予防注射の時、最後まで渋ったサスケ、ぐずったナルト、泣いたサクラと違い、は終始大人しく良い子だった。生まれてすぐに大手術を経験したは病院関係者によくなついており、注射や薬を怖がることはない。だが逆にナルトやサスケは体が強く、病院にはよほどのことがない限り縁がなかったので、なおさら注射が嫌いだった。

 は病院など、ほかの子供が泣きそうなことでも基本、泣かない。

 そのため、先ほど大蛇丸を前にして泣いた理由が全く分からなかったサクラとサスケだったが、両親が三忍の弟子であり比較的よく大蛇丸と会うナルトはその理由を知っていたため、こそっとサクラとサスケに耳打ちした。






、むかしっから、おろちまるだけはだいっきらいなんだってばよ。」






 ナルトも大蛇丸をよく知るが、顔を合わす機会が多いのは、両親が三忍の弟子であるも同じだった。だが、赤ん坊の頃からは大蛇丸が嫌いで、抱かれるとぎゃん泣きだった。ナルトも何度か見たことがある。

 は元から人見知りの激しい子どもではあったが、それでもぐずる程度。とろい性格も相まってか、泣くまで驚くほど長い時間がかかるだったが、大蛇丸に関しては見た途端にぎゃん泣き、と言う徹底した嫌悪っぷりを発揮していた。

 大蛇丸も当初、子どもの泣き声くらいには怯まず、泣くの頬をつつくぐらいの変態ぶりを発揮していたわけだが、それをの母・蒼雪とその師である綱手に見られ、ぼこぼこにされたらしい。

 それからと言うもの、が泣くのは大蛇丸が変態行為をしたからだと綱手は思っている。





「ちなみに。いつきさんもきらいなんだってばよ。」





 の父である斎も、大蛇丸が嫌いだ。

 日頃嫌悪を表に出さず、穏やかで優しい人なのだが、大蛇丸に関しては「きっもーい☆」と嫌悪感を隠そうとしない。大蛇丸がどんなに嘆いても一切容赦は無く、その存在を嫌い続けている。

 そう言った態度が、容姿は斎そっくりのにも伝わっているのかも知れない。





「・・・ひごろのおこないは、きをつけないとだめだな。」






 サスケはしみじみとそう思った。

 おそらく大蛇丸とて日頃良心的な人物であればあれほど嫌悪されることも無かっただろうが、日頃の行動が悪い。幼いサスケでも気持ち悪いと思うほどだ。綱手からの誤解は、永遠にとけることは無いだろうと、何となくわかる。





「みんな頑張ったから、飴玉をやろうな。」






 綱手は予防注射を全員無事に終えると、笑いながらいくつかずつ、褒美として飴玉を子ども達に渡した。

 豪快な人物ではあるが、基本的に優しく裏表の無い綱手を、子ども達はとても好んでいる。ある意味、くせもので気味が悪い大蛇丸よりも綱手が予防注射の担当になってくれてありがたいくらいだ。

 その点では、の大蛇丸嫌いも役立つかも知れない。





「500円ですよ。」





 綱手の付き人のシズネが、にこにこ笑いながら子ども達に言う。





「ごひゃくえん?」







 は財布として持たされた巾着の中をのぞき込んで、首を傾げた。

 ナルトやサスケ、サクラはよく分かっており、すらすらと500円玉を出す。は相変わらずのんびりしている上、巾着の中身がよく見えないらしい。目をぱちぱちさせ、首を傾げる。





「まったく、は。」





 綱手は呆れた様子を見せながらも、膝をついての巾着の中身を一緒に開く。

 中に入っていたのはドーナッツなどのお菓子やハンカチ、ティッシュ、絆創膏、お守り。そして小さながま口の財布だった。綱手は財布を開いて、にコインを見せる。






「どれが500円だ?」

「・・・これ?」

「そうだ。良い子だな。おまえはのんびりしてるが、賢い子だ。」





 くしゃりとを誉めるように頭を撫でて、綱手は500円をもらってシズネに渡して、の巾着袋に物を戻して閉める。

 はまだ目をぱちぱちしていたが、事が終わったのは納得したらしく、何度もこくこくと頷いた。





「これからおまえらはクシナの言うとおり、青白宮の所に行かなきゃならない。わかってるな?」





 確認するように綱手は子ども達に言う。





「あい。」






 は手を上げて返事をした。サスケやナルト、サクラも同じように頷く。そして綱手に見送られながら病院を後にすることとなった。

 相変わらずは道を覚えているのか、とてとてと一番前を歩いて行く。

 サクラはが早く進みすぎないように、転ばないように一緒に手をつないで歩いたが、森への道に入るところで、がふと顔を上げた。





「・・・」





 黙り込んで、は森の中を視ている。





「どうした?」






 サスケは心配になっての肩を叩くがは視線をそらさない。






「なんだってばよ?」






 ナルトは目をこらすように森の中を見る。






「いのちち。」






 の目がいつの間にか紺色から薄い水色に変わっている。それは透先眼という蒼一族特有の能力で、簡単に言うと千里眼のような役割を果たし、遠くを見通すことができる。ただしまだ忍としての能力や特殊性のわからない子供達からの認識は『びっくりするほど目の良い子。』それだけだった。





「はぁ?いののとうさん?」






 サスケは不思議な言葉を発するを振り返る。は言葉が少し同年代の子ども達より遅いため、話がよく分からない。ついでにサスケから視認できないため、ますますわからない。

 サスケはもう一度聞き直したが、突然がさがさと茂みの辺りから音がして、そちらに目をやる。





「いのちち。」





 がまた抑揚の欠けた声音で繰り返す。







「いのししだってばよ!!」






 の言葉を一生懸命反芻したナルトはとっさに理解して、慌てて木の影へと回り込み、上ろうとする。がさがさと茂みで餌を探っているのは、こちらが驚くほどかなり大きな猪のようで、サスケも弾かれたように木を見上げた。

 猪から結構距離があるが、その姿が視認できるほどに大きいのだ。危険以外の何物でもない。






「え、あ。そうか。」






 猪は木には登れない。サクラも我に返って、同じように木に登ろうとする。





「はやく、はやくのぼれよ。!」





 サスケはサクラを押し上げるように声をかけ、を振り返る。はいのししをあまり危ないと考えていないのか、動きが緩慢だ。否、動きが遅いのはいつものことなのだが、今はそれどころでは無い。





!」





 サスケは目立つところにいるの手を引っ張って、木の根元にある茂みへと引き込む。そして木に登るように背中を叩くが、はうまく木につかまるだけの握力が無いのか、ずるずると落ちた。サクラは何とか上へと上がれそうだが、は全くといって良いほど上れず、背の小さいサスケが押しても全くだめそうだった。

 大人であれば木の上に引っ張り上げることもできるが、ナルトにもサスケにもそんな力はない。

 ずざざと木を滑り落ちるその音に反応して、猪がこちらを向いた。どうやら巨大な猪は運悪く子連れらしい。サスケと目が合うと、その次の瞬間足を踏みならし、気が立っているのか、こちらに突進してこようとしている。





「サスケ!」






 ナルトが木の上からサクラを引っ張り上げながら声をかける。





「おまえら、上でまってろ!」





 サスケはナルト達に声をかけながら、を木のうろに引きずり込む。子ども二人がぎりぎりは入れる程度の小さなうろだ。






「はいれ!」






 とろくてぼんやりして、全く状況について行けないをサスケは無理矢理押し込むようにして、奥へと入っていく。巨大ネズミが穴でも掘ったのか、狸なのか、奥は狭いが長い。何とか細い道に入り込んだ途端、どすんっとすごい振動を感じた。

 どうやら猪がサスケ達を捕らえようと体当たりをかましたらしい。





「きゃぁ!」




 上に上っているサクラの悲鳴が上がるが、落ちる音はしなかったので無事だろう。今はそれを願うしかサスケにはできない。を奥に押し込みながら、サスケは恐怖に身が縮む心地がした。も流石に驚いたのか、「ひっ、」と悲鳴を上げる。

 サスケには震えるを抱きしめながら、断続的に来る猪突進の震動をやり過ごす以外に道は無かった。