「二人目、なぁ。」
二つの目を包帯で覆った男は、感心したように呟いた。
彼はシスイ。元々はうちは一族の一人だったが故あって争いに巻き込まれ、その写輪眼をイタチに託したため、現在盲目で孤児院を経営する炎一族の神社の手伝いをしている。この神社の現在の主である青鬼姫宮はの伯母であり、彼女もまた盲目だ。イタチよりも年上だが、師を除けば唯一腹を割って話せる親友でもあった。
「そうなんだ。が突然言い出してな。」
イタチは自分でも分かるほど途方に暮れた声音で言葉を反芻する。二人目が欲しいというの言葉をどう処理したら良いのか分からず、イタチは頭を抱えていた。
「でも、姫の性格を考えたら、前から考えてはいたんだと思うぞ。」
シスイは少し困ったような顔をしてイタチに言った。
確かにその通りだろう。は考え出してから言葉にするのが非常に遅いし、一人で抱え込むことが多い。長い間悩んだ末に、自分で心に決めて口にしたのだろう。だから、突然口に出したとは言え、悩んでいた時間は長かったはずだ。
「そう、なんだろうな。」
だがイタチは、そんな当たり前のことに考えが及ばないほどに、二人目と言う言葉を聞いた時に焦ったし、狼狽えた。
なくすのではないかと、目の前が真っ暗になった。
「渋い顔だな、姫が心配するぞ。」
シスイは笑って、イタチに隣にお茶と、団子を置く。来ると分かっていたから用意してくれたのだろう。イタチは相変わらず甘い物が好きだ。
「稜智君は、元気か?」
「元気だ。元気すぎて困るくらいに元気だ。いたずらも好きな上、頭の回転も速いからな。サスケすら手を焼いてる。」
「おまえに似たんじゃないのか。」
「…。」
息子の稜智はどちらかというとやはりよりもイタチによく似ている。容姿もそうだが、頭の回転が速く、生意気なところがそっくりだ。もちろんイタチは親の前では良い子だったし、比較的大人の言うことを良くきく子どもだった。
だがイタチはそんな自分が嫌いで、息子には大人の言うことばかり気にせず、のびのびと育って欲しいと願った。だから礼儀作法についてはきちんと言うが、それ以外の行動を規制したことはないし、発言についてもあまりに失礼であれば怒るが、基本的には何を言っても放って置くことにしている。
おかげで天真爛漫活発で元気な子どもに育った。ただ元気すぎて最近いたずらも酷ければ、もちろん手もかかるのだけれど、イタチとしてはそれで良いと思っている。
「幸せか?」
「もちろんだ。これ以上ないくらい幸せだ。本当に、思い悩んだのが夢みたいに。」
が子どもと一緒に死ぬかも知れないと恐怖した、3年半前が遠い。子どもは駄目だと言われていた。このまま堕ろさなければ、も死ぬと言われた時、イタチは子どもを堕ろすという決断も、何も出来なかった。けれどは、僅かでも可能性があるならそれにかけると決めていた。子どもと心中しても構わないと。
イタチは、恐怖した。
自分が誰よりも愛する人が、子どもとともに死ぬのだという。それをどうやって受け入れたら良いのか分からなかった。数ヶ月で死ぬかも知れないのために懸命に笑いながらも、恐ろしくてたまらなかった。
きっと、弱いのはイタチの方だ。
体調が悪くても、自分の死を目の前にしても、子どもが出来ることが嬉しくてたまらないと笑っていたは本当に強い。彼女がいない世界で一人生きるのに怯えたイタチより、彼女はずっと強いのだ。
「多分、二人目の覚悟がないのは、俺だ。」
またあんな思いをして、二人目を作る覚悟が持てないのは、産む方のではなくてイタチの方で、手が震えるほどに恐ろしい。
今が本当に幸せだ。
がいて、自分がいて、優しい義理の両親がいて、弟がいて、そして、息子がいる。
がかけてしまう可能性をとしてまで、二人目の子どもが必要だろうかと思ってしまうのだ。一人いるから良いじゃないか。と。
「姫は、寂しかったのかもな。一人っ子で。」
シスイは緑茶を飲みながら、見えない目で空を見上げる。
の父斎は無精子症で、が出来たのですら奇跡だと言われていた。出産後、不妊治療もしたが結局駄目だったとイタチも話していたのを聞いたことがある。は幼い頃から体が弱く、屋敷で一人きりで過ごしていた。兄弟が欲しいと思っていても、おかしくはない。
「憧れていたのかも、しれないぞ。」
イタチと、サスケのような兄弟に。そう言われて、イタチははっとする。
――――――――――――いいな、も弟欲しい。
サスケとが初めて会った時、は確かそう言っていた。それは彼女にとっては叶わぬ夢で、ずっと彼女は同じ思いを幼い頃から抱え続けていたのかも知れない。だから、子どもにはそんな思いさせたくないと、二人目が欲しいと言い出しているのならば、イタチが説得しても簡単に変わる物では無いだろう。
「道は二つだろ。」
シスイはイタチの方へと向いて、笑う。
「俺はおまえを失いたくないから、一人で良いだろうと姫を説得するか。おまえが覚悟を決めて二人目を作るか、だ。」
素直にきちんと正面から、話し合わざる得ない問題だ。
「前者は姫を傷つけるだろう。後者はおまえを傷つける。」
自分のせいで二人目を産めなかったというの後悔は、いつまでもを蝕むかも知れない。昨晩の発言から分かるとおり、はイタチが思う以上に自分を責めている節がある。だからこそ、自分は欠陥品だなんて言葉が出てくるのだ。
しかし、後者はシスイの言うとおり、イタチを傷つける。
また、イタチはが死ぬ覚悟を決めなければならなくなる。前回はも子どもも駄目かも知れないと言われていたから、イタチが決める覚悟は一緒に死ぬか、一人で生きるか、それだけだった。二人が死んだら一緒に死ぬというのは、あまりに簡単だ。死ねば、彼女がいない絶望も何も感じなくて良い。むしろ達に会えると思えば満たされた気持ちで死ねるだろう。
だが、今回は稜智がいる。とお腹の子どもが同時に死んだとしても、イタチは残される息子のために絶対生き抜かなければならない。それはがいなくなればなおさら大きくなる。
が死んだとしても、子どもの前では少なくとも笑えるくらいの強さがなければならない。
「強くならないといけないのは、俺だな。」
何があっても笑える強さを、子どものために持たなくてはならない。が死んだとしても、何があっても、自分の後ろには稜智がいるのだ。
「稜智君は可愛いか?」
シスイは満面の笑みで、イタチに尋ねる。
「可愛いさ。目に入れても痛くないくらい、可愛いに決まってる。」
叱りつけることもあるが、心の底からイタチは息子を愛している。
なんと言っても自分との間に生まれた未来に続く証だ。それが愛しくないはずもない。心から可愛いと言える。
「基本的には俺に似てるが、少しだけ、仕草がに似ていて、可愛いところがある。」
可愛らしく首を傾げてみたり、無邪気な笑みを浮かべるところは、に酷く似ている。もちろん、イタチがに甘いのを見てまねしているだけかも知れないが。
「今度連れてくる。」
「俺は目が見えないから驚くかも知れないぞ。」
「驚くだろうが、そんなことを気にする子どもじゃない。そういう点では、俺なんかよりずっと優しい。」
イタチは幼い頃から大人の事情を知りすぎて、周りが見えすぎていたため、障害を持った人に対しても一歩退いた大人と同じ対応をしていた。
しかし稜智はそんなタイプではなく、賢いためすぐに周りの反応から気づくだろうし、驚きもするだろうが、だからといってシスイを遠ざけるようなまねはしないだろう。逆にその賢い頭でシスイも一緒に遊べるような方法を考えるはずだ。
賢いというのは、使い方を間違えば人を傷つけるし、人を守ることも出来る。
「もう随分たったんだな。」
しみじみと、シスイはお茶をすすりながら空を見上げて息を吐く。
彼が目を失ってすぐ、うちは一族は反逆者として解体され、サスケが里を抜け、うちは一族の一部も同じ道を歩むか、逮捕されるか、殺された。関係なかった一部の者たちも、やはり冷たい目で見られることは避けられなかった。
今はサスケも戻ってきて、少しずつだが、うちは一族と里の融和も進みつつある。それはうちは一族の嫡男だったイタチが、火影と縁戚関係にある炎一族と婚姻関係を結んだからだろう。
うちは一族の中では裏切り者と言われるイタチが、今は融和の象徴であるというのは皮肉な話だった。
つよさ