぇだろ!」






 サスケとナルトは地図をどちらが持つかで喧嘩をしていた。





「まったく、どっちでもいいんじゃない。」





 サクラは呆れた様子で男二人の喧嘩を眺め、呆れた声で言う。

 4人でクシナにお使いを頼まれたのは、つい数時間前だ。木の葉の街にある医院に行って予防注射を受けてから、木の葉の森のはぐれに住んでいるの伯父・青白宮は木の葉でも有名な薬師で、薬をもらってきて欲しいと頼まれたのだ。

 木の葉を横切り小さな森の小道を歩いて、薬をもらう。簡単なことだが、まだ4歳児のサクラたちには十分冒険や挑戦と言えるお使いだった。





はおくすりの人しってるのよね。」

「うん。おじえ、やさしい。おかち。」





 は目を輝かせてサクラの質問に答える。

 の母の異母兄にあたる彼は炎一族から距離を置いて暮らしているが、に非常に優しく、良い伯父上で、いつもお菓子をくれるのをのんびりしているですらも忘れていなかった。というか、おそらくはそういうことしか覚えていない。





「ねーどっちにいくの?」





 サクラはサスケとナルトに尋ねる。

 二人は地図を奪い合っていたが、サクラの質問に我に返り、真剣に地図を見る。だが、まだ4歳、地図が読めるどころか、文字すら危ういところだ。二人で揃って悩み出す。地図をどちらの方向に向けるのかわからないのだ。

 そもそも地図自体、クシナが持たせた理由は、息子たちが理解できると思ったわけではなく、周りの大人に聞けるようにという心遣いだ。4歳児に理解しろという方が無理である。だが、プライドのあるナルトとサスケはなかなか人に聞こうとはしない。







「・・・わからないの?」






 答えを返さない二人にサクラは不安を覚えながら尋ねると、ぼんやりとが口を開いた。






「あっち。」

「え?」

「あっち。」

、しってるの?」

「しーない、も、地図ちってる。」





 は相変わらずのんびりとした口調で言って、とことことそちらの方に歩いていく。





「え?、地図みてないじゃない?」 






 地図はまだサスケとナルトの手の中だ。慌ててサクラが問い返すと、は「みた。さっき」と短く答えた。






「さっき、って。」





 サクラは目をぱちくりさせる。

 が地図を見たのは、クシナが説明した時だけだ。それからはナルトかサスケが地図を持っており、が再確認する暇は無かった。









「うん。おぼえてるのー。おばちゃまのおはなしもぼえてるー」









 はにこっと笑って、嬉しそうに走り出した。クシナの話の内容もまるまる記憶しているらしいの歩に迷いはない。





「ま、まって!!」





 サクラはの後ろを追いかける。横道を出たところで、クシナが行っていた病院の方へと出た。





「すっげー、おぼえてたってばよー。」





 ナルトは感心して拍手をする。

 実を言うとサスケもナルトもかっこうよさそうだから地図の取り合いをしていたが、実際には地図が読めないため、何となくしか分かっていなかったのだ。

 のおかげで何とか病院にたどり着き、病院に4人ではいると、連絡を受けていたのか、落ち着いた眼鏡の男の忍が中へと達を通す。はその男をじっと見ていたが、大人しく黙っていた。





「注射かー。嫌だってばよ・・・」





 ナルトは待合室に通された途端、しょぼんと項垂れる。





「なんだ、怖いのかよ。」





 とナルトの手前強がりながらも、サスケも表情が凍っていた。

 注射が嫌いなのは子どもの常だ。4歳前後であればなおさらで、幼い頃に受けなければならない注射はいくつかあるわけだが、それをあっさりを受け入れられる年では無かった。





「あっら〜、これはこれは可愛い子達が来たじゃ無いの。」





 鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌でやってきたのは、この病院の医師である大蛇丸だった。髪が長く、端麗な容姿ではあるが危うくおかま一歩手前の彼は、可愛い子供達の姿に舌なめずりをする。





「げっ、」

「こいつかよ。」






 ナルトとサスケは同時に嫌そうにベンチから腰を浮かせる。サクラも無言で表情を歪めたが、は大蛇丸を見た途端に目をまん丸にした。






?」






 突然凍り付いたの反応に心配になったサスケがの肩に触れる。元々目が大きいため、の紺色の瞳はまん丸だ。






「うぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!」






 しばらく沈黙していただが、突然大音量で泣き出した。





「ふぇぇええ!!」





 日頃叩かれても、物が当たってもとろすぎて驚くことしかできず、よほど酷くない限り泣き出さないである。ましてはまだ4歳のいたいけな子どもで、突然響き渡った泣き声に、患者を初め、看護師の視線はすべて大蛇丸に注がれる。





「ちょっ、わたし、何もしてないわよ!?」




 大蛇丸はびっくりしてを宥めようとするが、辺り構わずはぎゃん泣き。幼い子どもが泣き叫んでいる時に言葉を理解するわけも事情説明をするはずもなく、大蛇丸が何もせず、理由も無いのに泣き声は酷くなるばかりだ。


 サスケ、ナルト、サクラが泣くをどうして良いか分からず途方に暮れている中、奥から般若の形相の金髪の鮮やかな女性が待合室に駆け込んできた。





「あ、つなでのばっちゃん。」





 ナルトが場違いな呟きを捧げる。

 鬼のような怒りのオーラとともに現れた彼女はナルトの母方の親戚であると同時に、の父方の親戚でもある。初代火影の孫であり、医療忍者としてスペシャリスト、三忍として有名な綱手姫である。既にかなりの年だが、その美貌は若い頃と全く変わりない。

 金色の髪をなびかせた彼女は、と大蛇丸の間に立ちふさがった。





「何やってんだ・・・」





 ばきりと拳をならしながら、美しいはずの彼女が般若のごとき恐ろしい形相のままに大蛇丸に尋ねる。





「わ、わたし、何もやってないわよ!!」






 大蛇丸は慌てて弁明した。

 確かには日頃よほどのことが無い限りとろくて泣かない。だが、今回大蛇丸は彼女の目の前に現れただけで、まだ何もしていない。濡れ衣だと大蛇丸は懸命に訴えるが、そんなことを聞く綱手では無かった。





「問答無用!!やってなくてがこんなに泣くわけあるか!!」





 最初の質問の意味があったのか、大蛇丸は綱手の拳に、まさに吹っ飛ばされ、天井を突き破る。

 ばらばらと天井板が粉として落ちてくるのを見ながら、サクラ、サスケ、ナルトは目をぱちくりさせた。大蛇丸が部屋を不本意な形で出て行ったのと同時に、はけろりと泣き止んだ。







「4人とも予防注射を受けに来たと連絡があったぞ。おまえらは強い子だから大丈夫だろう。」







 綱手は先ほどと打って変わって優しい笑顔を4人の子ども達に向ける。





「つなでまー」





 が嬉しそうに綱手に抱きつきに行くのを横目に、ナルト、サクラ、サスケは先ほどの恐ろしい所業を忘れられず、どう反応して良いか分からなかった。