「斎様って、どうしてイタチに怒らないんですか?」




 ゲンマがくわえている楊枝を動かすこともなく、じっと隣に座って足をぶらぶらさせている男を見ながら言う。





「え?なんの話?」





 斎はころっと軽い笑顔を浮かべて問い返した。

 珍しい色合いの紺色の髪に童顔の彼は既に20歳を超しているが、相変わらずその容姿は10代そのもの。何となくあとげない雰囲気がある。既に一人娘がいる風には見えないぐらい爽やかで、何となく人なつっこい。笑うとますます若く見える。





「あー、確かに分かる。だって、あいつ、なんだかんだ言っても生意気じゃないですか。」





 ライドウも賛同して、同じように斎に尋ねた。

 話題に上っているのは、最近斎の弟子になったイタチのことだ。

 まだ任務を始めたばかりの下忍のくせに、指示に不満がある時は遠慮なく斎にもくってかかる。おそらくアカデミーでならってきたことと、現場の違いが、彼にとってはまだ受け入れがたいのだろう。

 斎が持っている弟子はイタチ一人であるため、イタチはどうしても任務に出る時、斎を小隊長とする中忍、もしくは上忍合同編成のフォーマンセルに組み込まれることが多い。だからこそ、真面目なのは分かるが、既に心得た大人であるゲンマ達にとって、彼は酷く生意気に映る。






「そういう話ね。」





 斎は納得したように頷いて、人差し指を軽く振った。




「ちょっと慇懃無礼に見えるけど、別に普通の子と同じだよ。不安なだけ。」




 イタチは確かに生意気に見える。

 その要因の一つは、あの狂いのない敬語だ。幼い頃からきちんと話すようにしつけられていたせいか、彼は大人は大人として礼儀正しく接する。あれが子どもの口調で、分からないことを尋ねるという意味で斎の言うことに疑問を投げかけたなら、誰も生意気だなどと思わず、分からないことが多いと思ったはずだ。

 しかしイタチは口調があまりに大人び過ぎている上、年の割に随分理路整然とものを話すので、逆にそれが慇懃無礼で生意気に映るのだ。




「…あれって不安なんすか?」




 ゲンマは眉を寄せて斎に問う。

 無表情という程でも無いが、イタチは任務の時は子どもらしくないほどの仏頂面を貼り付けている。斎が元々にこやかでころころ笑っているタイプだから、弟子のイタチと対照的で、たまに笑ってしまうほどだ。

 あれでイタチが不安なのだと言われてもぴんとこない。




「そ。あれですごっく不安なんだよ。聞かないと。」





 イタチに自覚はないだろう。

 だが彼はまだ下忍で任務の仕方もよく分かっていない。普通の子どもなら全員が下忍の所に隊長として上忍がつく。なのに斎の任務の関係と彼の実力が理由で、彼は上忍や中忍も同じ隊に配属され、年齢も、そして当然地位も一番下として任務に当たっている。

 皆、まだ下忍のイタチに何も望んではいないが、任務のランクも高いため、彼は不安なのだ。だから斎に分からないことを聞いてしまう。それが生意気に映ると彼も分かっているだろうが、聞かないと不安でたまらないのだ。




「イタチは結構繊細だよ。」




 弟子にしてまだ数週間だが、斎は既に彼の性格をある程度把握していた。

 うちはイタチという少年は、まだ6歳という年齢ながら、随分と大人の感情の機微を良く察する、非常に賢い子だ。社会的地位と立場をあの年齢で明確に理解しているのは、親の教育が厳しかったからだろう。親の期待に応えようと努力してきた彼は、アカデミーでも首席だったという。


 しかし、今下忍として任務について、上忍との力の差を切に感じているはずだ。





「なんか、不器用っすね。」

「ね。」





 不安だと、口で素直に叫べば、誰だって理解してくれる。下忍としての道を通るのは誰もが同じであり、不安だって感じていたのだから。

 だが、常に親から期待され、不安を表に出すことが出来ないイタチは、まるで斎の指示に不満があるような慇懃無礼な聞き方しか出来ない。慇懃無礼だということは彼自身も感じているだろうが、彼は幼すぎて、それをどう変えたら良いのか分からないのだ。






「それにしても、斎様が子どもの弟子をとるなんて思わなかったですよ。」






 ライドウは苦笑して、座っている斎を見る。

 斎は元々暗部の所属で、ここ5年ほど、基本的に暗部において後進の指導にあたっていた。暗部に来るのはカカシなどの例に挙げられる通り、かなりの手練れ、もしくは才能のある人間が多い。もちろん既に中忍試験を受け、ある程度任務を行って評価も固まっていることが前提だ。

 そのため年齢も10歳は絶対に超えている。

 対してイタチはまだアカデミーを出たばかり、しかもまだ5歳だ。今は大戦後で大変な時期だとは言え、あまりに斎の弟子としては幼すぎる。





「うちはだからっすか?」





 ゲンマは小首を傾げて尋ねた。

 斎の妻である蒼雪率いる炎一族とうちは一族は性質変化が同じ火であるためか、仲が良い。しかし里とうちは一族の関係は微妙だ。対して炎一族は、二代目火影の縁戚であり里の上層部に出入りしている斎を婿とし、里ともそれなりに仲良くやっている。その関係性を重視してのことか、と言う邪推だ。





「うーん。それなら面倒くさいからとらなかったよ。」






 斎は片目を閉じて肩を竦めてみせる。

 斎は元来面倒くさがりだ。そんな揉めそうな人材を弟子にする理由がうちはだというならば、逆に斎は絶対に彼を弟子にとらなかった。





「じゃあなんでとったんですか?」






 ゲンマは不思議そうに首を傾げた。

 その面倒くさくて後から揉めそうなイタチを、実際に斎は弟子にとったのだ。それは何故なのか、知りたいと思うのは自然な感情だ。





「うーん。もし僕に勝てるようになるとしたら、あの子かなって、思ったから。」





 斎は少し考えるそぶりを見せてから、口を開いた。





「勝てる?あの餓鬼が斎様に?」





 ライドウが驚いたようにというよりは、小馬鹿にしたように首を振ったが、斎の表情を見て黙り込んだ。





「本当だよ?」






 斎はあまりにも真剣な顔でそう言って、逆にライドウの驚きの方が分からないと言った表情でライドウを見ていた。






「…本気っすか?」




 ゲンマは楊枝を軽く振って、問う。






「うん。マジ。マジ。」




 斎は手をひらひらさせて軽い調子で言ったが、ゲンマやライドウとしては全く想像が出来ない。

 今や、斎は四代目の右腕と言われる里で有数の忍で、ゲンマやライドウでも歯が立つどころかかすり傷をつけることが出来るかどうかすらも疑問だ。それをまだ下忍のイタチがと言われても、全くぴんと来ないのは当然のことだった。





「それにね、ま。真面目だから、危ないなって思ったんだよ。」

「危ない?」

「育て方を間違えたら、歪むなって。」






 イタチは人の感情に非常に聡い。人が勝手に寄せる期待も、一族の野望や羨望も、嫉妬も彼は全部理解している。そして真面目故に彼はそれらを切り捨てることは出来ない。わかっていて、それを背負って必死に立とうとしている。

 崩壊した時、くじけた時、その努力と崩れそうになりながら戦った道が重み故にどこへと弾けるのか、それが恐ろしいと思った。聡い子だからこそ、限界を理解するその時、恐ろしい力を持って、どこへ向かうのか。





「彼は年の割に義務を理解している。だから、僕ぐらいゆるゆるで良いんじゃ無いかな。」







 イタチは真面目だから、斎が言わなくてもやらなければならないことは分かっているし、期待されていることも望まれていることも理解している。

 斎が教えるのは忍術と、ゆるくて面倒ごとを軽やかに避けていく、ゆとりのある生き方だ。それがおそらく彼がいつかつまずいた日に役に立つはずだ。




「そのために、書類書類、起きろ起きろと言われるのを我慢するよ。」






 斎は少し遠い目でため息をつく。それにライドウとゲンマも苦笑するしかなかった。

 暗部の時代から、斎は遅刻魔として有名で、まったく朝に起きてこないし、集合時間はよほど重要任務で無い限り、忘れる。挙げ句、毎日報告書を他人に押しつけて自分でやらずに生きてきた斎を、毎日のようにイタチが追い回しているのを、二人も知っていた。






生意気坊やの憂鬱