アンコがに始めてあったのは、炎一族邸でのことだった。

 大蛇丸が抜けた後、四代目火影の後援で暗部の指揮を執るようになったのは、斎という、ダンゾウや大蛇丸とは全く違う男だった。まだ若く、年齢もアンコから5つ程しか変わらない彼は気さくで、大蛇丸がいなくなって落ち込むアンコをいろいろと気遣ってくれた。

 彼は当時から既に暗部の親玉としての地位を確立しつつあり、暗部として大蛇丸の犯罪行為を知っているかも知れないアンコを見張っていたのかも知れない。しかし、彼はそれを感じさせない明るい人物だった。


 大らかで茶目っ気たっぷりの変わった人。


 そして彼は、大蛇丸に捨てられたアンコを気遣いながらも、絶対にそのことを口にせず、感じさせなかった。その娘のにアンコがあうことになった原因は斎の家である炎一族邸の書庫に、本を借りに行ったためだった。

 元々お人好しの斎は、アンコが何かを盗むと言うことは全く考えなかったのか、勝手にとって帰ってくれとあっさりと家の中に入れたのだ。

 その書庫の中にいたのが、だった。




「そっくり。」




 を見てアンコが最初に呟いた言葉が、それだった。

 父親の斎にそっくりの紺色の髪に紺色の大きな瞳。長い紺色の髪を段々に切り揃え、髪紐で束ねた小さな赤い着物姿の幼女は、どこぞの本で見た座敷童のようだった。




「あんた、こんなとこで何してんの。」




 噂では病弱で、2歳前後だと聞いている。とはいえ、アンコが想像する2歳より遙かに小さく、そんな幼女が書庫などにいても面白いことはないだろう。




「かく、れんぼ?」




 随分と拙い口調で小首を傾げて言う。

 くるくるとした大きな紺色の瞳とにこっと笑う顔が可愛くて、思わずアンコは笑みを零したが、ふと思い出す。

 病弱じゃなかったっけ?




「宮様へいらっしゃいましたか!?」

「いえこちらには!寝殿かも知れませんわ。」




 外では炎一族の侍女達は彼女を探しているのか、声とともにばたばた走り回る音がする。人の家庭に口を出すのは良くないとは思うが、流石にこれは放りおけない。




「駄目だよ、あんた。部屋にもどんなよ。」




 アンコは本をその場において、を見下ろす。




「んー、や。」




 は少し考えるそぶりを見せたが、首を横に振った。




「なんで、」

「ひとりねんね。や。」

「…」




 確かにもうそろそろ昼過ぎで、子どもならばお昼寝の時間だ。彼女はどうやら昼寝を一人でするのがいやらしい。

 同年代の子どもとは違う血色のあまり良くなさそうな白い肌。重たそうな着物から覗く手も子どものものとは思えないほど細い。20歳までは絶対に生きられないだろうと言われる程の虚弱体質で、アカデミーにすら通えないだろうと、噂だけはアンコも聞いたことがあった。




「…この子が、ねぇ。」




 アンコは小さく呟いて、小さな幼女を観察する。

 斎と蒼雪が結婚したのは大蛇丸が里を出る少し前の事で、彼は二人に子どもが生まれるのを酷い興味とともに楽しみにしていた。と言うのも、斎は既にひとりしかいない希少な血継限界・透先眼の持ち主であり、同時に蒼雪も神の系譜としての莫大な力を持って生まれてきていた。

 その二人の子どもであれば、とても価値があることもだと大蛇丸は思っていたのだろう。

 だが実際生まれたは虚弱体質で、血継限界は持っているそうだが、どう見ても強くなりそうではなかった。




「だぁれ?」





 はアンコの袖を引っ張って、尋ねる。



「アンコ。」

「あんこ?」

「うん。そう。」




 アンコは小さくため息をついて、を見下ろす。はまっすぐとアンコを見上げ、紺色の大きな瞳が無邪気に丸く映していた。

 屋敷の中で育っている彼女は、きっと何も知らないのだろう。小さな子どもは苦手だ。傷つけてしまわないかと酷く不安になるから。

 アンコが戸惑って逃げるか、どうするかを考えていると、くるりと紺色の瞳が光った。




「だっこ!」




 は小さな手をアンコに伸ばす。

 嬉しそうに笑ってそう言われれば、アンコはどうして良いか分からず、かといって期待の眼差しを自分に向ける彼女の手を振り払えば、泣いてしまうかも知れない。

 恐る恐るアンコはに手を伸ばす。

 抱き上げたの体はアンコが予想していたよりもずっと軽くて、小さな腕をアンコの首にぎゅっと巻いて抱きついてきた。

 肩当たりに頬をすり寄せてくるから、彼女の長い髪が当たってくすぐったい。




「かわいい。」




 思わずアンコは無邪気な小動物に向けるような呟きを漏らす。古びた香の匂いが柔らかくて、心がゆっくりと癒やされる。 

 初めて抱きしめた子どもは、アンコが恐れていたほど弱くはなく丈夫そうで、それでいて温かかった。

 彼女を抱いたまま外に出る。彼女がいつも住んでいるはずの東の対屋にそのまま歩いて行くと、別にも抵抗しなかった。



「あぁ、見つかったんですね!」



 女中の一人がそう言って、安堵した様子で離れていく。

 どうやらいないから探していただけで、目立った用事は無いらしい。まだ2歳ならば、必ず誰かがついていなければならない時期だろう。それぞ女中の仕事だというのに目を離したらしい。




「こんなにかわいいのにね。あんた。」




 アンコがぽつりと呟くと、はよく分からないのか首を傾げる。

 女中が饅頭と茶をアンコとに持って、の住まう東の対屋を出て行く。アンコはを落とさないように気をつけながら、饅頭の近くに座った。



「あい、」




 は笑って、アンコの手に大きな上用饅頭を置く。




「ありがと。」





 アンコは礼を言ってから、自分の饅頭を食べ始めたを見て、硬直する。





「…きたない。」

「あい?」 





 の口には不釣り合いな上用饅頭に果敢にかじりつくは、膝の上にぼたぼたと饅頭の屑を落としている。半分以上口の中に入っていないし、口の周りもあんこと屑だらけだ。

 は自分の膝に饅頭の破片が散乱していることに気づいたとか、それを順番に手で拾って、口に入れていく。だがそれも随分とへたで、口に入れようとして目を離した隙にまた膝の上に落ちた。




「どんくさい。」




 その一言に尽きる。まだ2歳と言うことを考えるとそんなものなのかも知れないが、それにしても酷いのではないかと思わず思ってしまった。




「ほとんど食べれてないじゃない。仕方ないなぁ。」





 アンコはの手から饅頭をとって、の口にも入るように小さく切ってやる。

 はやっと食べれて満足だったようだが、口で咀嚼して飲み込むと、また口を開く。なんだか雀の雛に餌をやっているようだ。


 正直、大蛇丸が言っていたすばらしい血継限界も何もかも、を見ていても感じられない。

 大蛇丸が欲していた程希少な能力を持つ彼女ならば、アンコのように大蛇丸に捨てられたりしなかったのだろうか。おいて行かれたりしなかったのだろうか。

 大蛇丸がいなくなってから、寂しくて、自分の意味もよくわからないぐらい切なくて、訳の分からない感情に、彼がいなくなって3年たった今でもとらわれている。だが、は何も知らないんだろう。





「あんこ。」





 手を止めたアンコの袖を、がくいくいっと引っ張る。のんびりしているくせに、結構食い意地は張っているらしい。

 流石あの斎さんの娘だと思いながら、アンコは目を細めた。



滴とあんこ