「なぁー、あれ?」







 珍しく両親に連れられて珍しくうちはの屋敷を訪れたは、廊下の近くから風で揺らぐ魚を見上げて尋ねた。






「東宮様、あれは、こいのぼり、ですよ。」





 イタチの母であるミコトが穏やかな様子で答える。






「そうか。は知らないのか。」






 イタチはが不思議そうに見上げている鯉のぼりを見て、納得した。

 は一人娘で、ひな人形はあっても鯉のぼりを見る機会はない。対照的にうちは一族は男が二人もいるので、鯉のぼりしかなかった。





「あれはな、男の子の日に飾るんだ。」





 イタチが言うと、は「どして、おさかな?」と紺色の瞳をぱちくりさせた。





「・・・なんでだろうな。まぁ。上れ昇れってことじゃないか?」




 一応、男の子の出世と健康を願っていると言う。ただ、イタチも詳しい曰くを知るわけではないので、分からなかった。





「ふぅん。ちーえも、おとこのにね。ないない。」





 拙い言葉で、父親も男なのに家にはないよとは言う。

 の父・斎は今、イタチの父であるフガクと話している。

 いつも斎がうちは一族の屋敷に来る時はひとりなのだが、今日はの体調が良かったと言うことで、珍しく連れてきたのだ。

 同い年のサスケと遊ばせようと思ったのだが、サスケは女の子相手は恥ずかしいのか、はたまた年の割に拙いと意思疎通が図れないのか、ミコトの側から離れなかった。おかげでいつも通り、イタチがを独占している。





「おーいさかな、ほしい。」




 はぽつりと言った。




「おーい?」




 ミコトは拙すぎるの言葉に首を傾げる。

 大きい、と言いたいのだろう。手をぶんぶんと広げて、は自分の言葉を示すが、慣れないミコトにはさっぱりわからない。





の家には大きい魚はいないけど、魚はいるだろう?」





 ところがイタチはなんの質問もせずの言うことを理解したのか、笑いながらの頭を撫でる。

 の家である炎一族邸には広大な庭があり、池があって立派な錦鯉が泳いでいる。斎の部屋にも金魚がいる。





「あれ、ちーさい。おーいさかな。」

「・・・あの大きさならカジキマグロか、鮫か・・・?」






 イタチは自分の家の鯉のぼりを見ながら、思わず真剣に考えてしまった。





「にいさん、それむり。」




 サスケは冷静にそう返す。なんぼ炎一族邸が大きいと言ってもあのサイズの大きさの魚を飼いたいと言われてもなかなか出来ない。水槽を寝殿造りで一階部分しかない炎一族邸にどうやって置くのか。




「お待たせ。」





 斎が明るい声音でやってきて、その後ろにはフガクがいる。

 話が終わったのだろう。

 斎はイタチの傍にいたを軽く抱き上げると、娘の頬に口づけた。





「良い子にしてた?」

「たぁ?」







 聞かれていることがよく分かっていないは、くすぐったそうにキャッキャと笑うだけだ。

 斎はを抱いたまま、ちゃぶ台の上にミコトが用意しだしたお茶を飲むべく近くに座る。





「サスケとは遊べたの?」

「サスケが恥ずかしがり屋なんで、いつも通り俺と遊んでました。」





 イタチが答えると、サスケは隠れるようにミコトの方へと手を伸ばす。





「あ、そう。残念だね。」





 斎はあっさりとそう言って、の長い紺色の髪を撫でた。





「すいませんな。サスケはなかなか。」





 フガクは斎にそう言って謝る。





「あ。大丈夫ですよ。それににはちょっと男の子の遊びは難しいかな。」





 体が弱いにとって、男の子らしく元気なサスケの相手は難しいかも知れない。もし相手になれば良いなくらいに考えていただけだったので、斎としても別にサスケを責める気はなかった。

 それにサスケがシャイなのは斎も承知している。





「ちーえ。、おーいさかなほしい。」

「は?」





 斎は幼いの訴えの意味が分からず、首を傾げる。それを聞いてイタチは苦笑した。





「先生、は鯉のぼりを見て、大きな魚がほしいって言ってるんです。」

「鯉のぼり?」






 斎も外を見て、初めて気づく。





「そうか。うちはの家は男の子二人だもんね。」





 鯉のぼりがあるのは自然なことだ。




「大きな魚ね。でも、うち、池は淡水だから、アロワナでも飼う?」



 有名な大きな熱帯魚である。

 生憎炎一族には海水を入れるような場所はないので海の大きな魚は無理だし、淡水の熱帯魚も冬になれば難しいだろう。


 後はまぁ、が満足できるように水族館に行くくらいしか出来ない。





「これ、うちで作った柏餅なんですが。」





 ミコトがお茶とともに茶菓子として柏餅をちゃぶ台に置く。





「ありがとうございます。」




 斎はミコトに礼を言ってお茶を受け取る。





「やった、お菓子だ!」





 サスケは子どもらしく喜んで、の隣に座った。

 はお皿に入れられた葉っぱのついた餅を不思議そうに眺めていたが、むんずと手で掴むとそのまま口に入れようとした。





!ストップ!駄目だ。」




 イタチが慌てて止める。

 柏餅の葉は、桜餅のものと違って食べられない。

 だがはもう口に入れてしまっていて、小さな口に不釣り合いな大きさもあってなんだか口でもこもこさせていた。





「ほら、、ぺっ、葉をとってやるから。母上、フォークか何かあるか?」

「はいはい。ちょっと待って。」





 面倒見の良いイタチはの手から柏餅をとって丁寧に葉をはがし、それからミコトから受け取ったフォークで器用に餅を切っていく。

 そもそも小さなに柏餅は大きい。




「イタチ、放って置けば良いのに。もきっと大きくなれば学習するよ。」





 斎はあっさりとそう言った。

 食べられないことが分かればも柏餅の葉をはぐとか、何か自分で考えるだろう。そう思っている斎と違い、イタチは次にがどうするか目に見えていた。




「自分の娘をなんだと思っているんですか。次は絶対、葉っぱを破って食べ始めますよ。」





 はまだ食べられるものと食べられないものの区別がつかない。

 雰囲気だけで良い匂いがすればビー玉でも口に入れるし、そうすればお腹を壊すに決まっている。





「イタチって本当に長男らしく世話焼きだよね。」




 斎はそう言って、柏餅の皮をはいで口に運ぶ。

 彼は一人っ子なのでそう言う感覚はよく分からないらしい。イタチは長男らしく非常に良く弟の面倒も見るのだが。




「サスケは良いお兄ちゃんがいるね。」





 斎は茶化すようにサスケに言う。




「・・・心配性だけどね。」





 口達者なサスケはさらりと言った。

 たまに疎ましいと思う部分もあるのだろう。ただはそんなことを考えるほどの頭もなく、美味しそうにフォークで小さく切られた餅を堪能していた。




五月