結局サスケの身元引受人になったのは当然イタチで、とイタチが同棲しているアパートで一緒に住むことになった。
「うっわ、サスケ、思いっきりお邪魔虫だってばよ。」
ナルトはそれを聞いて、入院中のベッドのマットをばんばんと叩く。隣のベッドで寝ているサスケはふてくされたようにふいっとそっぽを向いた。
「サスケ君もせいぜい感謝するのね。身元引受人がいなかったら牢屋だったんだから。」
サクラは冷たくサスケに言い捨て、勝手にサスケの見舞い品から林檎をとり、それを同じく見舞いに来たのためにせっせと剥く。
「別に良いよ。大丈夫大丈夫。」
は明るく笑って見せた。
サスケの両親であるミコトとフガクは相変わらず反逆罪の罪を許されておらず、最近屋敷で軟禁に変わった。親族のほとんどが反逆罪で幽閉、軟禁、投獄されているため、イタチ以外に身元引受人になれる人間はいない。
身元引受人になる限りは一緒に暮らさなければならない。とはいえイタチもとふたりで同棲しており、狭いアパートにサスケを引き入れることになるが、他に身元を引き受けてくれる人間もおらず、「すまないが、サスケと暮らさせてくれ」とに頭を下げたのだという。
普通に考えて弟とは言え、犯罪者、しかも他人と暮らすのは難しい。しかもサスケはこれから任務に出るが、それでも犯罪者であるため、やイタチなど友人親族が隊長となる任務以外は配置されない事になっているため、給金も少ない。
へたをすれば同棲解消も覚悟していたらしく、イタチも断られること承知だったそうだが、は「え?だってサスケ家ないじゃない。」の一言でイタチが拍子抜けするほどあっさり同意したという。
「イタチ兄ちゃんめっちゃ悩んでたのにな。」
ナルトはサスケの身元引受人になるイタチから、と同棲しているのにどうしようという話は随分と聞いていた。もちろんイタチとしても弟は可愛い。だが、イタチはサスケがに思いを寄せていたのは知っているし、経済的負担も考えれば同棲しているアパートに引き入れるのは難しいと悩んでいた。
の温情であっさりとした結末を迎えたことに、ナルトは最初に聞いた時、悩んでいた時間はなんだったのだと笑ってしまった。
「サスケ、家ないんだし、イタチ以外兄弟もいないし、どこに行くの?」
は逆に不思議そうに首を傾げる。
「恋人の弟でも刑務所あけのニートの犯罪者を家に入れる人は少ないと思うわよ。」
サクラはさらりと言ってに皮を剥いた林檎を渡す。もそれを受け取ってそれをくわえてから、ごそごそと鞄の中から書類をとりだした。
「どうしたの?」
「うん。忘れてたんだけど、綱手様に出して来なくちゃいけないんだよね。」
先ほどちらっとだが病院の中で話しをしている綱手を見かけた。
「ちょっと渡しに言ってくるよ。」
「わかったわ。私ここで待ってるわよ。」
「うん。」
綱手の執務室にもう一度訪れるのは面倒臭いし、綱手がいなければ何にもならないので、はばたばたと書類を持って出ていった。
「、本当に強くなったよな。俺たちの中で一番強くなった気がするってばよ。」
ナルトはの後ろ姿を見送りながらしみじみと言う。
は同期の中で唯一の上忍で、周囲からの信頼も厚い。任務態度も至って真面目で現在では斎に変わっていろいろな任務の指揮を担うこともあった。若いながらもそれをまかされるほどの実力がある。
「は弱くはなかったわよ。元々、強かったんだと思うけど。」
サクラは自分で剥いた林檎を食べながら言う。
下忍だった昔はは頼りなくて、全然戦わないので弱いのかと思っていたが、多分下忍時代も彼女は弱くなかったのだろうと思う。ただ退け腰で滅多なことが無い限り戦わないから、弱く見えていたのだろう。
「そうか、は上忍なのか。」
サスケは里を離れていたため知らなかったため、驚いて一瞬目を見開いたが、納得したように一つ頷く。
「まぁ順当に行くならネジかか。」
「ちなみにネジも上忍だってばよ。」
「だろうな。」
十分に理解できる昇進だ。昔は上層部が何故を高く評価するのかが分からず、焦燥に身を焦がしたこともあったが、今となってはサスケもの昇進を十分に理解できる。
実力の問題ではなく、彼女は優しく、他者をいつも守ろうとする姿勢がある。だからこそ、彼女は隊長として相応しいから上忍に昇進するのが早かったのだ。
サスケにその資格はない。
「それにしても、サスケ君、同棲しても良かったの?の事好きだったんでしょう?」
サクラは少し目を伏せて問う。
「え?」
ナルトは気づいていなかったのか、サクラの顔を振り返ってから改めて驚いたような表情でサスケを見やる。
「おまえ知ってたのか。」
サスケはサクラを見て小さく息を吐いた。
幼い頃から、サスケはの事が好きだった。気づけばいつも兄がの傍にいたけれど、いつもそれに嫉妬して不満に思っていた。不機嫌な顔をしていたのはただの照れ隠しだ。を憎み、手にかけようとしても結局、サスケは幼い頃から抱き続けたに対する好意を消し去ることが出来なかった。
イタチがいる限り、の感情が自分に向くことがないことは知っている。ましてや苦労をかけた兄の幸せを踏みにじる気は全くない。
「難しいけど、大切に思う気持ちは、本当だ。」
まだ義理の姉としてを大切に思うことはサスケにとっては難しい。でも、嫉妬心に心を駆られても、に笑っていて欲しいと思う気持ちに変わりはない。幸せでいて欲しい、いつもあの無邪気な笑顔で笑っていて欲しい。
だから、嫉妬心は押し殺して、間近でその笑顔を見ることが出来るのを幸せだと思おうと決めた。
「それに、の相手が兄貴で良かったのかも知れない。他の誰かだったら認められそうにないしな。」
嫉妬に駆られて殺してしまいそうだ。生憎兄のイタチはサスケには到底敵わない相手だ。忍としても、男としても、彼ほどの人間は中々いない。だからこそ、サスケは素直にを諦められた。
「サスケ君、最低よね。まるで娘を嫁に出す親みたいよ。」
「なんとでも言え。どうせ兄貴は知ってる。」
不格好さも、全部兄のイタチには知られてしまっている。勘の良いイタチのことだ。どうせ昔からサスケがに思いを寄せている事にも気づいていただろう。気づいて黙っていて、しかもへの感情も変えなかったと言うことは、兄弟であっても譲れないほど強くを思っていると言うことだ。
昔からイタチは弟のサスケに甘かったが、の事になると話は別だった。
「サスケが横恋慕してるとは思ってなかったってばよ。シカマルとかは実はそうじゃないかって言ってたんだけどな。」
全くぴんと来なかったナルトだが、やはり納得するところはあるらしく、感心したように頷く。
実はシカマルやキバなどはナルトに、サスケはの事が好きではないかと言うことがあった。ナルトはいつもの調子で「まさか〜」と否定していたわけだが、彼らの推測が当たっていたと言うことになる。
「うるせぇ。それにに言ったことはない。」
まさかばれているとは思っていなかったサスケはぼそりと吐き捨てる。
「は何となく分かってるっぽかったけどね。」
「何?」
「サスケ君がはっきり言わないからじゃない?は何となく気づいていたみたいよ。あの子鋭いんだから。」
は鈍そうに見えて、変なところで鋭い。
蒼一族の例に漏れず非常に勘が良いことが原因なのだろう。そのため人の感情の機微を突然言い当てることがあった。それはサスケも幼い頃から承知しているため、サクラに言われるならば確かにそうなのかも知れないと思う。
要するにも何となくは知っていたが、サスケがはっきり言わないことをこちらから言う必要はないと話さなかったのだ。
「…なるほどな。」
サスケはため息をつく。これからもきっとサスケが言わなければがそのことを口にすることもないだろう。そしてサスケも、口にする気はない。
「今は、幸せになってくれれば、それで良い。」
苦労をかけた兄とに、これ以上我が儘を言うことも、迷惑をかけることも出来ない。ただ二人が幸せになってくれるように、そして今度こそ二人の幸せを守れるようにサスケが出来るのは、黙っていることだ。
それが“好き”ではなく、“愛する”ということなのだと、サスケは思うようにしていた。
幸福願