「斎さん、弟子を持つってどんな気分ですか。」




 カカシは目の前にいる紺色の髪の男に、そう尋ねていた。下忍になりたいと望む生徒を2回連続でアカデミーに送り返してしばらくたった頃のことだった。




「えーなにそれー、聞きたいのはそれじゃないでしょ。しんみりした話は僕の好みじゃないんだけど?」




 団子を口に含みながら、紺色の男性としては大きな瞳を何度か瞬いて、彼はひとなつっこい笑みに困惑を浮かべてみせる。それはカカシよりいくつか年上の男がしても全然本来なら可愛くない表情だが、彼の童顔はそれに疑問を抱かせない。

 そしてその表情に反する言葉が、カカシの意図を理解していると言うことを示していた。

 彼の容姿は人なつっこく、目が大きくて何やら可愛い。180センチを超しているのに、圧迫感なく、ころころとしているという表現が正しい。容姿と同じく性格も気さくで明るく、誰にも慕われ、誰にもかわいがられる、甘い物が大好きな青年。


 彼は蒼斎―風伯、風神の名を冠し、予言の力を持つ木の葉隠れきっての手練れだ。

 彼が若くして美人の奥方がいるということも、可愛くて彼にそっくりな娘が一人いることも、確かに驚きだが、何より、誰よりも予想しないのは、彼が暗部の現在の親玉であり、あのうちはイタチを育てた優秀な教師でもあると言うことだった。




「この時期のお悩み相談なんてやめてくんない?今年僕の娘、君の弟子になるんでしょー」

「試験に合格したらですよ。」




 カカシは軽く言う目の前の青年に眉を寄せた。

 彼だって知っているだろう。カカシが弟子になる予定だったアカデミーを出たばかりの生徒たちを、下忍不適格としてアカデミーに送り返しているということを。このまま行けば、今年弟子になる予定の彼の娘だって、不合格で送り返されるかも知れない。

 なのに、彼の対応はとても軽い。



「あははは、そうだよねぇ。良いんじゃない。君がそう決めるなら。悪くないと思ってるよ。君の基準。」



 あっさりとした反応だったが、そこにカカシが望んだ答えのすべてが含まれている。

 心のどこかで、不合格としてアカデミーに生徒たちを送り返すことを、自分のエゴではないかと考えていた。他の担当上忍とは違う、厳しい判断なのかも知れない。心の中でそう自分を疑うことがあった。




「どうせさぁ、どこかで気づくんだよ。早いほうが良いさ。」




 斎はお茶をすすりながら、耳元にかかった、少し長くなった自分の髪をかき上げた。

 どうせチームワークなくしていけるところなど限られている。そしてそれに気づく場所が戦場であれば、そこにあるのは死だ。後悔したところで取り返しのつかないところまで来ている。そこで判断を間違い、一生ものの傷を、もしくは一生を失うよりは、先にアカデミーに戻すという方針をとったカカシは良心的だとも言える。




「ま、うちの娘は落ちないと思うよ。お人好しだから。」

「すごい自信ですね。」

「親は子供を信じるものだよ。カカシ。・・・ま、アカデミーに戻されるなら、違う理由で戻されたほうが良いとは思うけどね。」




 斎は違うところで娘の忍としての欠落を見ている。お人好しな彼女は、自分の実力がカカシに敵ったとしても、他人とのチームワークを望むだろう。そういう点では、忍として彼女は一番大切なものを持っていると言える。上層部も、彼女が忍になることを望んでいる。

 だが覚悟のなさは、教育者の斎の目には大目に見られるレベルではない。人に流されて忍をやってどこまで行けるか。行ける場所は知れている。




「まぁでも、最初の話に戻るけど、良いんじゃない。」




 斎はころりとカカシよりいくつか年上なのに、子供っぽい笑みを浮かべてみせる。カカシは自分の師の弟弟子で、暗部でも先輩にも当たる彼にめっきり弱かった。



「なんで斎さんは、イタチ以外に普通の弟子をとらなかったんですか。」




 カカシはふと、疑問を口にする。

 確かに彼はいつも暗部の親玉として忙しいが、今年度普通の弟子をとっても良かったはずだ。イタチもすでに暗部として立派に成長している。彼は暗部でこそたくさんの弟子をとっていたが、アカデミーから出たばかりの生徒を弟子にしたのは、イタチが最初で最後だ。



「実を言うとね、最初はイタチを弟子にする気はなかったんだ。」




 斎は優しくその紺色の瞳を細めて見せる。

 フガクが自分の息子を弟子にしてくれと頭を下げに来た時、斎は最初、それをやんわりと拒否した。当時うちは一族と炎一族は仲が良く、斎は炎一族宗主の婿だ。イタチを受け入れるのが、両家のためにも良い選択だったかも知れない。
 だが、フガクは里でのうちは一族の興隆を何よりも願っており、すでにアカデミーで天才と名高かったイタチを自分の弟子にすれば、間違いなく問題は大きくなるだろうと推測できていた。

 遠目の力を持つ透先眼使いとして、予言の力を持つ、最後の蒼一族の生き残りとして、斎は幼い頃から上層部に出入りしてきた。4代目火影の弟弟子として、三忍のひとりである自来也の弟子として、暗部の親玉として、曇りがないほどの肩書きを持つ斎の弟子となるというのは、里での地位をある程度約束するようなものだ。

 大した才能を持っていなければ、斎はアカデミーを出てすぐに担当上忍に拒否された哀れな少年を、すぐに弟子にしただろう。だが、彼は才能がありすぎた。斎の地位をそのまま継承する可能性があるほどに。

 だから、斎は慎重になった。




「でもま、アカデミーをでたばっかりのイタチを久しぶりに見てさ、こりゃやばいなぁって思ったんだ。」




 ころりとなつっこい笑みを浮かべて斎はカカシに笑って見せる。

 炎一族とうちは一族の友好関係上、斎は幼い頃からイタチを知っていた。娘のの許嫁候補者としてすでに名前が挙がっていたくらいだ。何度か新年会などでも見たことがあったイタチは、うちは一族の嫡男らしく礼儀正しい、大人びた子供だったように思う。

 だが、改めて将来性と未来という目線から、そして自分の弟子にするかどうかと言う観点から彼を見た斎は、一見して彼の潜在能力と賢さを危険だと判断した。




「やばい、ですか。」

「うん。そうだよ。とっても昏くて、こわーい目をしてた。」




 斎がイタチを見に行った時、彼はとても昏い瞳でひとり、宙を眺めていた。

 アカデミーを首席で卒業し、下忍としてこれからの人生を、名門うちは一族の嫡男として曇りなく生きていく。希望に溢れている子供たちの中で、ひとり、ぼんやりとしている彼の瞳にはすでに、孤独が透けて見えていた。

 期待の重圧、一族からの羨望、要求、様々なものを、すでにひしひしと感じている彼を見て、斎は自分が彼を拒否したときの将来を思い浮かべた。

 里が選んだ担当上忍は、あまりに賢すぎるイタチを育てるのは無理だと拒否した。おそらく、このまま斎が彼を弟子にとらなければ、イタチはうちは一族の手練れの誰かに育てられることになるだろう。外など何も見えずに、うちは一族だけを見て才能を育てれば、里にとって彼はいつか不利益を生む存在になる。

 そしてその不利益は、恐ろしい大きさに発展するだろう。



「あの目を、僕はよく知ってるんだ。サソリや、雪もあぁいう目をしてた。」



 望む無償の愛を与えられず、期待や重圧だけを背負わされ、その才能故に特別扱いされて、敬遠され、孤独になっていく。望まれながら、ひとりぼっちになっていく人間が、その過程で持つ、心の闇が、いつの間にかイタチにも見えていた。

 勘の良い斎は幼い頃こそ、それが孤独だとはわからなかったけれど、それでもそれらに無遠慮に踏み込んで、晴らしていく方法も知っていた。



「僕が正しく育てられる自信はなかったけど、何もしないよりは良いかなって。」



 幸い、斎は両親を早くに亡くしたが、愛情いっぱいに育てられた。忍界大戦で蒼一族は斎を残してすべて死んだ。上層部で人殺しもしていたが、代わりにたくさんの仲間と愛情をいっぱい与えてもらった。孤独なんて、感じなかった。いつも誰かが寄り添ってくれていたからだ。



「おかげでうるさい弟子に追い回されることになったけどね。」




 斎は苦笑するが、その目にはイタチに対する愛しさがこれ以上ないほどに含まれていて、カカシはぼんやりとそれを眺める。

 イタチは真面目だから、多分斎の適当さは勘に障るだろうと思ったし、斎に常識を求めるだろうこともわかっていただろう。でもどんなにイタチが真面目さを求めたところで、彼より強い斎は思い通りになんてならない。

 ひょうひょうとしていて、とらえどころのない斎。幼くとも真面目なイタチは、期待もやらなければならないことも、これ以上ないほどに理解している。だから斎が教えたものは多分、緩い生き方だ。

 いつの間にか義務的なことしかしてこなかったイタチには、斎を追い回すという無意味で理不尽な仕事が出来て、でもそれはイタチを人間らしく見せる。無意味な愛情をいっぱい積み重ねて、人と関わることを彼はしてこなかったのだ。子供だったのに。

 彼はいつの間にか孤独ではなくなった。自分から斎を追いかけることで、自分で自分の孤独を消化する方法を知った。



「僕に出来るのは、信じて、寄り添ってあげることだけだよ。」




 斎が彼にしてあげられることは、忍術を教えること以外ならば、信じて、寄り添ってあげることしか出来ない。

 でも、きっと信じるというのはとても難しいことだと、カカシは誰よりもよく知っていた。



弟子を持つ