が稜智を連れて同期会に行ったのは、春も過ぎた頃だった。



「サクラ、上忍、おめでとうございまーす!」 




 皆のかけ声の下、それぞれがグラスを掲げる。

 サクラが上忍に昇進したのは、21歳になった年の春だったのだが、皆ばたばたしていて、なかなか集まる機会がなかったので、少し遅くなった。既に多くの忍が上忍になっている中、サクラが昇進していなかったのは本人にその気が無かったためと、医療忍者だったためだ。

 通常任務の時に役割の違う彼女らの評価は非常に難しい。



「じょーにんって、えらい?」



 稜智はオレンジジュースを片手にの膝の上から母親を見上げる。




「うん。偉いんだよ。サクラは偉くなったの。」




 はにこにこと笑って、息子の幼い問いに答えた。




「偉いって、の方が昇進早かったじゃない。同期の中では1番目だったのに。」




 サクラは困ったように笑って、稜智の頭を撫でながら言う。

 は3年前、稜智を産むまでは同期の中でもぴかいち優秀な忍であり、中忍になるのはシカマルが早かったが、上忍になったのは同期の中で一番早かった。




「はーうえ、じょーにんだったの?」




 稜智は漆黒の瞳をぱちくりさせて、不思議そうに尋ねる。



「そうよ。稜智のママはそりゃ格好良かったんだから。」



 いのが答えると、稜智はじっと母親の顔を見ていたがふにゃりと相好を崩し「うっそだー、はうえ、とろいもん。」と笑った。冗談だと思って、疑っていない目だ。




「本当だって、すっげぇ強かったんだぜ。」



 キバもを擁護するが、息子としては信じられないらしい。全く信じていない目で、の腕をぽんぽんと叩いた。

 確かに、は元々強面ではないし、穏やかで、強かったとは言え信じられない気持ちは十分に分かる。




「本当だぞ。俺に勝つぐらい強かったんだからな。」



 肉を焼いていたサスケは甥っ子の頭を軽くこづいて言う。

 実際にサスケが里を抜けていた時の戦いも、サクラを交えて模擬戦をした時も、がサスケに負けたことはない。事実として言ったが、信じられないらしくすぐに唇を尖らせた。



「えーうそだー。」

「あんまりのこと酷く言うと兄貴に告げ口するぞ。」




 稜智はあまり口がよろしくない。

 特にがあまり注意をしないせいか、それとも元々性格的にずばずば言うだけなのか、言葉を選ばず、を泣かせることがたまにあった。イタチはそれに関して厳しく怒るので稜智も黙るのだが、父親がいないとすぐこれだ。




「みんなうそつきだよ。ははうえがはしれるわけないじゃん。」



 稜智の言葉に、は俯く。

 は稜智の出産時、大きく体調を崩し、一時寝たきりで、挙げ句車椅子が手放せないくらいまで悪化した。一時期は死すら覚悟しろと言われるほどで、当然忍への復帰は今も出来ていない。普通に歩けるようになってはいるし、ある程度忍術も使えるまでに戻っているが、イタチが心配して出さないのだ。

 基本的にイタチの教育方針から、稜智の前で忍術は見せないことになっている。日頃のゆっくりしか動かず、イタチに心配ばかりされている母しか知らない稜智からすれば、皆の言葉が信じられないのは当然だった。

 確かにの穏やかさからは、あれほどの強さは想像できない。




「羽宮、は、母上が、忍の方が良い?」



 膝の上で体を揺らしている息子に、はおずおずと尋ねる。



「かっこいい。」



 稜智は隠すことなくけろりと答えた。子ども故だが、やはりとしては思う所があったのか、悲しそうな顔をする。

 忍としてが復帰できないのは、稜智を産むために体調を崩したからで、も納得している。

 だが言われてしまうとやりきれないだろう。がそう言ったことを口にすることはないが、彼女にも思う所があるはずだ。また、出産時の苦労を知っている同期としても、稜智の言葉にを傷つける意図がないことは分かっていても、どうしてもむっとしてしまう。




「わたしも、復帰しようかな…。」




 はぽつりと小さく呟く。

 最近、そういう話は確かに出ていた。稜智も手がかからない年頃になり、の体調も徐々に戻ってきている。忍術の修行に関しても、サスケが見る限り現役の頃と遜色はなく、実戦から離れていたブランクはあるだろうが、それでも問題はなさそうだった。

 ただ、イタチは間違いなく反対するだろう。サクラとしても無理はあまりして欲しくなかった。



「はうえはだめ。しんじゃうよ。」



 小さな手でぺちぺちとの頬を叩いて、稜智は言う。が目を丸くすると、涙がたまっていたであろう目尻を、小さな手でごしごしと擦った。



「うちはちーうえとじーじがつよいから、しのび。」



 子どもは子どもなりに、納得している部分がある。



「はーえはおうちでおれの。」




 ぎゅっと稜智はに抱きついて言う。

 父であるイタチは暗部でそれなりに忙しくしているし、前科持ちで暇だとは言え、やはりサスケも、サボり癖のある祖父の斎も、稜智を置いて任務に出て行く。任務に行かないのは、“弱い”母のだけだ。稜智はちゃんと、母が“弱い”から任務に行かなくて良いことを知っていた。

 母が“弱く”なければ、一緒にはいられない。



「おれのー!」



 稜智は母親の腰に手を回して、お腹に頭をぐりぐりと押しつける。



「そんなことばっかり言ってっと、イタチの兄ちゃんに怒られっぞ。兄ちゃんも大好きだからな。」



 ナルトは笑って稜智の髪の毛を引っ張る。稜智はころころと楽しそうに笑って、また母親の膝に頭をすりつけたが、ナルトに引っ張られ、今度はナルトの方へと抱きつく。

 兄弟のいなかったナルトは、稜智のことを本当に可愛がっているし、面倒もよく見る。はそれを知っていてナルトに息子を託した。




「でも、本当に、復帰するの?」




 ナルトと少し離れたところで稜智が遊んでいるのを確認しながら、サクラは気になることをに尋ねた。




「うーん。しようかな、って。」




 は少し曖昧な答えを返した。

 炎一族の跡取り娘であるは、元々忍として生計を立てる必要がなく、別に立場としては忍になってもならなくてもどちらでも良かった。だが里の仲間達を守りたい、自分も強くなりたいと忍になったのだ。体調を崩してからしばらく休業中だったが、としては戻りたいと思っていた

 だが、元々忍としてが働くことに賛成ではなかった夫のイタチの方が難色を示したし、彼は別のことを願っていた。




「でもイタチも、稜智も、言わないけど、二人目が欲しいのかなって、」





 もちろん稜智を産む時、がどれほど大変な思いをしたか、彼はよく知っている。だから口では言わないけれど、たまに自分が復帰するよりも、二人目を望んでいるのだろうなと思うことがある。




「わたしも、兄弟、いなかったから、出来れば、作ってあげたいの。」




 の父である斎は一族が繰り返した近親相姦の結果、無精子症でが生まれたのも奇跡だと言われていた。だからは一人っ子だった。

 もちろん不満もないけれど、イタチとサスケを見ながら、羨ましく思っていたのは言うまでもない。




「…確かに、不可能ではないけど。」




 サクラは渋い顔をしながら頭に様々な今までの経験を思い描く。

 最近はチャクラの封印術も稜智を産んだ3年前よりは良くなって、前の時ほど苦労をすることはないだろう。の莫大なチャクラの半分以上を封じれば、どうにかのチャクラは問題ではなくなる。しかしそれでも、元々体の弱いにとって二人目の出産は簡単なことではなかった。




「まだ、21歳だから、もう一回がんばれるかな。」




 の手は、僅かに震えていた。

 は悪阻もかなり酷い方で10キロ以上体重が減ったし、稜智のチャクラがあまりに大きかったこともあって身体機能が潰されて死にかけた。幼い頃体が弱く、苦しいことになれているとは言え、怖くないはずがない。

 稜智が出来た時イタチは22歳、は17歳で、まさかチャクラがこれほど問題になるとは思っておらず、計画もせずに子どもを作った。それは後々もの凄い苦難となって二人にのしかかった。だからこそ、二人目の子どもとはいえ、イタチもも簡単には言い出せないのだろう。

 それでも、願っていることは一緒だった。

ふたりめ