折り紙の鶴や人形が、机の上で踊っている。
「あるこーあるこーわたしはげんきー。」
稜智が歌う拙い旋律にあわせて踊る人形は、隣にいる斎が操っているのだろう。
息子の高い声音と、斎の低い声音が混ざり合って、柔らかな旋律を奏でる。黒髪の稜智と、紺色の髪をしている斎とは、孫と祖父であるけれどあまり似ていない。けれどその動きはそっくりで、楽しそうな仕草も似ている気がして、イタチは笑って目を細めた。
黒髪と黒い瞳を持つ息子は、どちらかというとイタチにそっくりで、もちろん炎一族の血継限界を持っているが、容姿に関してはうちは一族によく似ている。
は自分の体が弱いため、息子がイタチに似ていることを歓迎していたが、イタチは心中で複雑だった。
呪われた一族と言われるうちはのしがらみを息子には受け継いで欲しくなかったし、出来れば自分にも似て欲しくなかった。一族の因縁など、忘れ去りたかった。だから、息子の容姿が自分に似ていると分かった時、少しだけ恐ろしかったのだ。
性格も、自分に似て欲しくなかった。
自分のように周りがよく見えすぎる聡い子どもで、大人達の中苦労するよりも、出来ればのように天真爛漫に、人の目をあまり気にしない、誰とも仲良く出来る明るい子どもに育って欲しかった。
「あるくのーだいすきー!どんどんいこーぉー。」
イタチの心配をよそに、息子は賢いながらも天真爛漫で、どちらかというと性格の方はイタチに似なかった。いたずらが過ぎることは困りものだが、イタチの目から見ても息子は子どもらしい子どもで、幼い頃のイタチのように大人しくも、大人の言うことを気にする子どもでもなかった。
「あーちちうえ!」
ぱっと歌うのをやめて、御簾を上げて様子を見ていたイタチの方へと稜智は駆け寄ってくる。
「良い子にしてたか?」
「ばっちり!」
「…」
その自信はいったいどこから来るのかさっぱり分からなかったが、イタチは息子を抱き上げる。
イタチによく似た精悍な顔つきの中で、垂れ目がちの大きな目が母であるによく似ていて、イタチは思わず目を細める。自分にそっくりの息子の、に似ている部分を探すのはとても楽しい。
「おかえりー。にんむおしまい?」
「あぁ。明日は休みだしな。」
「じゃああそんでよ。らじおたいそー!」
「…なんだそれは。」
子どもらしい話題を話す稜智について行けずにいると、後ろで斎が笑った。
「あれ、知らないの?イタチ。アカデミーで昔やらされたでしょ?」
「たーたーらたったったった、たーたーたーたーたったたた、らじおたいそーだいいち、うでをまえからうえにあげて、のびのびせのびのうんどーから。はい!」
音楽と文言をそのままそっくり記憶しているらしい稜智は、イタチに抱かれたまま手を上げて始める。教えたのは間違いなく斎だろう。何を教えているんだこの人はと頭を押さえたくなったが、実害はないので放って置くことにした。
「毎日手足を動かすのは良いことだよ。」
斎はニコニコと笑いながら言って、机の上で踊っていた式紙を片付けていく。
「結局、式紙は教えたんですか?」
稜智は一週間ほど前から、チャクラを通した紙で作る斎の式紙のまねをしたがっていた。
「蛙の足がぴくぴく動いたくらいかな。」
チャクラを紙に通し、意のままに操るのは非常に難しい。
ろくすっぽチャクラコントロールを学んでいない上、3歳の稜智に出来たのは、蛙の足を痙攣さす程度で、稜智はすぐに飽きた。まだ子どもなので面白くなければ持続力はない。
「そう、ですか。」
自分が稜智に教えても良いと許可したのに、少しだけイタチはその結果に安堵した。
子どもからすると、複雑に斎の指令通りに動く折り紙が興味深かったようだ。イタチは自分が幼い頃からアカデミーに通い、人殺しを覚えたことから、元々早くから息子にチャクラの使い方を教えることには慎重だった。
子どもらしく、普通の子どもとして育ってくれれば良い。
しかし、チャクラの使い方も忍術も、教えたくないと思っているイタチの願いとは裏腹に、最近稜智は自然にチャクラコントロールを覚え初め、この間も子どもでは持てないはずの砲丸を軽々ナルトに投げつけたりとトラブルも起こすようになっていた。
今回も稜智が興味を持ったから許可したが、元々乗り気では無かったのだ。
「ちーうえがかえってきたから、ごはんー!」
稜智はイタチの腕から飛び降り、突進するように東の対屋へと走っていく。どうやら母であるを呼びに行くつもりらしい。
イタチはその背中を複雑な思いで見送った。
「どう、思いますか?」
「どうって?」
斎はイタチの問いに、笑って問いを返した。
「教えた方が、自然なんですかね。」
忍術に触れさせることが、息子のためなのだろうか。
親の意向故に子ども時代があまりにも短かったイタチは、稜智に普通の子どもでいて欲しかった。しかし、莫大なチャクラを持ち、成長の早い稜智にチャクラの使い方を教えないこと、それは親のエゴなのかも知れない。
今、サスケも、ナルトも、そして斎も、基本的にイタチの教育方針に沿って、稜智の前では忍術を絶対に見せないし、教えない。だが、それはイタチの願いであって、稜智から未来を奪っているのかも知れないと、最近イタチは思うようになった。
「自主性が、一番だと僕は思うけど。」
斎はイタチの願いも理解しているため、否定はしなかったが、肯定もしなかった。
「稜智がやりたいなら、良いんじゃ無いかな。」
わざわざ忍術を遠ざける必要はない。彼が学びたいと思うのならば教えれば良いし、嫌だと思うのならばそれも然りだ。
斎の言葉に、イタチはふっと息を吐く。稜智に過保護なのは、自分なのかも知れない。
イタチにとって、稜智は初めての子どもであり、目に入れても痛くないと思っている。危険な目に遭って欲しくないというのも本音だ。今考えれば、自分の両親が早々自分をアカデミーに入れ、任務を行わせた気持ちは、まったくわからない。危ない目にはできる限りあって欲しくないと思ってしまう。
「そうですね。子育て先輩の父上が言うなら、そうしましょうか。」
イタチははぁ、とため息をついて斎を見上げる。
「ちょっと、そういう時だけ父上とか言わないでくれる?僕のせいにしないでよ?」
斎はそう言いながらもけらけらと軽く笑った。
子どもが生まれてから、イタチは斎のことを“父上”と呼ぶようになった。長らく斎はイタチの担当上忍であり、と結婚してからも“斎先生”と呼んでいたが、子どもが出来てからは“父上”で統一している。
斎を父と呼ぶことには恥ずかしさはあったが、全く抵抗はない。
昔からに対して愛情深い父親だった斎に、憧れすら抱いていたほどだ。もちろん弟子としても自分のことを本当に大切にしてくれたのだが、それでも、自分の父親が義務ばかりを押しつけてきたこともあり、イタチにとって斎は憧憬の対象だった。
そういう点では妻の父親が彼であったことに感謝している。とはいえ、そもそも斎がイタチの担当上忍でなければ、イタチがにあうことはなかったのだと思うが。
「すいません。稜智の面倒を見てもらって。」
イタチは斎に礼を言う。祖父とはいえ、やんちゃな稜智を相手にするのは骨が折れるだろう。ましてやそれ以外でも、イタチは斎にお世話になりすぎている。
出産後、が体調を崩したこともあり、子育て初心者のイタチとサスケは非常に苦労した。が入院する病院と家での育児の中、の両親である斎と、蒼雪の助けがなければ息子を育てていくことは出来なかっただろう。
分からないことは彼に聞くしか無いし、困った時助けてくれるのは、結局経験者のの両親以外あり得ない。そういう点で、彼らとの同居はイタチにとって必要不可欠だった。
今も斎は文句一つ言わず、稜智の相手をしてくれている。
「良いよ。子どもは元気が一番。よく遊んでもらって、よく笑わなくちゃ。」
斎は手をひらひらさせてイタチの礼をいなした。
イタチが憧れただけのことはあって、彼は稜智に対しても理想的で愛情深い祖父だ。イタチに祖父がいないのでよく分からないが、自分にこんな祖父がいたら、やっぱり嬉しかったと思う。
イタチは本当にいろいろな人たちに助けられてここにいる。それを実感せずにはいられなかった。
いつきのじーじ
( すべてを知りながら 見守る 優しい人 )