「はーい。僕が蒼斎です。皆さんの上司になりました。長い話嫌いなので終わり。かいさ〜ん!!」







 ダンゾウの代わりに根も含めて暗部の長となった斎は“根”だった忍達を集めて何を言い出すかと思えば、本当に集まった意味も無いくらいの、軽い挨拶1行で話を終えた。

 厳しく時には過激なこともやらせるダンゾウの元で育った忍達は皆、適当な自己紹介と一瞬にして話を終えた斎に呆然としていたが、元々斎の部下だった忍は慣れているのか、すぐに本当に退散する。



 根の忍もしばらく間を置いて「かいさ〜ん!」−要するに“解散”の言葉の意味をやっと理解したのか、不平不満を述べながらばらばらと仕事へ戻っていった。




 満足げな顔の斎の隣では副官のイタチがもの言いたげな顔で彼を見上げ、彼の元で教育された暗部の忍が頭を抱えている。

 サイはそれを横目で見ながら、小さく息を吐いた。これから直属の上司となる斎は根の誰もが会ったことのないような、否、寧ろ誰にとっても宇宙人のように未知数の人物だった。




 蒼斎。

 蒼一族純血の最終血統であり、里最大の名家炎の宗主の婿。

 三忍のひとり、自来也の弟子の一人であり、幼い頃から暗部のことをよく知り、4代目火影波風ミナトと親友同士で、彼の火影時代には斎が暗部の有力者として、また火影の右腕として彼を支えていた。

 友人・の父であり、容姿は童顔で紺色の瞳、紺色の髪と彼女とそっくりだが、彼女とは全く違い、非常にやり手の策士としても有名だ。

 非の打ち所もない鮮やかな経歴。それに反比例するように、彼の職務態度は至って不真面目だった。




「ふわぁ、眠たい。」






 欠伸とともに執務室に入ってきた彼は、ぼやーっとした紺色の瞳のままに部屋にいたイタチとサイを不思議そうな顔で見つめる。





「・・・あれ?何してるの?」




 主のいない執務室に何故入っているのだという意味は理解できるが、他に言うことがあるだろうにとサイが思っていると、イタチの方が先に口を開いた。





「貴方、何してるんですか。」

「え?何って出勤?」

「今何時だと思っているんですか?」

「え?」






 斎は一瞬首を傾げて、執務室の時計を見やる。






「えっと、12時?」

「サイとのアポは何時でした?」

「10時でした〜、ごっめーん。」







 事態を潔く理解したらしい彼は、えへっと笑って、あっさりと謝った。

 今日10時から元根の代表としてサイと話し合うという予定だったが、斎はすっかりそんなことは忘れて、眠りこけていたのだ。

 反省しているのかしていないのか、正直分からないような軽い謝罪と共にソファーに座った斎だったが、イタチが勝手に入れ、既に冷たくなっている茶の他に茶菓子が欲しくなったのか、立ち上がって自分の執務机の引き出しから、お菓子をひっぱりだした。

 栗饅頭だ。






「はい。」





 栗饅頭の30個大容量パックを机の上に放り出して、やっと斎は落ち着いてソファーに座る。






「頂きます。」





 彼の教え子として長年共にいるイタチは、既に斎になれており、あっさりと栗饅頭に手をつけた。

 斎は彼にとって婚約者の父親、要するに舅でもある。

 とはいえ関係は非常に良好で、気心が知れた姻族であり、また長年教えを請うている師でもあるのだから、イタチは斎といてもくつろげるのだろう。

 だが当然サイは緊張と遠慮がありそういうわけにはいかない。そもそも、サイは斎のことがずっと苦手だった。





『嘘の笑顔は気色悪くて印象悪いから、僕の前ではやめてくれないかな。』






 初対面の時に笑顔をあっさり見抜かれた挙げ句の果てに、それをはっきりと注意した男は彼が初めてだった。軽く笑っているが、それでも他人を非常によく見ている人物で、すべてを理解しているのに言わない。 

 そのくせサイとは違い、彼は人生が楽しくてたまらないとでもいうように、屈託なく笑う男だった。いっぺんの後ろめたさもなく天真爛漫に笑う彼を、サイは心から苦手に思っていた。






『斎さんはすっげぇ良い人だってばよ!ちょっと破天荒なとこあるけど、俺のことも、ずっとみててくれてたしな。』






 ナルトは、斎に非常に感謝しているらしかった。

 ナルトは斎の兄弟子だった波風ミナトの子どもであり、自分に何かあった時は、と頼まれていたらしい。そのため斎は両親を亡くし一人のナルトのことを頻繁に見に行き、気にかけていたそうだ。

 ナルトにとっては恩ある人物というわけだが、サイはどうしても彼に対して苦手意識があった。

 似たようなタイプがそばに全くいない上、自分の心の中でも視られたくない、知られたくない部分があるから、なおさらだ。

 最初に斎に会った時から、ナルトに出会ってから、サイは変わった。

 だから大丈夫だと思いたいが、それでもどうしても、最初に抱いた苦手意識は消えてくれなかった。





「サイ、甘い物嫌い?」






 斎は酷く残念そうな口調で問うてくる。







「え、あ、えっと。頂きます。」







 もらった方が良いのか、と手を伸ばすと、その頃には隣の席に座るイタチは既に三つ目を平らげ、四つ目の栗饅頭に手をつけるところだった。






「ところで先生、根は解体なんですよね。」





 イタチはちらりとサイの表情を確認しながら、斎に問う。







「ん?まぁねぇ。でも、すぐに暗部の違う部隊に入れても可哀想だから、最初は根だけの班を作って任務してもらうけど、一週間に一回ぐらい普通の暗部部隊に入ってもらうかな。」








 斎とて、今まで根として活動してきた忍達に負担をかけたいわけではない。







「根を解体するとはいえ、サイや他の根の忍達も、もし不満があったらため込まず、こっちに言ってきてほしいんだ。まず話してくれれば考えるからさ。」







 斎は手をひらひらとさせ、口を栗饅頭でもごもごさせながら、不明瞭な滑舌のまま言った。

 自然な形で解体されるのが望ましいと思っているから、不満があれば言ってほしいと思うし、強硬な手段に出る気は全くない。ただし、仲間同士で戦うことや、人権に関わるような非人道的な扱いを仲間の忍にすることは禁止だ。






「僕は君にも期待してるんだよ。面白い能力だし、何より経験も豊富。言うことなしだよね。」





 斎は両手を合わせてとても嬉しそうにサイの能力を評価した。

 その無邪気な笑顔は、彼の娘であるによく似ている。だが、彼は以上に鋭く、結構な策士として有名なのだ。

 どこまで本気で無邪気さを見せているのか、嘘笑いを浮かべてばかりいたサイが言うのもなんだが、見抜くのが難しすぎる。





「雑用係が増えるのは良いことですね。」






 イタチは見当違いの言葉を口にするが、間違いなくその通りなのだろう。サイは事実上斎の弟子として、また副官として取り上げられたわけで、その点を考えればイタチと同じ立場である。だがそれは決していやな意味だけではなく、正式に斎に弟子にとってもらえれば昇進の機会にも恵まれるということだった。

 おそらく、斎の次に暗部で采配をふるうのはイタチだろう。だから斎とイタチ、二人と仲良くしておくことは、孤児で後ろ盾も全くないサイにとって大きなメリットだった。






「明日ナルトの首を絞めておく予定だから、その後で君の能力も見せてもらうよ。」






 斎はにこにこ笑って、楽しみだとはしゃいだ様子を見せた。





「許可、とったんですか。綱手様に。」







 イタチは一応師に釘を刺す。

 ある程度の実力を持った人物の模擬戦には許可が必要だ。それは危険をあらかじめ避けるためであり、戦時であればけがなどを加味して許可されないが、平時である今なら大丈夫だろう。ナルトが大けがをしたところで、今のところ数ヶ月は問題ない。






「とったよ〜。本当に楽しみ。」





 舌なめずりをして、斎はにやりと笑う。

 先の戦いで大きな戦果を上げたナルトは、調子に乗っている。先日サスケと組んでサクラとに負けたが、それでもその鼻高々なところは、直っていない。サクラとの本題が、サスケを殴りたいというただ一点であり、ナルトが本気にはなれなかったからだろう。

 うきうきしている斎を見ながら、サイはナルトのことを思い出してため息が出た。


楽天的