夕飯の食卓で、は満面の笑みだった。
「勝った−」
お茶碗片手に頬が緩んでいるの斜め向かい側では、渋い顔のサスケが頬に湿布を貼ったまま黙々と食事をしている。の向かい側にいるイタチもどんよりとしたどす黒い空気を放っている。
「はーえ、しのびするの?」
稜智はご飯中にもかかわらず母親の膝に縋り付いて目を輝かせていた。
この夕食での温度差に夕飯を毎日一緒に食べさせてもらっているナルトは目をぱちくりさせたが、反論することもフォローも出来ず、ご飯を口に運ぶしかなかった。
「まぁまぁ、また負けたんですの?」
の母である蒼雪の言葉に悪気がないのは分かるが、突き刺さるようだ。
「…あぁ。」
サスケは頷くことしか出ない。
「確かに、まさかだったよな。」
ナルトは思わず本音をぽろりと漏らした。
は稜智を出産した時から体調を崩し、一時は生死すらも危ぶまれていたため四年間全く任務に参加していなかった。最近復帰を目指して忍術を半年かけてやり直していたが、それでも実戦の勘は薄れているだろうと思われた。
だからサスケが自分に勝てたらと言い出したのは本気ではなく、彼女の復帰を阻みたかったからだ。そして彼もまた、4年ブランクのあるに負けるとは思っていなかったのだろう。
彼はすっかり忘れていたのだ。元々サスケは中距離戦闘が得意だ。それに対しては長距離戦闘が得意で、近距離に対する対策は、その体術でひたすら避けて間合いをとることのみだ。ところが元が中距離戦闘を得意とするサスケはを近距離で捕らえる術が思い浮かばず、間合いをとられてそのまま狙い撃ちだったらしい。
「ナルトとサスケはニアリーイコールなのに、サスケはに対して0勝4敗1分け。対してナルトはに対して3勝1敗1分けでしょ?不思議なこともあるもんだよね。」
の父である斎は箸をくるりと回して首を傾げる。
ナルトとサスケの実力は今でもあまり変わらない。サスケとだとの方が強い。だからがナルトに勝てるかというと、はめっぽうナルトには弱かった。ナルトは近距離戦闘に特化している上、は逆に近距離に弱い。が避けても彼は突飛出た行動をとることも多く、予想できないのでは良く負けるのだ。
「え?おかしいよーじーじ。だって、なるとさすけがいっしょで、はーえがさすけよりつよかったら、なるにーにははーえよりよわいでしょ?」
「これが弱くないんだよ。イタチがもの凄く強いのに、に勝てないのと一緒の原理だよ。」
「あー、ちーえ、はーえに弱いもんね。」
稜智はよく分からない理論にも納得したらしい。
「これでも復帰か。ま、強いもんな。」
ナルトとしても、が復帰するのは複雑だったが、彼女の実力に問題は全くない限り、反対する意味が見つからない。元々木の葉には専業主婦なんて考え方はないし、両親二人とも共働きは良くある話で、イタチやサスケが心配してそんなに反対する理由の方がよく分からない。
「なんで、俺に言わなかった。」
イタチが低い声で口を開いた途端、周囲の空気が冷える。その声には不機嫌と憤りが含まれていて、全員がぴたりと箸を止めた。
「え、、イタチに相談しなかったの?」
斎は知らなかったのか、間の抜けた声での方を見た。全員の視線がに集中する。
「…」
はばつが悪そうに口の中にご飯を詰め込んだ。
それが何よりもイタチの言葉が真実であると言うことを示していて、全員がからもう一度イタチに視線を向ける。イタチは食べ終わったのか、ぱちりと箸を置いて、正面に座るをまっすぐ見据える。
「確かに、復帰はおまえの意志だ。だが、稜智のこともある以上、相談はあってしかるべきだろう?」
まだ稜智は一人で放っておけるような年齢ではない。今までが必ず家にいたから問題はなかったが、が復帰するなら稜智のために考えなければならないことは山のようにある。簡単に侍女だけに任せておけば、稜智が逃げ出すのがおちだ。
この息子は頭が回る上、侍女などの言うことはこれっぽちも聞かないのだから。
「…復帰しようかな、っては、前言ったよ?」
「半年以上前だ。違うか?」
「…」
イタチも忙しくはしているが、の話を無視したことはない。そう言いだした時のことは覚えているし、それ以来二人の時にその話が出てくることはなかった。
「二人目の話なんてしていて、復帰ってどういうことだ。」
が、二人目がほしいと言い出したのは1ヶ月ほど前の夜のことだ。
妊娠すれば復帰したとしてもまた休職である。1ヶ月前の会話はまるで無意味だったと言うことになり、彼女が言った意味も分からなくなる。
「そ、それは、イタチが、必要ないって言ったじゃない。」
は珍しく反論をする。だがそれは酷く拙いもので、イタチの言葉に対する言い訳としてはあまりに稚拙だった。
「必要ないなんて言っていない。ひとりで十分だと言ったんだ。」
「同じでしょう?それにわたしは家でのんびりしていたいわけじゃないの。」
「だからそう言った話は先にすべきだと言っているんだ。普通相談あってしかるべきだと。」
イタチが僅かに声を荒げれば、稜智が初めて見る両親の喧嘩にびくりと肩をふるわせた。
「すとーっぷ。」
斎が二人の前で手を振って、娘夫婦の喧嘩をひとまず留める。
「はいはい。論点は二つだね。一緒に話してるけど、全くそれは別の論点だよ。復帰するか。家にいるか、子ども二人目作るかって三択でしょ?よそでやりなさい。」
子どもの前でする喧嘩ではないと、斎は腰に手を当てて言外に言う。
少なくとも全員が揃う夕飯の席でやる喧嘩としては、子供が傍にいることもあり非常によろしくない。それに気づいたのか、イタチともはっとして息子を見る。稜智は初めてみる両親の喧嘩に目を丸くしての腰にへばりついていた。
は比較的すぐに退くことが多く、イタチと喧嘩になることはほとんどない。
ましてや両親の真っ向からの口論など見たことがなかった稜智にとっては酷く不安だったようで、ぽかんとした顔でイタチを見ている。
「…悪かったな。」
イタチは息子の頭をくしゃりと撫でる。
「おこって、ない?」
「…おまえには怒ってないよ。」
「はーえにも、おこらない?」
「…」
息子の言葉に、イタチは少し考えるそぶりを見せる。
相談もなしに勝手に復帰を決めたことは、やはり簡単に許せる話ではない。逡巡すると稜智はくしゃっと顔を歪めて泣きそうな表情をした。慌ててイタチは頷く。
「わかった。怒らず話し合いをするから。」
全面的に悪者にされた気がしたが、息子に言われてしまえば仕方ない。イタチは少し傷ついたが、斎が間髪入れずに口を出した。
「、復帰は白紙だよ。」
「え!?父上?」
は驚きで目を丸くする。
「当たり前でしょ?何勝手に決めてるの?稜智はどうするの?イタチは?何も考えずに話を決めるなんてそりゃ駄目だよ。」
斎はの抗議に軽い調子でひらひらと手を振った。
綱手からの話では、基本的にが復帰するかどうかは斎の判断にかかっているのだ。その斎が言う限り、無理なものは無理だ。ましてや夫婦でありながら、夫無視で仕事復帰はルール違反である。
「?」
斎はにこりと笑ってその紺色の瞳で、娘を見透かす。斎が言葉を発した瞬間、の肩がびくりと震えた。
あぁ、逃げているなと斎には分かった。一人で家にいて、子どもだけを見ている自分が、嫌になったのだ。役に立てていない気がしたのだ。だから彼女は家にいたくなくなった。だからイタチは怒りで忘れているが、選択は二択ではない。家にいる。二人目の子どもを作る。復帰するの三択だ。
「言われたくないなら、復帰はイタチの同意書とっておいで。良いね。」
斎は有無を言わさず、に人差し指を突きつける。
は納得したと言うよりは、父親が絶対に自分の我が儘を聞かないと言うことが理解できたのだろう。どうしようもなしに頷いた。
ストレス