「いじめ、か。」





 ミナトは息子とサスケの訴えに、小さなため息をついた。隣のクシナも少し沈んだ顔で神妙に話を聞いていたが、彼女はのことを心配してか、をすぐに見に行った。

 いつもは9時どころか遅くまで起きているだが、今日はナルトやサスケよりも早く寝に行ってしまった。クシナはそれが心配になったのだろう。





「なんで、あんなひどいことするのか。俺にはわからない。」






 サスケは憤りを含んだ静かな声で、そう言った。ナルトも同じようにうなずく。日頃は喧嘩ばかりのふたりも、こういう問題の時は意見が一緒らしい。

 ミナトは子供達を見ながら、難しい問題だと思った。





「斎からも、実は話は聞いてるんだよね。」





 自分のもみあげをかりかりと書きながら、弟弟子の姿を思い出す。




 ――――――――――、いじめられてるらしいんだよね。





 いつもにこにこしており、穏やかそうに見える斎だったが、かわいい娘のことには心を痛めていたらしく、やはり少し沈んでいた。

 やナルト、サスケの担任であるイルカはしっかりした人物で、親である斎にいじめのことに関してきちんと連絡したらしい。そういう事実があると言うことは、可能性として十分に考えられることだったが、親としてショックは当然だろう。

 子供達にいじめるなと言っても、やはり大人に隠れてやることは多い。父親の斎にはどうしてやることもできない。かばう子がいるのが幸いだが、それでもすべてを守ってやることなどできるはずもなく、途方に暮れているようだった。





「・・・それにしても、は我慢強いんだね。一度も手を出さないなんて。」

が手を出せるはずないってばよ!、優しいから。」





 ナルトは父親の言葉に真っ向から反論する。だが、ミナトが言いたかったのはそういう意味ではなかった。

 の持つ血継限界の白炎は、いざとなればいじめっ子たちを襲うことも非常にたやすいはずだ。幼いがの血継限界は絶対的であり、忍といえど簡単に殺せるほどができる力を持つ。それでもが他人に手を出さないのは、が非常に我慢強く、忍耐があり、両親の言いつけをきちんと守っているからだ。

 父親である斎は娘であるに非常に甘いが、が幼い頃から白炎の危険性と、友人や他人に安易に使ってはいけないということだけはこれでもかと言うほど言い聞かせていた。はいじめられていても、つらくても、それでもいじめっ子に白炎をけしかけたことはないのだ。




「ずっと一緒って訳にもいかないから。」





 サスケもかばおうと努力はしているが、一人でにつっききりというのは基本的には無理だ。ナルトとサスケだけでは、トイレにだって行くし、のんびりしたが二人から離れてしまうこともある。




姫は随分のんびり育っちゃったからなぁ。」






 ミナトは困ったように笑う。

 同じ時期に子供を産んだクシナとミコト、そして蒼雪だが、唯一女の子だったせいか、もしくは両親の教育方針の影響か、はずいぶんとのんびり育った。一番早く生まれたのはだったはずなのだが、びっくりするほどのんびりしている。一人っ子で、かつ名家のお嬢様として育てられたのがいけなかったのだろう。

 の母である蒼雪は性格こそ過激だが、見た目は温厚だし、にも優しい。斎は元々穏やかな性格をしており、二人ともに対して声を荒げて怒ることはまったくない。物事をせかしてやらせることもないため、はいろいろなことをできるが、遅い。

 そういった要領の悪いところも、いじめられる原因になっているのだろう。




「もうすぐ夏休みだから、今年は聖様と梢様のところにしばらく預けるらしいけど・・・。」




 ミナトもよく知っているが、斎の父母は現在けがを理由に引退しており、木の葉近くの森の中の屋敷ですんでいる。山の中で少し陰気だが近くに山や川などもあり、もうすぐ夏休みと言うこともあり、しばらくを預けると言うことだった。

 にとっては祖父母の家であり、少しも落ち着くだろう。





「あ。そうそ。今年の夏休みはナルトもサスケ君も梢様んちだから。」




 の様子を一度見に行ったクシナが、戻ってきてひょこっと顔を出す。






「やったってばよ!!」






 それを聞いた途端、青い瞳を輝かせて、ナルトは腕を振り上げた。






「え、良いの?」

「梢様がのついでに、ナルトもサスケ君もいらっしゃいって。この間廊下でばったり会っちゃってね。快く応じてくださったわ。」








 ミナトが調子に乗っているナルトを横目にクシナに尋ねると、クシナはにっこりと笑って答える。






「え。おれも?」





 サスケは小首をかしげる。もちろん予言者として有名な梢を見かけたことはあるが、親しいわけではないし、梢の家に一度も行ったこともない。




「こずえばーちゃん、すっげーーーーーーーーー優しいってばよ!!」





 の祖母・梢は通称“仏の梢姫”と呼ばれるほどに怒らない人物で、ナルトのいたずらにも非常に寛大だった。子どもは元気な方が良いというある意味で少しずれた考え方を押し通したため、現在息子に当たる斎は遅刻魔、だらしないで通っている。そんな優しい彼女のことをナルトも大好きで、がいなくてもちょくちょく遊びに行っていた。

 クシナもミナトも既に両親を亡くしており、ナルトが祖父母に触れあう機会はなかった。そのため、ナルトにとって実の祖母に等しいくらいの存在だった。




「でも、予言で有名なんじゃ・・・」






 大人の事情ばかりを教えられてきたサスケは少したじろぐ。

 蒼一族は元々予言を生業として木の葉近くの森に住んでいた一族で、その身に宿す血継限界と共に今でも崇拝の的だ。






「梢様は非常に気さくな方だよ。血の繋がっていないナルトをよく預かってくれるくらいね。だからサスケのこともきっと歓迎してくれるよ。」





 ミナトは心配顔のサスケを宥める。

 木の葉の上層部は火影も含め、予言者として有名な梢の予言に頼っている。だからミナト自身も梢のことはよく知っていた。




「こずえばーちゃんって、そっくりだよな。」





 ナルトは躯を揺らしながら、の祖母の顔を思い出す。

 梢は既に50歳を越しているはずだというのに、見た目は30前半と言った感じの、ふんわりとした女性で、紺色の髪は柔らかに波打っているが、容姿自体はにそっくりだ。垂れた目元がそっくり。

 要するにの祖母・梢、の父・斎、そしては親子三代で、紺色の髪と瞳、容姿までうり二つである。




「まぁ、確かに。どっちかって言うと姫は、性格も梢様似だからね。少し口調とかも似ているかも知れない。」





 くせ者である斎、苛烈な蒼雪と違い、祖母である梢は穏やかな人物だ。の性格は両親より祖母である梢に似ていると言える。だが、優しいからこそ傷つくことも沢山あるのだ。





「こずえばーちゃんち、近くに森があるし、小川とかもあるから、虫一杯いるんだぜ。」





 カブトムシ狩りだ−!とナルトは楽しそうに声を上げる。

 森の中に立つ旧蒼一族邸は広いだけで無く、森の中に立っている。不便ではあるが、隠居している梢、聖夫妻にはうってつけの隠れ家と言うことも出来る。木の葉からの喧噪も非常に遠い。

 大人には退屈と言えるだろうが、活発で森での遊び方に長けているナルトにとっては面白い場所だった。





「言ったら梢様によろしく言っておいてくれよ。」





 ミナトは小さく息を吐いて、ナルトの頭をくしゃりと撫でる。





「ついでにあんまり迷惑ばかりかけるんじゃ無いぞ。」





 やんちゃのナルトであっても、おそらく梢はあまり気にしないだろう。だが、だからといって迷惑ばかりかけて良い訳では無い。





「わかってるってばよ!」





 ナルトは父親から諫められ、不満そうながらも素直に頷いた。





「ま、でもあんまりいたずらばっかりしてると、イタチ君にとっちめられるわよ。今年はイタチ君が長期休みとって、一緒に行くらしいから。」





 クシナが笑ってナルトの額にでこぴんをする。

 現在はの父、斎の下、暗部所属のイタチだが、全く休みを取れていなかったため、いっそ全部とってしまえと、去年の有給も含めて消化のために、休みを取ったのだ。イタチの母、ミコト曰く、が行くからだろうとのことだった。





「え?にいさんも?」





 嫌そうな、嬉しそうな複雑な表情をするサスケに、クシナの方は首を傾げる。





「何?サスケ君、嫌なの?」

「いやべつにそういうわけじゃないけど。」





 何とも言えない納得出来ない顔で唸るサスケにナルトとクシナはそっくりの顔で目をぱちぱちさせた。

天真爛漫