神の系譜の直系がアカデミーに通うのは五大国でも初めてのことで、それが正しいのか、間違っているのか、誰も分からないと言うのが実際の所だった。

 まだ6歳の子どもとはいえ、彼女の持つ莫大なチャクラは恐ろしく、また血継限界である炎はチャクラを焼く効果を持つため、一度暴走させれば手がつけられない。幼いうちは不安定で、しかも十分に他人を殺すことの出来る力を持つは非常に危険だ。



 それでも、四代目火影であるミナトの賛成の元、の両親である斎と炎一族の宗主である蒼雪は娘をアカデミーに通わせることを決定した。

 まさかそれだけ恐ろしい力を持つ彼女が、まさかいじめられっ子として問題になるとは、火影は愚かの両親や担任のイルカすら想像もしないことだった。

 大人しい上反撃せず、苦しい顔はしてもなかなか泣かない。そんなはどうやらいじめっ子たちは格好の獲物だと思ったらしい。幼なじみであるサスケとナルトが庇うため、二人がいないところでたびたび虐めていると他の女子からの目撃情報もある。

 イルカも気をつけてはいたのだが、結局手が回らず、とうとうが仕返しをするという事態になってしまった。





「…はわるくないってばよ!」







 息も荒くそういうのは、ナルトだ。相変わらずはナルトにへばりついたまま、離れていない。ナルトも子どもを守る親鳥のようにイルカに対してすら威嚇している。





「あいつらが悪いんだ。をなぐったり、いじめてたりしてたから!!」





 サスケもそれは同じで、を心配しながらも、真っ向からイルカを睨み付けていた。





「いや、別に俺はを怒る気はないさ。いじめの話は前から聞いていたし、俺も気をつけていたのにこうなってしまったわけだからな。」





 確かにが手を出したことによって、4人はたいしたことは無いとは言え火傷を負うことになった。特に一人は重傷で、一応病院の医療忍者に見て貰うことになった。

 それ自体は問題だが、そもそもに4人が手を出さなければこんな事にならなかったわけだし、女子生徒からの訴えもあり、一方的にが悪いとはどう考えても言えない状況だ。今の両親を呼び出しているが、二人揃って里有数の手練れで、迎えに来られる状態ではない。

 元々、ナルト、サスケの家は両親共に手練れで忙しく、そのため子どもの世話はそれぞれの両親が暇な時にまとめて持ち回りが基本で、今日は任務帰りにサスケの兄のイタチが迎えに来て、全員でナルトの家に行くことになっているようだった。





「どうしたものか。」







 四人の生徒の両親は、生徒たちがいじめをしていたことを棚に上げて随分と怒っているようだった。実際にが怪我をさせたわけだが、一方的にを責めるにはいじめっ子たちがいじめをしていた期間も長く、の痣や髪の毛をひっぱっていたと言う目撃証言もある。

 それもあって、最近は不登校気味で、やっと今日学校に来たと思ったらこれだ。





、大丈夫か?」





 ナルトに抱きしめられたまま、完全に怯えきってしまっているにイルカは優しい声で尋ねる。は顔すらも上げない。イルカから見えるのは長い紺色の髪だけだ。





「おまえは、何があっても俺の可愛い生徒に変わりはないからな。」





 イルカとての恐ろしい力を、火影から聞いている。最初にそんな恐ろしい力を持つ子どもがアカデミーに入ってくると聞いた時、そんな子どもを教えられるのかと不安になった。

 だが、を目の前にしてイルカの考えは大きく変わった。

 おどおどとして、周りの様子をうかがい怯えるを見て、彼女が恐ろしい存在なのではなく、彼女自身が自分の力と、周囲を恐れているのだとすぐに分かった。よく犬に触れる時、怯えているのを悟られれば向こうも怯えて歯をむき出してくると言う。それと同じで、他人が恐れるからこそ、彼女も恐れるのだ。他人を。






「ごめんな。守ってやれなくて。」





 イルカがそっとの頭を撫でると、ぴくりと動いて、ゆっくりとが顔を上げる。






「…たたいた。」






 小さくは呟くような声で言う。紺色の大きな瞳には、涙がいっぱいで、ゆらゆらと揺れていた。





「ん?」

「なると、と、サスケをたたいた。」





 くしゃっとは表情を歪めて、またひっくひっくとしゃくりあげて、泣き出した。

 今までがいじめっ子たちに手を出したことは一度もなかったし、余程出なければ泣くこともなかったと言う。だからこそ、を虐めるのを誰もやめなかったのだ。そのが手を出した原因は、幼なじみであるナルトとサスケがいじめっ子たちに殴られたからだった。

 自分が殴られることは我慢できても、幼なじみが殴られることには我慢ならなかったのだ。





「そっか。は、優しい子だな。」





 イルカもの両親が、他人を血継限界である白炎で攻撃してはならないと口を酸っぱくして教えているのを知っている。甘い両親からの唯一の約束事を破っても、どうしてもは幼なじみを守りたかったのだ。






「もっかい来たら、今度こそぶんなぐってやる。」






 ナルトはまた泣き出したを抱きしめながら、自分を涙をためて口をへの字にする。






「…どっちがばけものだ。」







 サスケも吐き捨てるように言い捨てた。

 おそらくいじめっ子が言った言葉なのだろうとイルカも簡単に予想がついて、目じりを下げた。ナルトが九尾を、そしてが神の系譜の直系として恐ろしい力を持っているというのは、誰もが知っていることだ。もちろん公で言うことは禁じられているが、大人たちは影で言っている。

 それが子どもに伝わるから、そう言った言葉が出てくるのだろう。

 特別な力を持つナルトとにとって、アカデミーという人が沢山集まる場所は、そう簡単なところではない。





「よく我慢したな。」





 イルカがそう言っての背中を撫でると、はますます激しく泣き出した。我慢していたことが沢山あったのだろう。






「失礼します。」






 応接間の扉を叩いて、少し躊躇いがちに入ってきたのは、サスケの兄のイタチだった。やはり三人の両親はすぐには任務などで動けなかったらしい。代わりにイタチが三人をまとめて迎えに来ることはよくある話だった。






「あぁ、久しぶりだな。迎えに来て貰って悪かったな。」

「いえ、大変なことになったみたいで。」







 イタチはそう言って、ちらりと団子になっている三人を見た。今までナルトに縋り付いていたがぱっと顔を上げてイタチの顔を見る。先ほどまで怯えるようにナルトから全く離れなかっただったが、イタチを見るとまたくしゃりと顔を歪める。

 イタチは少し困ったように小首を傾げて、に手を伸ばして抱き上げた。





「どうした?」






 優しく尋ねながら、を軽く揺らしながらあやす。その手つきは酷くなれていて、日頃では考えられないほどに彼の目元は優しい。

 面倒見の良いイタチは実の弟であるサスケや、両親が親友同士で仲が良く、幼い頃から面倒を見てきたナルトのことも可愛がっている。だがは一緒に育った中では唯一女の子であり、格別の思いがあるらしく、イルカがいつ見てもイタチはに優しかった。





「ここ一週間は斎先生と雪さんは任務で帰れないので、クシナさんが後で話し合いに来ます。」




 イタチはをあやしながら淡々と言う。





「そうか。悪いな。」

「いえ、ただクシナさんは烈火のごとく怒ってました。」






 先に報告が言ったのだろう。イルカはナルトの母親の顔を思い出してため息を出来た。

 前からのいじめの件に憤慨していたクシナのことだ。自分たちが虐めたことを棚に上げてを責めようとしているいじめっ子たちとその親を前にすれば、切れてしまうかも知れない。ただ、それも分かった上で、クシナが出てきたのかも知れない。

 の母である蒼雪は炎一族の宗主であり、身分上の問題もある。斎は他人を上から怒るようなタイプではない。強烈ないじめっ子の親たちに対抗するなら、クシナが一番だとも言えた。今日の夕方には四代目火影のミナトも帰ってくるというのに、クシナが来ると言うことは、そういうことだ。






も心配しなくて良いからな。」





 イルカはに笑いかけるが、はイタチの首に強く抱きついたまま顔を上げなかった。 

 決してが悪いのではない。

 里は炎一族との融和生活を推し進めているため、次の宗主であるがアカデミーに通うことを歓迎している。だが、幼く力も特別なには辛いことが沢山あるのかも知れない。ましてや性格が本当に温厚で、普通でもいじめの対象になっていたかも知れない。

 それくらいに、イルカの目から見てもは随分とのんびりしていた。




天真爛漫