何度も衝撃がサスケ達が隠れている木の根元のうろを襲っていたが、それもしばらくするとやんだ。サスケ自身も震えていたが、腕の中にいるも同じように震えている。






「だいじょうぶだってばよ!」





 木の上にいたナルトが下りて来たのだろう。がさがさと音がして、おそるおそるといった様子でうろにいたとサスケに声をかけてくる。





「いのししは?」

「あきらめていった。もうだいじょうぶだってばよ。」






 サスケはほっとしたが、ひとまずがたがたとまだ震えているの背中をぽんぽんと叩き、ナルトの方へと押し出す。ナルトはがうろから出てくるのに手を貸してから、サスケを見た。






「だいじょうぶか?」


「あぁ。」






 ナルトの問いにサスケは素っ気なく答えて、の背中を押す。

 は泣いておらずドングリのように大きな目をまん丸にしていた。どうやら驚きと恐怖のあまり泣くことも出来なかったらしい。相変わらずとろい奴だ。

 対してサクラは目に涙を一杯にためて、を抱きしめた。






「いのししなんて、びっくりだ。」





 ナルトも怖かったらしく、目尻の涙を拭う。

 視覚的には迂路の中で何も見えなかったサスケとと違い、ナルト達は木の上で、間近に巨大な猪を見たはずだ。怖いと思って当然だろう。





「めずらしいな。」





 サスケは辺りを見回す。

 4歳児でも通れるこの道は、木の葉から青白宮がいる小さな小屋まで一本道だ。獣道でもなく人の行き来もそれなりにあるため、春先とは言え猪が出ることはほとんど無い。







「それにしても、いのちちじゃねぇよ。いのししだぞ。」






 ナルトは律儀にに教える。そもそもが一番に気づいたのだ。それ自体は良かったことだが、「いのちち」では何なのか分からない。





「いのの父さんかと思った。」






 サスケはぼそりと不満を口にする。

 は父親のことを「ちーうえま」と呼んでいるため、いの父だと思ったのだ。無理からぬ勘違いである。の滑舌の悪いのは前からだが、もう少し早く滑舌よく言ってくれたら、無事逃げられたのにと思う。







いったも!いのちちって!」

「だーかーら、いのちちじゃねえってばよ!い・の・し・し」






 が主張するから、ナルトも大声で返す。

 しかしには相変わらず、「いのしし」は「いのちち」に聞こえているらしい。もしくは「いのしし」と発音しているつもりなのだろう。全く無意味な会話にサスケはため息をついていると、道の向こうから歩いてくる人物がいた。


 柔らかそうな銀色の髪に灰青色の瞳。の母に一番よく似た30歳過ぎの男は優しく穏やかにほほ年でこちらへと歩を進めている。







「あ。おじえ!」







 はぱぁっと表情を輝かせて、その人物の元へと駆け寄る。が、すぐに道の舗装の悪さ故か、石に蹴躓いてこけた。

 しばらく沈黙が流れる。





「・・・いちゃい。」






 皆の視線を一身に受けながら、は泣きもせずむくりと起き上がり、自分の額を撫でる。





「あー、こけちゃったね。」






 青白宮はを助け起こし、片手で抱き上げてからもう片方の手での着物についた泥を払う。あやすようにの体を揺らしながら、彼はサスケやナルト、サクラの姿に笑みを浮かべた。






「みんな猪は大丈夫だった?」






 青白宮はどうやら猪の存在を気にしてわざわざ迎えに来たらしい。予想通りだったが少し遅い。








「さっきみたってばよ!」







 ナルトは非難を含めて大声で叫んだが、青白宮は「ごめんごめん」と軽く返すだけだった。






「どうしていのししなんて、いたんだ?」





 日頃この道には出てこない猪との遭遇にサスケは子どもながらに訝しむ。







「最近食糧不足らしいんだ。山から下りて来ちゃってね。」





 青白宮はさらりと言った。今年、春先に雨が降り続いたせいか、どうにも山の春の味覚が不調なのだ。それに伴って、猪も出てきたのだろう。






「猪って子ども食べちゃうし、危ないかなって下りて来たんだけど、遅かったみたいだね。」




 笑いながら言う青白宮に全員揃って真っ青になる。幼いナルト達は猪が人を食べるなんて話を知るよしも無かった。恐ろしい話である。

 青白宮は全く子ども達の様子に気づかず、の頭を撫でる。






「みんな無事だな。早く、家に行こう、おやつを用意しているから。」

「おやちゅ!」




 はハイテンションで青白宮の腕の中で手を上げる。





「そうだよ。宮の大好きな栗だよ。」

「くり!!」





 目を輝かせていてるを、青白宮はまぶしそうに、うれしそうに見つめる。の母には兄弟が6人いるが、そのうち炎一族にとどまっている3人は、3人ともに甘い。青白宮も例に漏れず、姪がかわいくてたまらないらしい。

 そのため、姪の友人であるサスケとナルトも、よく青白宮にはかわいがってもらっていた。





「予防接種はちゃんと終わったの?」






 青白宮は家に向かう道すがら、穏やかにナルト達に尋ねた。





「うん。終わったってばよ!ちょっと痛かったけど。」





 ナルトは少し複雑そうな顔をしながら自慢げに言った。サクラは恥ずかしそうに頬を染める。泣いたことを覚えているのだろう。サスケもだ。





がおろちまるのまえで、なきだして、たいへんだった。」






 サスケは上機嫌のに視線を向ける。はきょとんと紺色の瞳を丸くして、目をぱちくりさせる。





「そうなの?泣いたの?珍しいね。」

「ねばねばへびすきないの。」





 は悪びれも無く訴えた。





「へびって、まぁ見た目は蛇みたいだし、しつこそうだけど、彼は一応人間だったと俺は記憶しているんだけど。」

「ないない!へびはすき!も、ねばねばやー。」

「?」





 は懸命に説明しているが、青白宮も流石に意味が分からないらしい。首を傾げて困った顔をした。





「なにがねばねばなんだってばよ。」





 ナルトは素直に疑問を口にする。は元々は垂れがちの目をつり上げて、自分の口を指さす。





「おくちからねばー。」

「あ・・・」






 ナルトは納得したらしい。青白宮もわかったらしく、嫌そうに眉を寄せて二度ほど頷いた。

 サスケとサクラは顔を見合わせ、何か分からず首を傾げる。





「みたことねぇの?あいつ口から出てくるんだってばよ−。どろぉって」





 ナルトは思い出して鳥肌が立った自分の腕を撫でながら言った。

 大蛇丸は自分が敵に殺されかけたとき、口から自分がうにょっと出てくる時がある。時たま蛇の姿をしているのだが、それが口から出てきたため、粘着質の何かがくっついていて気持ちが悪いのだ。どちらかというと生理的な問題だろう。

 一緒に任務に出たことのある人間なら、誰でも知っている。


 青白宮も何かの折に異母妹でありの母である蒼雪から何度かその話を聞いていた。実際に大蛇丸の蛇分身の場を見たこともあり、幼いがそれを目撃したのならば、彼の顔を見た途端にぎゃん泣きしたとしても責められた物では無い。






「きっしょ。」





 サスケも思わず想像して、身震いをする。

 誰でも粘着質のものをつけたままどろっと口から出てきたなら、嫌悪感を感じるはずだ。しかもそれがいつもオカマのような口調で話しかけてくる、きもい変質者ともなれば、泣いて当然だ。






「一部の信奉者がいるらしいけど、どうしてなんだろうね。」





 青白宮は非常に不思議そうに、真顔で言った。

 大蛇丸には多数の弟子がおり、その中には現在では非常に優秀な忍も含まれている。ただその信奉者にも変な奴が多いと言うことをナルトはどこかで知っていたけど、黙っていることにした。