天真爛漫に育って欲しいと思ったが、天真爛漫に育ちすぎたと思うことが多々ある。




「…」




 サスケに捕獲された息子を見下ろして、イタチはため息をつく。




「だってどんなふうにあかくなるか、ばーってしてみたかったんだもん。」




 あまりに拙く自己中心的な言い訳に、頭痛がする。

 今回稜智は火影の候補者であるナルトの執務室を真っ赤に塗ったらしい。と言っても子どもなのでうまく出来るはずもなく、要するに朱色の絵の具をバケツごと壁にちらして赤くした、それだけだった。




「赤くするなら、なんで自分の家でしない。人様に迷惑をかけるな。」

「だってー、おうちはじーじのでしょ?だから、なるにーにんとこにしたの!」

「ナルトでも流石に怒るだろう。なんでそういう発想になる。」




 イタチは稜智の耳を引っ張って怒る。彼は「いててて」と言いながらもイタチに反論した。




「ま、水性絵の具だし、掃除手伝うなら、良いってばよ。」




 ナルトは仕方ないなといった風に笑って、イタチを宥める。

 自分もいたずらっ子だったせいか、ナルトは稜智のいたずらにも優しい。片付けさえ一緒に手伝うなら目くじらを立てなかった。




「おいおい、本当にそれで良いのかよ。」



 そんなナルトの隣で、サスケはため息をつく。

 イタチは子どもが生まれた時、「のびのび天真爛漫に育って欲しい。」と言っていた。おそらくうちはの家があまりに厳しく、自分たちもどうしても良い子を求められていたから、子どもにそう言ったことを求めたくなかったのだ。多分、イタチもサスケも、大きな一族なのにのびのびしていて、愛情深い両親を持っていたに、鮮烈に憧れていたのだと思う。

 だから、礼儀については厳しく教えたが、それ以外のことに関しては基本的にの父である斎と相談しながら、教育した。結果、言葉通り、炎一族の嫡男である稜智は本当にのびのび、天真爛漫明るい子どもに育った。

 育ったのだが、少し予定と違った。




「いーじゃん。あかかっこいいよ!」




 モップを拙く動かして赤いインクをはぎ取りながら、稜智は少し不満げに呟く。

 イタチの予定ではのびのびのようにのんびり天真爛漫穏やかな子どもに育つはずだったのだが、頭の回転だけはイタチ譲りで早かった稜智は、いつの間にか変に頭の働く、いたずらっ子へと成長した。自分の興味に忠実で、なんでも試してみる。それが大事に発展することをわかっていない。




「僕はいたずらはあんまりしなかったけどなぁ。」



 斎は孫の所業と部屋の惨状を扉から覗いて、困った顔をする。

 忍として尊敬できる技量を持つ斎だが、サボり癖が酷く、遅刻、書類放棄の常習犯で、自他共に認める怠惰な人物だ。幼い頃も宿題一つせず、結構困った子どもだったと言うから、最近稜智は祖父の斎に似たのだという論が、炎一族内では一般的だ。



「でも父上、綱手様が自来也様の髪の毛を引っ張ったことがあるって 言ってましたけど。」




 イタチは冷たい目を斎に向ける。義理の父親云々の前に、彼はイタチにとって直属の上司であるため、書類放棄のとばっちりを受けるのはいつもイタチだ。恨みは深い。




「そうだっけ?」

「そうですよ、って言うか、紐があったら引っ張ってみるって性格は一緒でしょう。」

「そういえば、の性格って、祖母似だって言ってなかったか?」




 言い争っている斎とイタチに、サスケはふと思い出して口にする。

 さぼり放題の斎と気の強い蒼雪を両親としながら、は比較的気弱で、穏やかだ。誰もが見て分かるほどに容姿は斎そっくりだが、性格の方は綱手曰く、早くに亡くなった斎の母−要するにの祖母に似ているらしい。

 要するに祖父である斎が稜智の場合は一番怪しい。



「そうなのかなぁ。僕は頭の良いイタチやサスケがゆるく育ったらこうなるってことじゃないかなと思うんだけど。」



 斎はひょうひょうと言ってのけた。完全に責任の押し付け合いである。

 容姿の方はイタチやサスケにそっくりなのだが、このいたずらっ子が誰に似たのかあまり自分に押しつけられたくないのは事実だ。ましてや人一倍真面目だったイタチやサスケからすれば、稜智の性格が自分に似ているとは思いたくない。




「どっちでもいいよ。みんなににてるんでしょ。てつだってよ。」



 稜智は親たちの似ている似ていない論争にあっさりと終止符を打って、ぶんっと赤いモップを振る。その拍子に壁にまた赤いインクが飛んだが、見ないことにした。

 子どもにまともな掃除など言っても出来るはずがなく、結局の所、イタチを含め子どもの失敗をフォローするのは親と親戚だ。元々ナルトの執務室は極めて汚かったわけだが、おそらくそれも片付くだろう。なんと言ってもイタチは几帳面すぎるほど几帳面で、サスケもそれは変わらない。手伝いに来た限りは徹底的に掃除するつもりでいた。



「いっそ。赤に塗っちまおうかな。」



 ナルトは何を思ったのか、ふと顔を上げて呟く。



「ほんとー!?」



 稜智が勢いよく食いつくが、イタチとサスケはあまりの発想に凍り付くしかない。




「なんでそうなるんだ!?」

「だってかっけーじゃん!」




 サスケが反論を試みるが、ナルトは一言のもとにばっさりと斬り捨てる。




「もうめんどいしさ。良いじゃん。」



 手をひらひらさせて言えば、稜智はますます目を輝かせた。




「やったーやっぱなるにーにってだいすき!」

「おー、俺も稜智が大好きだぞ」




 二人で抱き合い、何やら友情を交わし合っている。




「話がまとまったねー。」



 斎は掃除をしなくてどうやら良いらしいことに手をそろえてにこにこ笑っている。


 何やら事態を祝っている3人について行けなくて、イタチはこめかみを押さえて青い顔をした。ついて行けないし、出来ればいきたくない。

 どうやら子どもの稜智とナルトの思考回路は似たようなものらしい。なんぼ部屋が木の柱と白い壁だったとは言え、その壁をすべて赤に塗るという発想は考えられないし目に痛い。だが、何となくそこにナルトが座っている姿が容易に想像できてしまって、そんな自分にイタチは頭痛がした。

 それではたりと思い出す。




「くまさんパーカーの原理か。」

「なんだよそれ。」




 サスケが変なことを口走ったイタチに、とうとうおまえまで頭がおかしくなったのかと言わんばかりの冷たい視線と言葉を向ける。




「いや、の参観日に父上が熊パーカーを着ていったことがあってな。やめておけと言ったんだが、おまえも見てただろう。」

「あー、僕が着てた奴?」



 斎も覚えているらしい。

 ある参観日、斎は可愛らしい熊パーカーを着て娘の晴れ姿を見に行ったのだ。当時既に斎は20代後半を超しており、普通の常識で考えたら参観日に熊パーカーを着ていく親はどうかと思うし普通は似合わない。だが童顔の斎にはぴったりにあっていたのだ。




「要するに一般的常識では考えられないが、似合う人間がいるって話だ。」




 イタチはナルトと斎に冷たい視線を送る。

 ナルトは既に人の話はこれっぽっちも聞いておらず、稜智と一緒に赤い壁の部屋についてで盛り上げっている。確かにナルトの奇抜な雰囲気と赤い部屋は酷く似釣り合いがとれているような気がして、サスケも眉間に皺を寄せた。それで納得出来る自分が気持ち悪い。



「心外だな。別に一般常識で考えられないほどのことじゃないよ。普通普通。」



 斎は大げさだなと手をひらひらさせる。




「そういう考え方をすれば、常識から外れることも似合うようになるんですね。」

「それを世の中、天真爛漫、大らかと言うんだよ。」

「深いな。」

 常識外れ、細かいことを気にしない、奇抜と言うのも本人の雰囲気に似合っていて、何となく良い風に捕らえることが出来ると感じた時、確かに天真爛漫、大らかになるのかも知れない。サスケは妙に納得出来てしまって、自分で頷いた。

 もし仮にこの部屋を赤く塗り直すのならば、もう掃除はいらないだろう。元々赤く塗ってしまった壁を白くするのは至難の業で、うんざりしていたところだ。

 稜智の手伝いをして片付けなければならなかったサスケやイタチからしてみれば、ナルトの提案は反対すべきことではない。手間が省けるのだから。そう自分に言い聞かせながらも、イタチとサスケはどうしても納得したくない気がした。




赤い部屋