たまに自分より小さな子どもを見て、稜智がうずうずすることを、イタチは知っていた。
「眠ったのか?」
御簾を上げて部屋に戻ってきたに、寝転がって本を読んでいたイタチは尋ねる。
「うん。ナルトとサスケのところに行っちゃったみたい。」
は穏やかに答えて小さく笑った。
炎一族邸は現在、東の対屋の近くに別棟がある。元々西、東、南、北の対屋と寝殿を抱えていた炎一族は、元々早くに南の対屋が潰されて、三つの対屋と寝殿から成り立っていた。西の対屋をの祖母である風雪御前が一人で使っている。彼女は体も悪く滅多に出てこない。北の対屋は元々宗主の正妻が住まっていたが、現在の宗主である蒼雪は女で、婿である斎と共に寝殿で生活しているため、物置とされている。
東の対屋は後継者が住まうのが通例であり、現在ではイタチ、東宮の、そしてその息子である稜智が使っている。そして東の対屋の近くに前はあった厩の所に、別棟として少し大きめの近代的なアパートが作られていた。
それが現在、親がいなかったり、一人暮らしをする忍に貸し出されている。
サスケ、ナルト、そしてサイが現在そこに住んでおり、息子の稜智は東の対屋の裏、目の前と言うこともあり、よく遊びに行っていた。サスケやナルトも歓迎しており、たまにいたずらなどで怒られていることはあるが、基本的に仲良くやっていた。
「そうか、」
イタチは答えて、自分の布団へを招くと、彼女も笑ってイタチと同じ布団に入った。
最近稜智が一人で行動するようになり、自分たちの手から離れた代わりに、二人の時間をとることも出来るようになっていた。今までの体調と稜智を中心にすべてがまわっていたが、少しずつ変わってきている。
「今日は二人だな。」
布団に入ってきたの頭を引き寄せて、額を合わせ、長い髪に指を絡める。
「そうだね。久々かも。」
は笑って、イタチの胸元に顔を埋めた。
稜智がいると、こうやって二人でじゃれあっていると真ん中に入り込んでくる。仲間はずれにされているようでいやらしい。今日は邪魔者がいないので、心置きなくこうしていられそうだ。
「なんか信じられないな。もう3歳。」
「そうだな。」
もう4年前、悩みに悩んで、お互い鬱になりそうなほど悩んで生まれた子ども。は死にかけるし、イタチもと子どもの死を覚悟した。思い悩んだ。
なのに本当に生まれてみるとあっという間で、もう稜智は3歳になる。体の弱い母親から生まれた未熟児だったというのに、随分体の強い子どもで、今では慎重も同年代の子どもよりも一回り大きいくらいだ。一時生死の境をさまよい、挙げ句の果てに車椅子生活をする羽目になったも、今では忍に復帰できるかも知れないところまで回復している。
「俺も、強くなったんだろうな。」
子どものために、生きなければならないと強く思うようになった。そして同時に、強くならねばならないと思った。
心も、体も強くならなければと。
は自分と共に歩く存在で、同じ時間を歩いているけど、子どもは絶対的庇護の対象だ。自分が守ってやらなければ、誰も子どもを守ってはくれない。父親なのだからしっかりしなければと思うことは増えた。
「わたし、は、弱くなったけどね…。」
は表情を隠して、少し震える声でそう言った。
「、」
イタチはそっと彼女の頬に手を当て、上を向かせる。
妊娠の時の体調不良から、未だには忍に復帰できていない。最近やっと忍術も体調も戻り初め、話に上るようになったが、腕は間違いなく落ちているだろう。不安に思っているのは当然だ。
「稜智を産んだおまえが一番強いさ。」
の額に口づけて、イタチはの背中をそっと撫でた。
命をかけてでも産むと決めたが、きっと一番強いと思う。誰もが下ろした方が良いと言ったし、イタチですらもどう決断して良いのか、何も出来なかった中で、だけが命をかけても良いから稜智を産むと決めたのだ。
きっとイタチでも適わないくらい強い思いと覚悟で、稜智を産んだ。
だからこそ、イタチはいつもに負けないくらい強く子どもを守らなければならないと思う。産むのは女の仕事かも知れないが、外敵から守るのは父親の仕事だろう。それくらい出来なければ、に負けてしまう。
「ねえ、イタチ。わたし、ね。」
は顔を上げて、イタチを見上げる。その紺色の瞳には、強い光がある。
「もう、一人、頑張ろうかな。」
「え?」
思いも寄らない言葉に、イタチは目を丸くした。
「?」
「は、羽宮のためなら、もうひとり、がんばれる、かなって。」
最近稜智が弟妹をほしがっていることを、はよく知っていた。もちろんイタチも知っている。
活発な息子はおそらく、周りの子ども達を見て思ったのだろう。サスケやナルトが兄代わりをしているとは言え、彼らは年が離れすぎており、兄弟と言ってももう大人だ。同年代の弟妹が欲しいのだろうなと思うことは多々あった。
稜智が直接口に出したことはないが、間違いなく望んでいるだろう。だが、稜智も幼いながらただならぬ物を感じているのか、それを口に出すことは絶対になかった。
「、ひとりで、十分だ。」
イタチはの体を抱き寄せて、耳元で息を吐く。
同年代の女性より非常に小柄で、細いは元々体も強くない。稜智を産む時も死を覚悟するほどに酷い状態に陥った。それを考えれば、イタチは簡単に二人目を望む気には到底なれなかった。医療はもちろん前より進んでいるだろうが、それでもまた、の死を覚悟しなければならなくなるかも知れない。
ならば、今のままで良いじゃ無いか。
無謀なチャレンジで命を落とすリスクを負うよりも、今のまま、親子三人幸せに暮らせるなら、別に二人目はいらないとイタチは思う。
「…で、でも、でもね、わたし、は、生める限り、うみたいっ、」
が声を掠れさせて、イタチに訴える。
「た、たしかに、わたしは、欠陥品、だけど、その、せいで、羽宮に不自由はさせたくない、の、それに、」
「黙れ」
イタチが鋭く声を荒げれば、ははたと気づいたように顔を上げて目を伏せた。イタチの寝間着を握る手は小刻みに震えている。
「欠陥品なんて、馬鹿なこと言うんじゃない。」
イタチはの細い体を強く抱きしめる。
が、自分が普通に妊娠できなかったことや、稜智を未熟児で産んだことについて、かなり自分を責めていたことを、イタチとてよく知っている。の母である蒼雪もいつもそうだった。が体調を崩すために、の前では全く泣かず、明るく笑って見せていたが、いつも影では泣きじゃくっていた。
「だって…、だから、」
「だからじゃない。欠陥品なんて、おまえは稜智を立派に産んだだろう?」
稜智は幸い健康で、元気な子どもだ。確かに未熟児で生まれたが、何も欠陥なんてなく、五体満足健康に生まれてきた。
「でも、わたし、のせい、で、ひとり、」
は肩を震わせて表情を隠そうと手で顔を覆って俯く。イタチはその手首を掴んで、紺色の睫に彩られた目元に軽く口づけた。
直接言わなくても、感受性の強いのことだ。稜智が弟妹をほしがっていることを、敏感に感じたのだろう。自分が子どもが望んでいる物を与えることが出来ないことに、は酷く苦しんでいるのだ。しかし、この問題だけは簡単なことではない。
イタチの覚悟もいる。もしもの時、を失う覚悟をしなければならない。
「、俺は、」
おまえを失うことが、何よりも怖いんだ、と簡単に言うことが出来れば良い。
昔からの死に怯えていた。その恐怖はいつもイタチの中にトラウマのようにつきまとい、蝕み続ける物だ。が死ぬなら、一緒に死んでしまおうと決めていた頃もある。が出産する時、に大丈夫だと言いながらも、結局の死なんて覚悟が出来ず、もしも子どもも一緒に死んでしまったら、自分も死んでしまおうと、心のどこかでは思っていた。でも、稜智がいる今、それは出来ない。
多分、強くならなければならないのは、間違いなくイタチなのだろう。依存しているのも自分だという自覚がありながらも、自分よりずっと強い彼女にどうやってついて行けば良いのかと、途方にくれていた。
つよさ