「ねー、さすけ、なると。おとうとといもうとほしいってはーうえにいったら、だめ?」




 突然、稜智がサスケとナルトに尋ねたのは、春になってすぐのことだった。





「なんで、」



 サスケは甥っ子の問いの意図が良く飲み込めずに首を傾げる。

 子どもである彼が、「弟が欲しい!」と母にねだる気持ちは分かる。欲しいというのも当然のことだろう。だが“いったら、だめ?”とはどういうことなのだろう。何を気にしているかが分からず、聞き返すと、稜智は持っていたひよこのぬいぐるみを叩いた。




「だって、はーうえが、よわいのは、おれのせーでしょ?」

「え?」



 さも当たり前のように言われた言葉に、サスケは目を見張る。ナルトも同じで、うまい言葉も見つからず、思わず稜智を凝視した。

 幼い黒い瞳はじっとひよこのぬいぐるみを見ている。




「何言ってンだってばよ。」




 ナルトは訳が分からず、問い返す。 だが、その問いは“誰がそんなことを言ったのか”に等しかった。

 は幼い頃から体が弱かったが、イタチがチャクラを半分肩代わりしたことによって、普通に暮らす普通の少女になることが出来た。忍としても非常に優秀で、サスケは彼女に勝てたためしがない。しかし、妊娠は彼女の身体機能を大きく壊した。

 お腹にいる赤子のチャクラも、と同じように莫大なチャクラを持って生まれてきたからだ。元々大きなチャクラを持つ上に、赤子のチャクラまで抱えてが無事で済むわけはない。なんとか出産を乗り切ったが一時は死を危ぶまれ、車椅子生活を余儀なくされるほどに弱った。

 今は忍としての復帰が噂されるほど、体調を取り戻してきているが、そんな経緯があるので、大人達は誰もに“二人目”をねだることは出来ないし、体調を崩したのが赤子だった“稜智”のせいであることも承知している。


 だが、そんなことをナルトや同期を初め、親であるイタチですら口にしたことがない。




「だって、ははうえ、げんきだったんでしょ。」




 酷く冷めた声音で、稜智は言った。

 どこかでが昔は元気だったという話を聞いたため、客観的にそう考えたようだ。確かに情報としてが“弱く”なったのは、稜智を産んだ時期が境になってるだろう。いつかは分かることだろうが、3歳児の稜智がそれを捕らえるにはあまりに早いようにサスケには思えた。

 だから彼は、に直接“兄弟が欲しい”と言わず、言っても良いのかをサスケ達に問うたのだ。分かった限りは誤魔化しても仕方がないのだろうが、サスケは言葉が見つからなかった。

 子どもは大人が思っているよりいろいろなことを知っているし、理解しているとよく言う。自分も比較的聡い子どもだったため、気をつけてはいたが、予想以上に稜智は洞察力が高いらしい。サスケは戸惑いでどうして良いか分からなかった。

 口を先に開いたのは、ナルトだった。



「確かにはな、おまえを産んだ時に死にかけた。」



 ナルトはあっさりと、稜智に言う。



「ナルト!」

「こういうことは、話しといた方がいいってばよ。」





 稜智は賢い。今誤魔化しても、結局いつかはわかることだ。それよりもきちんと話した方が良いと、ナルトは続けた。



「がっりがりに痩せるし、めっちゃくちゃ気持ち悪そうだし、本当に死ぬかと思ったんだ。」




 病院のベッドでチャクラを封じられて動くことも出来ず、ただ大きなお腹だけが不釣り合いで、死ぬのではないかと誰もが思った。覚悟をした。

 ナルトは毎日の見舞いに行っていたが、いつも明日は死んでいて、見舞いに行ったらベッドに誰もいなくなっているんじゃないかと恐ろしくてたまらなかった。夫であるイタチはどれほどに辛かっただろうか。ナルトには想像も出来ない。




「でもな、は今までにないくらい、めっちゃ幸せそうな顔をしたんだぞ。」




 酷く体調が悪くても、青い顔をしていても、は嬉しそうに笑ってお腹を見ていた。手すら動かなくなって、ただ横たわることしか出来なくても、満たされた表情をしていた。




がよわいのはおまえのせいかもしんないけど、はおまえのことがめっちゃ大好きなんだからな。」




 確かには稜智を産まなければずっと忍を続けて、そのままいられたかも知れない。

 でも、苦しさも何もかも受け入れても良いと思うほどに、子供を愛していたから、彼を産んだのだ。それだけは稜智は知っておかなければならない。





「おれだって、はーうえのこと、すきだもん。」




 すねたように稜智はぬいぐるみに顔を押しつける。




「知ってるってばよ。」



 ナルトは稜智の頭をぐしゃぐしゃにして、笑った。

 いつも一緒にいる母に、稜智は生意気ばかり言うし、酷いことも言う。そしてイタチにいつも怒られているが、心の中では誰よりも母親が好きで、いないと不安がるし、母親が泣くと一緒に泣くこともある。父親っこを装いながらも、それは母親を慕うことへの恥じらいがあるからだ。



「二人目は難しいかもしんねぇ。」



 ナルトははっきりと稜智に答えを返した。

 は今体調も整ってきているし、忍としての復帰も噂されるほどだ。チャクラの封印術も4年前よりもずっと研究が進んでいて、稜智の時ほど苦しまないかも知れないが、それでも妊娠には慎重にならなければならないのは、同じ。

 イタチとがどう考えているのかは分からないが、非常にむずかしい問題だ。だから、稜智がにそのことを口にするのは、酷だろう。真面目なであればなおさらだ。



「今はさ、俺もサスケもいるし、兄ちゃん二人で、我慢してくれってばよ。」





 まだ、イタチも26歳、も21歳と若い。これからもう少し研究が進めば、チャンスはあるだろう。だから、二人がまだ答えを出していない今は、稜智もそのことについて触れてあげてほしくなかった。

 もちろん本当は寂しいだけで、弟妹がほしいと言い出したことをナルトやサスケも分かっている。

 どうしても年が離れているから、ナルトやサスケは任務に行ってしまうし同年代の遊び相手が欲しかったのだろう。わかっているけれど、もう少しだけ時間を上げて欲しかった。



「べつになるととさすけにふまんない。」




 稜智はぱっと顔を上げて、ナルトに抱きつく。




「なるにーにはよいにーにだよ。さすけはじーじだけど。」

「誰がじーじだ。」




 サスケはナルトの肩に顔を埋めている稜智の頭を軽くこづく。

 本人はおじさんと言っているつもりだろうが、“じーじ”では祖父である斎と一緒になってしまう。確かに自分でも大人びている自覚はあるが、さすがに“じーじ”の呼称は酷いだろう。ましてやまだ21歳である。



「だって、さすけじーじよりじーじみたいだもん。」



 稜智の言う祖父は母方の祖父に当たる斎のことだ。彼はもう40を超したがどちらかというと子どもっぽい人で、斎と一緒に元気に虫取りに行っていたりするし、サボりたいとごねている。人間大人になれば変わると言うが、本質は変わらないということをサスケはよく学んだ。彼から。




「それにさすけかみなりじーじでこわいもん!」

「怖いって、おまえがいらないことばかりするかだろう。」

「だってーさすけこまかいんだもん。」

「細かくない。おまえがいたずらさえしなければ俺だって怒らないんだ。」

「こまかいよー。ちーうえよりもこまい!」

「こまいは意味が違うってばよ。」




 言葉がやはりまだ拙い稜智にナルトは訂正を入れる。

 確かにイタチはサスケよりも寛大で大らかなところがある。サスケはどうしてもその兄を見るからなのか、稜智に対しても細かかった。

 ナルトは、稜智を抱き上げて、腰を上げる。

 生まれた時1500グラムしかなかった未熟児の彼は、既に10キロを超える体重となり、日に日に重たくなってきている。あっという間に成長して、大きくなるのだろう。




「俺らもおまえのこと大好きだからな。」



 ナルトはぎゅっと稜智を抱きしめる。

 子どもの頃、ナルトは両親がいなかったため、両親から抱きしめられた記憶はない。特別な力を持つが故に周りも冷たかった。稜智もきっと、いつか自分の力や、生まれで苦しむことがあるのかも知れない。そんな時、自分にイルカやカカシ、親友がいてくれたように、自分も稜智の傍にいられたら良いと思う。



「うん。おれも。」



 拙い言葉で、稜智はナルトに言葉を返す。けれどその声音は、震えている気がした。顔はナルトの肩に埋めているので分からないけれど、不安に思うことがあったのかも知れない。

 まだまだ子どもだなと思いながらも、サスケは稜智の頭を撫でて小さくため息をついた。


にーにが大好き