子どもらしからぬ綺麗なフォームで投げた雪の玉は、ナルトの顔に直撃し、そのまま彼は後ろに突っ伏す。




「え?」





 サスケは目を点にして呆然とナルトが倒れていくのを見つめた。雪の玉はナルトが倒れるのと同時に重力に従って下へと落ちたが、それが不自然に雪へと深くはまり込む。それを見てサスケは一瞬にして事態を理解した。





「稜智!」




 サスケは投げた本人である子どもを振り向き、声を荒げて怒鳴りつける。




「あ、のっくあうと?」





 何でも無いことのように次の雪玉を用意していた子どもは、邪気は全くありませんとでも言うような笑顔で嬉しそうに笑って見せる。

 今年で4歳になる、サスケの甥っ子の雪羽宮稜智である。

 さらさらの黒い髪に、少し大きな漆黒の瞳。父親に似た淡麗な顔立ちと、母親によく似た色白の肌と柔和な雰囲気。大人の目から見ると非常に可愛らしいその甥っ子が、たまに悪魔に見えるのは、サスケだけではないはずだ。

 自分の唇の端が引きつるのを感じた。





「おまえ、雪に何混ぜた…」

「え?これ?」





 彼の小さな手には、不釣り合いな砲丸が握られている。3歳児にはあまりに重たいそれを軽々持ち上げているのは、彼が持つ類い希なるチャクラによって筋力を助けているからだ。だが、そこが問題ではない。




「やるならかちたいもん」





 さも当たり前のように言ってみせる甥っ子に、サスケは頭痛がした。

 確かに勝負をする限りは勝たなくてはと思うのは正論だが、どこの世界に雪合戦の玉に砲丸を入れようとする子供がいるだろうか。あくまで雪合戦は遊びであり、戦いではないのだ。予想外の攻撃に昏倒したナルトに、稜智は酷く満足げだ。





「おまえ…」




 庇の近くでその様子を見守っていたイタチが、息子の所業にこめかみを押さえて庭へと出てくる。





「だって、誰もほうがんをたまにいれちゃだめっていわなかったもん!」

「言わなくても危ないのは分かるだろうが!」

「しのびなんだから、よけれるでしょ?」





 稜智は父からの言葉に真っ向から反論する。

 確かに普通ならナルトも避けることが出来ただろうが、砲丸が入っていて、まさか雪玉が直線で飛んでくるとは思いもしなかったのだろう。ましてや3歳児が投げる本気などたかが知れているし、雪の玉ならば飛んでくる速度は遅い。彼の予想は普通の3歳児に対しては大方正しいが、ただ、稜智は普通の3歳児ではなかった。





「…」





 イタチはため息をついて息子を改めて見据える。もこもこの毛皮の服を着込んだ息子はやはり見た目はただの3歳児だが、突拍子もないその発想力と行動力には誰もが脱帽で、先が思いやられる。





「いててて、なんか、かたかったってばよ。」




 やっと顔にぶつかった砲丸入り雪玉の衝撃から立ち直ったナルトが顔を上げる。



「大丈夫か?」



 イタチは心配そうにナルトに目を向けると、彼はひらひらと手を振った。



「大丈夫大丈夫。それに子どものやることだってばよ。」



 面倒見の良いナルトは、大方のことはそれで許す。イタチはそんなナルトにますます申し訳なくなって目尻を下げた。




「みんなー、もうそろそろご飯だよ。」




 母屋の中にいて何も見ていなかったが庇の方へと出てきて、庭にいる面々に声をかける。



「ごっはんー!」



 稜智は怒られていた様子も忘れて、我先にと一番に母であるの元へと走っていく。勢いのまま庇への階段を駆け上がり、へと飛びつくと、は少し驚いた顔をしたが、膝を折って稜智を抱きしめた。

 母に甘えるその姿はやはり3歳児そのもので、イタチは苦笑する。



「なんか、年々酷くなってるよな。」




 サスケも同じような顔で眉間に皺を寄せて、母子の姿を眺めた。




「なんか、稜智、ちょっと斎さんに似たのかな?」





 ナルトが少し困ったように笑うのを聞いて、稜智のいたずらに最近悩まされ続けているサスケとイタチは思わずげんなりした。







 雪羽宮稜智は3年前、帝王切開で生まれた未熟児だった。

 生まれた時は1500グラム程しか無く周囲も気をもんだが、保育器から出てみるとなんの問題も無く、寧ろ成長が早い子どもとして順調に大きくなった。母であるが体の弱い体質であることから皆も気をもんだが、こちらが驚くほど病気もせず、3歳の現在まで入院したのは生まれて数ヶ月間の保育器の中だけという健康的経歴の持ち主だ。

 炎一族において宗主の条件は白炎使いであると言うことだけだ。稜智が白炎の鷲を持って生まれてきたため、二代ぶりの男の宗主候補者と言うことで、炎一族も手放しで喜んだ。東宮のは体が弱く、跡取りが早くから危ぶまれていたことも、喜びに拍車をかけた。

 出産後も1年以上体調を崩したと生まれたばかりの稜智の育児も相まって、結局とイタチはの両親がいる炎一族邸の東の対屋に現在も住んでいる。もちろんサスケも一緒だ。最近では両親のいないナルト、斎の弟子になったサイなども間借りするようになり、東の対屋近くに別棟が作られていた。

 人の出入りが激しい屋敷で育ったせいか、稜智は比較的人見知りしない、非常に活発な子どもだ。




「本当に、なんであんなにやんちゃなんだ。」




 イタチはため息をついて庇へと続く階段を上がる。

 未熟児であったのだから、もう少し大人しくても良いと思うが、稜智はナルトもびっくりするほど活発で、行動力に溢れている。まだ3歳児なのだから誰かが常についていないと危ない年頃なのだが、一瞬目を離すとどこかへ行ってしまっている。

 驚くほどに強い好奇心と、行動力にこちらが脱帽だ。




「子どもは元気が一番だってばよ。」



 ナルトはイタチの悪態に楽しそうに笑って言う。

 大らかで、自分自身がやんちゃだったこともあり、稜智のことも大目に見ているのだろうし、イタチやサスケよりは彼の行動にも予測がつくらしい。だが、そのナルトが振り回されるほどに稜智は強烈だ。



「何事も限度があるだろ。限度が。」




 サスケはそう言わずにはいられなかった。

 最近ではチャクラを使うことも覚え、やることのスケールが恐ろしく大きくなっている。元々健康的な上にチャクラの量も多い稜智は、それを徐々にうまく使う方法を覚えだしている。もちろん無意識でだ。

 しかもチャクラが多い癖に、コントロールの才能は誰もが目を見張るほどで、大きな岩を片手で持ち上げたり、先ほどのように砲丸を全速力で投げたりと、大人顔負けの行動をする。だが、発想が子どもなだけに恐ろしい。



「そういやさ、稜智、アカデミーに入れんの?」




 ナルトはちらりとイタチを見て問う。目下それが、イタチにとって一番の問題だった。



「…父上にも同じことを言われて、今考えてるところだ。」




 イタチが言う父上、とは、の父であり、イタチの義父となった斎のことだ。

 最近稜智はナルトやサスケの術に興味を持ち始め、勝手にまねをするようになっていた。誰かが進んで稜智に術を教えたことは無い。まだ3歳だし、イタチも早いだろうと思っている。ところが稜智が勝手な試みを始めたのを見た、斎が、危ないんじゃ無いかと言いだしたのだ。

 イタチは、自分が幼い頃から天才と言われ苦しい思いをしただけに、息子には普通の子どもと同じようにアカデミーに入るまでは遊んで、6歳でアカデミーに入ってから術やチャクラのコントロールを学んでも遅くないと思っていた。

 もちろん躾は厳しくしているし、炎一族を後々継ぐことを考えればしっかりしてもらわなくては困るが、今はまだ子どもらしくしていてくれれば良いと思っていた。

 だが、長年暗部で教育に携わり、イタチの師でもある斎は、孫の成長の早さと好奇心の強さを危惧している。師を持たない、勝手な試みによって怪我をする可能性は十分にあるのだ。また人を傷つける可能性もある。




「でも稜智を面倒見るってなると、相当の忍じゃ無いと困るだろ。」





 サスケも理解していることだが、潜在能力の高い生徒には、基本的にそれ相応の師が必要になる。ましてや白炎使いで、まだ暴走の危険もある子どもだ。下手な人物を選べばその忍が大怪我をしかねない。3歳という年頃故に不安定なので、そう言った対応も出来なければならない。



「普通で、良いと思ったんだがな。」





 息子の能力を見れば、逆にその力の使い方を教えないことが、彼を傷つけるのではないかと思うことがある。

 親として、難しい選択を迫られていることを自覚しながら、イタチはため息をついた。





子どもらしい子ども