イタチが綱手の相談に行ったのは、放火事件から一週間が過ぎた頃だった。




「稜智に忍術やチャクラの使い方を教えるべきだと思いますか?」




 率直な問いに、綱手は苦笑する。

 イタチは息子に普通に育ってくれることを願っていた。自分が幼い頃から忍術を覚えさせられ、任務で大半の子ども時代を潰したことから、子どもにはアカデミーに入るまでには子どもらしく育って欲しいと願っていた。

 しかし、三歳になった辺りから稜智は少しずつ問題を起こすようになった。チャクラを無意識に使って重たい砲丸を人に投げつけたり、触ってはいけない巻物をチャクラを使って開けたりしている。極めつけはこの間の放火事件だ。




「…だが、もし教えるとなると、人員が限られてくるぞ。」




 そう言った相談をイタチが義父であり、師だった斎にもしたという話は、綱手も聞いていたので、予想はしていた。綱手は蒼雪、と二人の白炎使いの師を務め、年齢も年齢だ。年の功を頼って意見を聞きたいと言った所なのだろう。

 だが、仮に師をつけるとするなら、人員は限られてくる。

 年齢的な問題と能力的な問題を加味するなら、両親であるイタチとを除いてしまえば、サスケかナルトくらいしかいない。しかしサスケが犯罪者としての経歴を持っていることを考えれば、将来的なことを加味すればよろしくない。ナルトはまだ若すぎるし、初めての弟子として稜智をつけるにはあまりに荷が重すぎる。

 年齢としても実力としても斎が一番適任だが、稜智にとっては祖父である。師が社会勉強のためにも親族というのは良いものではない。




「カカシではいざとなった時に莫大なチャクラには対応できない。…ナルトしかないぞ。」




 可能な選択肢はナルトのみだ。




「ナルトか。俺はそれ程悪い選択だとは思わないんですが。」

「だがあいつは一度も弟子をとったことがないし、…甘やかすかも知れない。」

「それは困りますけど。」





 イタチから見ても、確かにナルトは子どもに甘いところがある。

 稜智のいたずらにもあまり目くじらを立てないし、へたをすれば一緒にやり始める時もある。もちろん弟子にとったり、修行をすれば別なのかも知れないが、日頃甘いなるとを見ているので、サスケぐらい厳しければと思わずにはいられない。

 だが、イタチはナルトが悪い選択だとは思っていなかった。

 彼は天真爛漫で明るい。確固とした強さを持っていると同時に、彼は自分が悪かった時に素直に謝る柔軟性をいつも忘れない。そして誰より辛い思いをしてきたからこそ、人の感情に敏感で、優しい心を持っている。

 強さと優しさ。

 そのどちらも例え忍になっても、宗主になっても息子に忘れて欲しくないと思うイタチにとって、ナルト本人はイタチが子育てをする上では理想的な存在だと言えた。実力的にも稜智の予測不能な思考回路についていけるのは、彼ぐらいだろう。

 だが、それを理想の本人が育てられるかは、大いに疑問だ。




「俺、甘やかしすぎたんですかね。」

「そんなことは知らんが、おまえだけが子育てしてるわけじゃないだろ。」





 綱手は悩ましげなイタチに思わず腕を組んで言ってしまった。

 確かにイタチは礼儀に厳しいし、息子に対しても怒るところは怒る。だが、妻であるは怒ることがあるのかも疑問だ。義父の斎は相変わらず怒る時はまぁ怒るが、よほど倫理に反さない限り何も怒らない。義母の蒼雪は放任主義だ。

 言ってしまえば家の中で厳しいのは父親のイタチくらいだと言うことだ。弊害が多すぎる。




「本当に天真爛漫というか、自己中というか…」




 イタチはこめかみを押さえる。

 イタチとしては妻のくらいぼんやり育ってくれれば良いと思っていたらしい。しかし子どもはそれぞれ持つ気質というものがある。は幼い頃から随分のんびりしていたが、稜智の方はイタチに似て活発であり、頭の回転も早い。

 最近のやんちゃっぷりは確かに目に余る。比較的周りから見る限り良い子であったイタチから見ると、確かに息子の稜智は酷く自己中に見えるのかも知れないが、綱手としてはただ活発で子どもらしくやんちゃなだけに見えていた。




「なでさま!いたー」




 唐突に火影の執務室の扉が開き、入ってきたのは話題の中心にいた稜智だった。




「稜智!ノックと挨拶!」

「あ。あーい。」




 稜智は父親に言われ、一度扉から出て行って、ノックをする。





「入って良いぞ。」




 綱手は苦笑して返事をしてやる。するとやっと入ってきて、ぺこりと綱手に頭を下げた。




「こんにちは。」

「やれば出来るじゃないか。」




 基本的にいつもイタチにきつく言われているので、礼儀を知らないわけではない。ただ子どもなのですぐに忘れるだけだ。稜智は長年沢山の子どもを見てきた綱手から見ても非常に賢い子どもで、イタチが言う程自分勝手でもなかった。



「何しに来た。」



 イタチはあきれ顔で息子を見下ろすが、挨拶が出来た褒美だとでも言うようにその小さな頭をくしゃりと撫でる。



「はーえがしのびするって。サスケとたたかってかったてじーじが。」

「何?」




 息子の報告に、イタチは呆然と目を丸くした。

 先日、実は火影である綱手はサスケとの模擬戦を許可した。

 は四年前の出産の時に大きく体調を崩し、忍として完全に引退状態にあった。しかし彼女自身も最近忍としての復帰を望んでおり、綱手にもその旨を伝えてきていた。当然イタチを初め、サスケもそれには大反対で、の実力は前よりも落ちていると主張して阻もうとしたのだ。綱手としてもの復帰には反対だった。

 それを見てが言い出したのが、“サスケに勝てたら復帰して良いでしょう?”だったのだ。



「…勝った、のか。」




 綱手はソファーの背もたれに身を委ね、手を組む。



「かみのけきれたから、きるって。おれもみたかったー」




 稜智はぶうっと頬を膨らませる。

 イタチは息子に忍術を教えることをあまり望んでいないため、方針上模擬戦なども全く見せないことになっていた。ましてやサスケとは強力な使い手であり、木の葉の中でも軽く十本の指の中には入っている。子どもの稜智が見るには危険この上ない。




「斎はなんて?」




 今回審判を務めていたのは斎だ。綱手は復帰の結論をの父であり、暗部の親玉でもある斎に委ねてある。彼は教育者としても定評のある人物であり、無理はさせないだろうし、の復帰を実はあまり望んでいなかった。




「じーじーが、なでさまにしのびよいって。」



 稜智が拙い言葉で綱手に報告した。斎はおそらく稜智に忍復帰は可能であると綱手に家と言ったのだろう。

 要するに模擬戦の結論としては彼女のブランクは全く問題無くサスケに勝つほどの実力があり、復帰に対して実力、資質共に問題なしという太鼓判だった。サスケとしては非常に悔しがっているだろう。元々中距離戦闘を得意とするサスケは長距離戦闘を絶対的得意とすると相性が悪い。おそらくまたそこを疲れたのだろう。




「結婚前と変わらずの力関係と言うことか。」




 サスケが里を抜けていた頃、彼女はトビにまでは手が回らなかったが、本気の戦いでサスケに勝っている。その時はお互い敵同士という立場であったため、全く手加減もない状態の勝利だった。相変わらず彼女は強いらしい。

 流石自分の弟子だと思いながらも、綱手は納得したようにため息をついて、呆然としているイタチを見据える。




「おまえも大変だな。」




 イタチもの復帰には否を示していたはずだ。どうして彼の悩みの種はぽこぽこと増えていくのだろう。




「ちーえだいじょぶ?」



 心配そうに父親に無邪気な瞳を向ける稜智も彼のストレスの一つだ。しかし、当座のストレスが息子から妻へと対象を変えたのは間違えがなかった。





ストレス