「うちはのじいじは超ぶっちょうづらね。」





 の腕に抱えられている4歳の息子は恐ろしい言葉を実の祖父であるフガクにかけて、可愛らしく小首を傾げてみせる。くるりとした黒い可愛い瞳と、無邪気な仕草にだまされてミコトは一瞬内容が理解できなかったが、先にイタチが顔色を変えたのでわかった。




「…稜智、」



 低い声でイタチが息子の名前を呼ぶ。



「えー。ほんとじゃん。ねー。」



 稜智は父親からの叱責も物ともせず、母親であるに同意を求める。



「…え、え?」



 ミコトにとっては義理の娘となったは、息子の言葉に同意するわけにもいかず、かといって否定することも出来ず、慌てた様子で夫と息子の顔を見比べている。



「なんか、羽宮はいつも言うことが個性的ね。」



 ミコトは自分の孫でもある稜智を見ながら、思わずそう口にしていた。

 黒いさらさらの髪に、黒い瞳、精悍な顔つきは父親のイタチにそっくりの稜智だが、柔和な笑みや可愛らしい仕草はどちらかというと母親のに似ている。頭の回転が速いのはおそらくイタチに譲りなのだろうが、礼儀正しく良い子だったイタチとは違い、稜智は思ったことを素直にそのまま口にする。



「ちちうえ、こせいてきなに?」

「普通じゃないってことだ。」

「ふうん。じゃはーうえといっしょ!」



 そう言って母親に抱きつく姿は子どもそのものだが、言っていることはなかなか酷い。




「え?わたしって普通じゃないの?」




 が戸惑ったように言うが、稜智はころころと母親の膝に頬ずりをしている。



「まぁ、ひとまずおはぎでもいかが?」




 ミコトは机の上に用意していたおはぎを皿にとり、に渡す。甘い物に目の無いは「ありがとうございます。」と嬉しそうに笑って、それをイタチに渡した。

 うちは一族の反乱を首謀してからかれこれ5年以上の月日が流れた現在でも、ミコトとフガクは相変わらず屋敷で軟禁状態に置かれている。勝手に出かけることは出来ない。そんな二人を思ってか、は良く二人の所を訪れていた。

 今も相変わらずミコトとフガクの所業を許すことが出来ないのか、イタチとサスケが単独でこの屋敷を訪れることは基本的に無い。だが、に言われると渋々とやってくる。

 子どもが出来てからしばらくはも体調を崩した上、ミコトとフガクも一度だけ見舞いで外出が許されたのみで孫を見ることが出来たのは一度きりだったが、が体調を徐々に回復して来ている現在では、2週間に一度ぐらいのペースで孫と共には屋敷へとやってきた。



「まったく、なんでおまえはそんなに口が悪いんだ。」



 イタチはの膝の上でごろごろしている息子の髪を軽く引っ張る。さらさらとした髪は、離すとすぐにイタチの手からこぼれ落ちた。



「ちちうえ、こまかい。」



 稜智はころころと鈴を鳴らすように軽やかに笑う。その声音は酷くに似ていた。


 フガクとミコトのことが許せないイタチは、子どもが出来るまで、二人の前でほとんど話すことはなかった。が何かを尋ねない限り、彼は全くと言って良いほどこの屋敷で言葉を発しようとはしなかった。だが、子どもが出来てからは、やはり子どもに祖父母と不仲であると言う姿を見せてはいけないと思うのか、溝はあるし、二人に話しかけることはしないが、子どもやに普通に話すようになった。




「あ、かえったらつる。」



 唐突に稜智は小さな手をふわふわと宙で彷徨わせながら、イタチに言う。




「つる?」

「おりがみ。じいじが、ちちうえにいえって。」

「あぁ、式紙か。」




 イタチは納得したように頷く。


 稜智が言う“じいじ”はの父、要するに彼にとっては母方の祖父に当たる蒼斎のことだろう。彼は式紙という紙を操る術を知っているが、それにはまずチャクラを通す、特殊な紙がいる。だが、その紙を持っているのは当然斎で、本来なら別にイタチに言う必要は無い。




「斎さん、賢いわね。」




 ミコトはぽつりとそう呟く。

 イタチは幼い頃に天才と崇められ、忍術を教え込まれたことを、あまり良いことと捉えておらず、それを息子に強いる気は欠片も無かった。そのため3歳という年齢もあって、忍術を教えることはまったくなく、むしろ触れさせることを好んでいない。そのため誰もが彼の前で忍術を見せることはなかった。

 だが最近、稜智自身が忍術に興味を持ち始め、勝手に試みを始めたことを、ミコトもから聞いている。斎はおそらく、父親のイタチの教育方針を尊重して、どうするかを問うているのだ。



「じいじの、やってみたい!」




 稜智は母親の膝から顔を上げて、イタチの膝を小さな手でぽんぽんと叩く。

 幼い彼にとって、折り紙が斎の思い通りに動く様が、とても面白かったのだろう。子どもなのだから、やってみたいと思うのは当然のことだ。 

 イタチは息子の興味に複雑そうな顔をして、を見る。



「ちょっとした、遊びだよ。」



 は稜智の頭を優しく撫でながらイタチに頷いてみせる。イタチも納得したのか、稜智に手を伸ばして自分の膝の上に抱き上げた。




「わかった。だがあんまり父上を困らせるんじゃ無いぞ。」

「じいじはこまらないよ。いつもしかたないなーっていっていっしょにむしとりしてくれるもん。」




 父親の首に手を伸ばしながら、稜智は弾んだ声を出した。

 祖父である斎は稜智のいたずらとやんちゃに一番目くじらを立てないらしい。ナルトも大らかだが、斎はそれに輪をかけており、しかも稜智をうまく扱うという。ミコトもから聞いており、「羽宮は父上に似たのかも知れない。」と零していた。




「斎様はもう、40近いだろう。」




 黙っていたフガクが、少し戸惑うような表情で口を開く。

 は斎が18歳の時の子であり、も17歳で出産したことから、斎は祖父と呼ぶにはあまりにも若い年だが、それでも子どもと一緒に駆け回るような年ではあるまい。ましてや活発だったサスケやナルトですらまかれる稜智の世話は並大抵では無いだろう。

 確かに元々斎は子どもっぽい人だったが、それでもフガクなら正直ごめん被りたいところだ。




「でも、一緒にかけずりまわってるよね。」




 はイタチに目をやる。イタチも小さなため息と共に頷いた。

 斎は暗部の親玉としてそれなりに忙しいが、最近では戦争もほとんど無く、任務は少ない。イタチは暗部で現役、も最近体調が整ってきたとはいえまだまだだが、出かけることも多い。どうしても稜智は最近、前科持ちで暇なサスケか、サボり癖があり、ちょくちょく勝手に屋敷に帰ってくる斎に面倒を見てもらうことが多くなっていた。

 サスケも稜智が幼い頃はしっかり面倒を見ていたが、最近のやんちゃっぷりにげんなりしている。の友人達も皆同じだが、斎だけは楽しそうに孫と虫取りだ魚釣りだとかけずり回っていた。



「面倒見ていてくれる分にはありがたいが、本当に迷惑じゃないンだろうか。」



 イタチも最近は流石に申し訳なく思っているわけだが、斎はそう言ったことを昔からイタチに見せたことが無いから、本当に分からないのだ。斎はイタチの師であるのだから気にするのは今更なのかも知れないが、実の父親の自分でも疲れるほど元気な稜智の世話をさせていると思うと、頭が上がらない。




「まぁ、気にしてないんじゃ無いかな。」




 はふんわり笑って、「ね。」と稜智の頭を撫でる。「うん。」と答えて父親の腕に抱きついて遊ぶ稜智はやはり普通の子どもだった。イタチもそう言った甘えを怒りはしない。




「やんちゃも良いが、怪我だけは気をつけろ。」




 イタチは稜智の額に出来ている擦り傷を撫でながら、注意する。ミコトはそんな自分の息子と孫を見ながら目を細めた。


 イタチは酷く妻に優しい夫で、愛情深い父親になった。子どもを抱きしめることをいとわないし、躾は厳しいが礼儀や作法で子どもとの間に溝を作ることも無い。うちは一族は一族としての結束は強かったかも知れないが、一族のためを求めるが故に、親子関係は希薄だったのではないかと思う。今もイタチとミコト、フガクの間には大きな溝がある。

 おかしな話しだ。炎一族の方がうちは一族よりも遙かに大きな一族だというのに、の両親は愛情一杯にを育て、全く親子関係に溝を作らなかった。

 それに憧れていたイタチは、息子に愛情を注ぐことをいとわない。恥じらいも無く抱きしめるし、大切だという。心配もする。



「反面教師、ということなのかしらね。」



 自分が求めた物を、息子にとイタチは思ったのかも知れない。望んだ物を与えてやれなかった無力感はあるけれど、これで良かったのかも知れないとミコトは自分に言い聞かせた。







うちはのじーじと反面教師