アカデミーに入学するなり、は見事ないじめられっ子になった。
「のーと、ない。」
が帰り際にそう言い出すのは、初めてではなくて、サスケは頭を抱える。
「ない、ってなんだよ。おまえ、家に忘れたのか?」
「うぅん。お昼の授業で使ったから、わすれてない。」
家に忘れてきたわけではないらしい。先日も同じようなことがあり、ゴミ箱から無残にばらばらになったノートが出てきた。サスケは無言でゴミ箱の方を見るが、今日はなかった。おそらくナルトがいじめっ子たちと喧嘩をし、サスケが先生であるイルカに言ったため、いじめっ子もゴミ箱に捨ててはいけないとわかったのだろう。
「どうしよう、また買わなくちゃ、」
は困り切った表情を隠そうともせず、息を吐くが、本質的にはそういう問題ではない。少しのんびりしているは自分のノートがばらばらになっていても、それをやった犯人がいるということをまだよくわかっていなかった。
「かえろう。」
鞄を背負って、はサスケの袖を引っ張る。
ナルトはグラウンドで子供達と遊んでいるはずだから、帰りに拾って帰らねばならない。今日はナルトの両親も、の両親もいないため、ナルトの家に行って、ナルトの家でご飯を食べて、泊まる日だ。母親同士が親友同士であるため、行き来は普通で、別段珍しい話ではない。
そこにサスケの兄であるイタチが加わることもよくあった。
「俺、ノート余ってるから、あとでやるよ。」
を慰めるためにサスケが言うと、は「ありがとう。」とふにゃっと笑った。
ナルトや彼の母親であるクシナがノートを奪ったいじめっ子のことを知れば、烈火のごとく怒るだろう。ナルトは母親によく似ている。たぶん性格も四代目火影であり、父親のミナトより、ずっとクシナに似ていた。
クラスの中で、ナルト、サスケ、はいつも浮いている。
ナルトは四代目火影の息子であるが九尾を持っており、狐のガキと羨望とともに遠巻きにされているし、サスケはうちは一族の嫡男であるせいか、その性格のせいか、全くクラスになじめていない。それは少しのんびりしており、炎一族の宗主令嬢であるにも同じことだった。
ナルトは結構やんちゃだし、サスケは成績も良くアカデミーの中でも強い、だからいじめっ子たちも手出しのしようがないが、は本当にのんびりしており、あまり言い返したり、反撃するタイプではない。それをいいことに、この間、上っていた塀から突き落とされた。
入学してから一年。ずっといじめられていても気づいているのかいないのか、泣いたことも応えた様子もなかったが、その時初めて、ひどい声で泣いたのだ。ことの顛末を見ていて、いじめっ子を殴ろうとしていたナルトが、びっくりして手を止めるほどの悲痛な声で泣き叫んだ。
いじめっ子たちはがとろくて誤って落ちたのだと主張していたが、サスケやナルト以外にも目撃者がいたため、やった子供達はひどくイルカから叱られていた。それから、はあまり学校に来なくなった。所謂不登校というやつで、今日は1週間ぶりの学校だったというのに、これだ。
「、」
サスケはなんだか怖くなって、の小さな手をつかむ。わかっているのかわかっていないのか、はサスケの方をその大きな紺色の瞳でとらえると、「大丈夫」と笑った。
グラウンドの方へといくと、やはりナルトたちが遊んでいた。
「なんだ。もう帰んのか?」
キバがナルトを引き留める。
「おう!母ちゃんすっげえ怖いんだってばよ!!」
ナルトは素直にそう言って荷物を拾い上げてとサスケに手を振る。喧嘩も多いが、なんだかんだ言ってナルトは幼なじみであるサスケとを大切にしていた。
「じゃあ仕方ねぇな。」
キバも引き留めることなく、遊びへと戻っていく。
「ナルト、いいの?キバとあそんでたのに。」
が言うと、ナルトはの手を取って楽しそうに笑った。
「早く帰らねぇと母ちゃん怖いからなぁ。」
「そうだな。クシナさんは怖い。」
サスケもあっさりとナルトに賛同する。
四代目火影が恐妻家であることは里の中でもよく知られていることだ。サスケも幼い頃から殴られたりしているので、体感していた。ナルトの家は父親こそ穏やかだが、母親が怖い。サスケの家は父の方が怖い。ちなみにの家は、母も父も甘い。あげく一族をあげてを愛していた。
そのために、このぼんやりしたができたのだろう。
基本的にぼんやりしていても、生きていけるのだ。一族の皆がフォローしてくれるから。
「、今日のテストできたか?俺全然だってばよ。」
ナルトはテスト嫌いなのでにそう問う。今日は算術のテストで、あまりよくできなかったらしい。サスケの方は楽勝だったわけだが、はうーんと悩む。
「わたしもいまいちだったよ。」
言いながらも、たぶんの成績はそれほど悪くなかった。成績が非常に悪いナルトと違い、の成績はかなり良い。本人自身がないが、才能だけはピカイチ、持っている血継限界もすばらしいは、教師からも一目置かれていた。
だが、たぶんそれがほかの子供達からはおもしろくないのだろう。彼女に罪はないが、いじめはいつものことだった。
「明日帰ってくるらしいから、どうせ明日わかるだろう。」
サスケは息を吐く。子供の簡単なテストなのだから、イルカは間違いなく早く採点をして、明日までには返すだろう。明日には結果のわかる話だ。善し悪しはともかく。
はサスケを見て目を一つ、二つ瞬かせてから、ぽつりと言った。
「わたし、あした学校いかない。」
「え?」
「わたし、明日いかない。」
そう言って、は別段その話題を続ける気がないとでも言うように、すたすたと前を向いて歩く。
「、またなんか言われたのか?!」
「今日、ノートがまたなくなったんだよ。」
ナルトが荒い息のままで問うから、サスケが何も言わないの代わりに答える。
「なんだってばよ。それ。」
ナルトはむっとした顔をして、ぎゅっと拳を握った。彼の怒りの気持ちはサスケにも本当によくわかる。の両親と担任であるイルカが何度か話していたが、がろくに言い返さないため、子供達のいじめはいっこうになくならなかった。
腕っ節の強くてクールなサスケや、よく話し、喧嘩もするナルトとは違って、は女でおとなしいため言いやすい。何人かの女の子がをかばうこともあるが、すべては無理だった。一応皆ばらばらに気をつけてくれているが、いじめっ子はしつこかった。
一度が「やめて!」と彼らに叫んだことがあるが、それでもいじめがやむことはなかった。最近ではサスケとナルトはにべったりだ。どちらかが必ずのそばにいるが、の持ち物までどうにかすることはできない。
いじめを防止するにも、限界があった。
「・・・おうちにいる。」
おうち、とは炎一族邸のことだろう。正直な話、炎一族の全員が、がアカデミーへと通うことを容認しているのではない。隠居した前宗主夫妻(の祖父母)も、一族のものもが危険な目に遭うことを望んでおらず、社会勉強と友人を作るためにとアカデミーに通うことを主張したの両親とは、異なる意見を持っている。
が行きたくないと言えば、無理矢理行かせることはないだろう。いじめがあればなおさらだ。
元々炎一族全員が里に仕えているわけではない。宥和政策をとり、炎一族宗主であるの母も里の忍として働いてはいるが、別に跡取りであるが里で働く必要はないと炎一族の多くのものが考えている。しかし、それは里の上層部にとっては憂慮すべきことであり、里はアカデミーにが通うことを望んでいた。
相反する大人の事情が、を追い詰めていた。
「俺は、何があっても、の味方だってばよ。」
ナルトはぎゅっとの手を握って、強く言う。サスケも同じようにの反対の手を握った。言葉で出せないけれど、サスケもナルトと同じ気持ちだ。
「うん。ありがとう。」
はふにゃりと幼い頃から全く変わらない笑顔で、笑う。それを見ながら、サスケもナルトもやりきれない気持ちになった。