「大丈夫か?」
イタチが後ろを振り返り、ついてきているサスケとナルトを振り返る。
「大丈夫だってばよー」
ナルトは手を振り上げたが、声に力がない。そりゃそうだ、とイタチは小さく息を吐く。
現在の祖父母が住んでいる屋敷は、木の葉から離れた山中にあり、子どもが歩くには少し辛い。山道は訓練されていないものには歩きにくい。アカデミーに入ったばかりの子どもにとっては、登るのも一苦労だ。
道は舗装されておらず、人が通っていたと分かる程度に草が無いだけで、滑りやすい。はと言うと、疲れて早早にギブアップしている。イタチは背中で眠っているを起こさないように気をつけながら、ナルトとサスケに手を貸した。
「へばってんじゃねぇか。」
ぐったりとするナルトを彼の肩にいる小さな九尾が笑う。
彼は母親と交代で人柱力になった。九尾の大半のチャクラは彼の躰の中にあるが、一部は具現化することが可能で、彼の肩には可愛い九尾が乗っかっている。
「へばってねぇってばよ!!」
大きな声で叫ぶが、なんだか力がない。サスケもいつもならば悪態をつくが、その元気すらない。子供の体力を考えれば限界だろうが、もうそろそろつく時間だ。
「おまえのとこのはだらしねぇな。」
イタチの肩に乗っかっていた頭に見事な鶏冠のある鳳凰のひな鳥が、ケラケラと笑う。
鳳凰。イタチの体の中に封印されているの白炎の化身である。の肩には別に白炎の蝶々がいるが、それと違って明確な意志と性格がある。
「うっせぇ!おまえの主は背負われてんじゃねぇか!」
九尾は鳳凰の言い方が勘に障ったのだろう。毛を逆立てて怒鳴り返す。
「はっ、背負ってんのも我んとこのだぜ。」
これがいつもの鳳凰のやり方だった。
もともとの母方の炎一族の中でも一部の物しか持つことの出来ないこの鳳凰を、は持って生まれてきた。だが体の弱かったは鳳凰の持つチャクラを支えられず、性質変化が同じだったイタチがそれを肩代わりしたのだ。
簡単に言えば、の鳳凰の人柱力が、イタチと言うことである。
もちろん鳳凰は炎一族のかつての祖の感情を劣化しているとは言え保有しており、主であるを守る意志が強い。同時に、その意志を同じくしているイタチを心の底から気に入っており、最近では都合良く主を変えてくるので九尾の苛立ちの的だった。
「都合の良いときだけ主かえてんじゃねぇぞ!」
「良いだろ。二人いて、」
「くっそ。」
九尾はぷいっとそっぽを向く。
「ぶっ、」
ナルトが鳳凰と九尾のやりとりに、疲れも忘れて吹き出す。だがそれも九尾の勘に障ったのだろう。
「てめぇもしっかりしろや!」
「やつあたりだってばよ!」
ナルトはむっとした顔で反論したが、九尾のしっぽに頬をぺしぺしされ、黙り込んだ。
「あら、いらっしゃい。」
視界に入るぎりぎりの場所から、涼しげな声音が響く。サスケが顔を上げると、道の向こうから足を引きずった女性がこちらに手を振っていた。
「あ。梢ばあちゃん。」
ナルトはの祖母の家にもよくと共に行っているため、彼女とも顔見知りだ。女性はゆっくりとした足取りで近くにやってくると、改めて「いらっしゃい」と言って微笑んだ。
容姿はそっくりだが、直毛のと違い、柔らかに波打つ紺色の髪を長く伸ばして一つに束ね、三つ編みにしている。絽の着物を身に纏っており、萩と蔦の描かれた夏物で、淡い色合いが彼女の柔らかい雰囲気とよくあっていた。
実年齢は50をとうに越しているが、その容姿は目が大きいせいか可愛らしく、30代前後にしか見えない。蒼一族は祖母の梢、父の斎、そして孫娘であると三代揃ってそっくりの大きな瞳と紺色の髪、童顔だ。
あまりにそっくりすぎて思わずサスケはイタチの背にいるを振り向いてしまった。とはいえ、彼女は相変わらず夢の中だ。
「お世話になります。」
イタチは礼儀正しく言って、頭を下げる。
「気にしないで、暇だもの。」
ふわっと笑う笑顔もによく似たものだ。イタチは思わずその笑顔に気持ちが緩むのを感じた。
性格も含めてとよく似た祖母の梢はイタチにとってはどこか慕わしい存在で、幼い頃から実はよく彼女の元を訪れていた。いろいろと父母に話しにくい話を彼女にはすんなり出来るのだ。
「あらあら、は眠ってるの?」
梢は口元を軽く押さえて、ゆったりとした口調で問うて、イタチの背中にいるを覗きこむ。
「えぇ。まぁ。」
イタチは苦笑しながら答えた。
「ずっと背負ってきてくれたの?いつもありがとう。ナルト君の方はお元気?」
「元気だってばよ!」
「そう、いつもナルト君は元気で良いわ。サスケ君は初めてね。」
梢はナルトに柔らかに微笑んでから、サスケの前に膝を折る。
サスケはちらりと梢を見かけたことはあるが、話したこと自体は無い。初めて間近で見る予言で有名な“仏の梢姫”にたじろぐが、梢はにこにこしている。
「サスケ、挨拶は?」
イタチがサスケの後ろからせかすように声をかけた。
「こ、こんにちは。お世話になります。」
兄に背中を押されるようにして、サスケはぺこりと頭を下げる。すると梢は柔らかに小首を傾げて微笑んで、「よい子ね」とサスケの頭をくしゃりと撫でた。
サスケには既に祖父母はおらず、両親以外に、いや両親にですらも完全な子供扱いというか、そういう対応をされることが少なかったため、目をぱちくりさせる。
「ふうん。あんまりサスケ君はイタチ君に似ていないのね。」
梢はサスケと視線を合わせるためにしゃがみ込んだ体勢のまま、イタチの方を見上げてじっくりと比べてから、ゆったりと口を開いた。
「そうですか?似てるとはよく言われますけど。」
イタチとサスケは基本的に大人達からよく顔も、そしてその優秀な才能も似ていると言われる。アカデミーでもそれは大体同じで、サスケはいつもイタチと比べられて似ていると言われてきた。その中で梢の評価は初めて聞くもので、よくわからない。
だが、梢にとってサスケとイタチは似ているようには見えないようだ。
「全然違う。むしろ正反対でしょう?」
どこをとってそう言うのか、イタチにもサスケにも理解できないが、梢は全く疑うこと無く確信を持った口調で言う。
「そう、ですか?」
「うん。わたしはそう思う。」
紺色の大きな瞳が、鏡のようにまっすぐイタチとサスケを映す。その瞳は、純粋にすべてを写すの瞳と全く同じものだった。
「九尾さんもいらっしゃったの?こんにちは。」
「・・・あぁ。」
一応、九尾は有名な天才の一つだと言われている。彼女もそれを知っている。子供は事情がいまいちわからないので面白がることもあるが、だいたいの大人は遠巻きにする。だが、梢はその性格か、人間と全く同じ対応をしてきた。
「さて、疲れたでしょうから、中に入って、冷たいお茶があるから。」
梢は硬直して戸惑う兄弟にも、こいつなんだと思わず考えている九尾にも気づくこと無く、屋敷の方へ招く。
イタチは背負っているを起こさないように気をつけながら、荷物を持って梢の後に続く。ナルトも同じで、梢にべったりくっついて、楽しそうに屋敷に向かった。サスケは正直まだ打ち解けられそうには亡かったが、少し戸惑いながらも後に続くことにした。
森の奥にある屋敷は広く、少し湿っぽいが、部屋も沢山ある。
純粋な書院造りの武家屋敷といった感じの家は、襖や障子を開け放てば広間になるようで、宿泊するための部屋としてあてがわれたのは、庭に面した広々とした一室だった。
「これが布団だ。」
廊下の奥から、いくつもの布団を抱えた男性がやってくる。彼は部屋にそれを置いて、歓迎しているのか、いないのかよくわからない表情で「いらっしゃい」と言った。
紺色の髪に、紺色の瞳はと同じではあるが、あまり似ておらず、精悍な顔つきをしており、年相応の皺が顔には刻まれている。の祖父、聖である。
「うふふ。今回はみんな一緒なのよ。ほら、斎が言っていたでしょう?イタチ君の弟のサスケ君ですって、」
梢が嬉しそうにのんびりと彼に言うと、彼は「そうか。」と別段興味もなさそうな返事をした。
「お世話になります。」
イタチは彼に向けて深々と頭を下げる。
「あぁ、久しぶりだな。うちはの倅か。」
の祖父である聖はまずイタチに挨拶をしてから、イタチの近くへと歩み寄る。そしてイタチに背負われているの頭をそっと撫でた。孫娘であるに向ける彼の瞳は、穏やかで優しいが、口を開けば呆れるような響きが含まれる。
「はまた寝てるのか。よく寝るな。梢、おまえによく似てる。」
「そうね。わたし、寝るのは大好きなの。」
梢は聖の言葉を全く嫌みと受け取らなかったらしく、両手をそろえてゆったりと答える。
近親婚を重ねてきた蒼一族においては普通だが、聖と梢は兄妹で、お互いのことは幼い頃からよく知っている。だが、そんな聖でも梢の言葉に呆れたのだろう。小さなため息をついてから、持って来た布団を一枚敷き始めた。
を寝かすためだ。イタチはその上にをおろし、布団を掛ける。
「聖じーちゃん!魚釣りだってばよ。約束!!」
ナルトがハイテンションのまま、聖に訴えた。
「あぁ。鱒の話か。」
聖はナルトに目を向けて少し考えるそぶりを見せてから、ふむと1つ頷く。数ヶ月前ナルトがこの家を訪れた時、夕食に鱒を出したのだ。それを釣ったのが聖であると聞くと、ナルトは魚釣りをしてみたいと叫びだした。
この屋敷には木の葉の近くにも流れる川の支流があり、鱒や鮎など季節によって様々な魚が釣れる。
だが、その時は時間も夜で、翌日にはナルトも帰る予定であったため、聖は「また今度」とナルトを宥めたのだ。それを、彼は忘れずに覚えていたらしい。
「わかった。だがもう夕方になるから、明日な。」
「おっしゃーー!」
ナルトは手を振り上げて喜んだが、その声にが寝返りを打つ。ナルトは「え。」とハイテンションをぴたっとやめて、起こしてしまったのを悪いと思ったらしくばつの悪そうな顔をした。は二回寝返りを打ったが、寝る体勢がどうもぴったりこなかったらしく、身を起こす。
は目を擦ってから、祖父母の顔を見て、少しぼんやりした表情ながらにこっと笑った。
「ばあばとじいじだー。」
そう言って梢に抱きつく。
「はいはい。甘えたさん。」
梢は孫娘の行動にも驚いた様子は無く、笑ってそれを受け入れた。
梢の一人息子の斎は現在炎一族の婿になっており、斎は炎一族邸で暮らしているため、梢が孫娘であるに会う機会は決して多くは無い。ただ、性格と顔がそっくりなだけあって、は祖母の梢によく懐いていた。
梢も少しのんびりしたたった一人の孫娘を可愛がっている。
「よく来たな。しばらくゆっくりしていくと良い。」
聖は孫娘が学校でいじめにあって不登校であると言うことをもう知っているのだろう。穏やかな口調でそう言って、自分の妻に抱きついているの背中を軽く叩いた。
祖父母宅夏休み