予言を司り、また透先眼という千里を跨ぐ瞳を持つ蒼一族の末裔である聖と梢は里の忍として働いていたが、聖は病を得、梢の方は足を悪くしたため既に退職し、森の中で現在は静かに暮らしている。予言などの役目は既に一人息子である斎が担っており、彼らの穏やかな時間を邪魔するものはない。

 常日頃は神社を中心に彼らが過ごす森には結界が張られており、基本的に里の忍であっても許可無く入ることは出来なかった。



「…本当に忍としての勘を忘れそうになる程穏やかな場所だな。」



 イタチは畳の上に足を投げ出し、壁に背を預けながら、開け放たれた障子から空を見上げる。ちりりと風鈴が鳴る軒下はそれだけを見れば涼しげだ。森の中にあるため、木の葉隠れの里よりもずっと涼しく、夏とは言え過ごしやすい。

 もうすぐ夕方と言うこともあり、風は冷たく心地良かった。



「明日は魚釣りだってばよ。」



 ナルトは家から持って来た魚の図鑑を見ながら、楽しそうに言う。サスケも横でそれをのぞき見ているところを見る限り、素直に表現はしないが、魚釣りが楽しみなのだろう。

 イタチはそんな二人に苦笑してからの方に視線をやると、は魚釣り自体よく分かっていないのか、図鑑よりナルトの顔を見ていた。



「兄さん、梢さん、足が悪いのか?」



 サスケはイタチを見上げて尋ねる。



「あぁ。生まれながらあまり良くなかったらしい。」



 骨の発育不全だったか、なんだったか、厳密なことは忘れたが、の祖母の梢は生まれた時から足が不自由だったそうだ。激しい任務はそれを悪化させた。忍界大戦があったから仕方が無いとは言え、忍界大戦さえなければ、あれほどゆっくりと歩くことにはならなかっただろう。



「あとで手伝いにいかねーと。」



 ナルトは笑う。無邪気でいたずらっ子のナルトだが、ナルトなりに気を遣っているのだ。梢はナルトの父である四代目火影とも懇意で、行き来もあるため事情もよく知っていた。



「なんか、ふつーだな。」



 サスケはごろりと畳に転がって足をぱたぱたさせる。

 蒼一族と言えば予言で有名で、うちは一族の中だけではなく、里の中でも敬われる清廉な一族だが、実際の父である斎も普通で、梢と聖も会って見れば普通だ。本当に特別なことなど何も無い、孫に甘い祖父母である。




「そんなの皆そうだろう。四代目も、ただの恐妻家だしな。」



 イタチは弟の驚きを十分に理解できたため、苦笑する。有名人だって人間なのだ。皆普通に生活し、実生活にまでカリスマ性のある人間などいるはずもない。



「でも、びっくりした。なんか、聖さん、厳しそうな人だし。」



 サスケはの父である斎をよく知っているが、能力はともかく、常日頃はびっくりするほどにだらしなく、遅刻はするし、書類はやらない。で。弟子であるイタチや暗部の面々が苦労をしている。そのため、両親が甘かったのだろうと想像していたのだ。

 梢は確かに甘そうだが、聖はそれ程優しくアマアマといった風には全く見えなかった。



「どちらかというと…基本的なところさえあれば、それで良いと言う感じの人だ。」



 聖は根本さえあっていれば、あとはすべて目をつむるタイプだ。

 遅刻しようが、書類をやらなかろうが、弟子や部下は困るが、法に触れるわけではないし、社会的に信用を失うことはあっても制裁を受けるほどのことでは無い。おそらく法に触れるようなことをすれば、彼は斎を叱っただろうし、止めたはずだ。

 だが、それ以外は好きにしたら良いと思っているようだった。

 だから、誰もが手を焼くナルトのいたずらも自分で片付けをするなら目くじらを立てたりしないし、人を傷つけない限り怒ることも無い。そのため、ナルトは聖のことが大好きだった。あくまでイタチの解釈だが、ほぼ間違いは無いだろう。


「なるほど。」



 サスケは納得して、嬉しそうに図鑑を眺めているナルトをちらりと見る。

 道理で彼の息子である斎が遅刻魔になり、仕事をせず、いたずら大好きなナルトがこの家にしょっちゅう遊びに行くわけである。聖は基本的にナルトにも細かいことは言わないから、ナルトにとってここは心地が良いのだろう。

 それに、ナルトの母親のクシナは恐ろしい。サスケにも少し気持ちが分かった。



「おさかな?」



 は隣からナルトの図鑑を眺めて、指で示す。

 それは川魚と書かれた頁で、ナルトは明日のつりに備えてチェックも兼ねているらしい。ナルトは「んー」と言っていくつかをに示す。


「こいつは前に聖じいちゃん釣ってたってばよ。も食っただろ?」

「食べた?」

「食べたってばよ!ほら、身のサクラ色の魚だってばよ!」



 ナルトはむっとした顔で反論して、もう一度頁を見つめる。それは鱒という少し大きな川魚で、も鮭と似たそれが結構好きだった。



「おいしいよね。」

「よっしゃ!これ釣るってばよ!」

「そんな簡単につれるのか?」



 釣りをしたことのないサスケは小首を傾げてナルトに尋ねる。



「知らねぇってばよ。俺も初めてだし。でも楽しみだよな。」

「うん。さかなー」



 は肉よりも魚が好きなので、嬉しそうに頷いて手を上げて答えた。



「だが川は危ないから、俺も気をつけるが、おまえたちも気をつけるんだぞ。それには泳げないんだからな。」



 イタチははしゃぐ子供たちに注意をする。

 川の事故というのはいつの時代もある物で、大人でも流されるが、子供がやはり多い。アカデミーに入ったばかりのやナルト、サスケは十分に危ない年頃で、目を離すことは出来ないし、本人たちも注意するべきだ。



「イタチ兄ちゃんは心配性だってばよ。」




 ナルトは少し不満そうに言って、また図鑑に目を戻す。



「これはおいしい?まずい?」

ってば、いっつも基準がたべれるかばっかだってばよ。」



 人よりも随分と成長の遅いは、生き物を食べれるか食べれないかでしか判断していない部分が多い。草などもなんでも口に入れるため、サスケやナルトはいつも慌てることになった。小食なくせに食い意地が張っているのだ。



、来い、」



 イタチがに手招きをする。するとはすぐに図鑑の側を離れてイタチの所に駆け寄って彼に抱きついた。イタチもなれた様子でを抱き留め、背中を軽く叩く。



「あ!だけずるいってばよ!」


 ナルトはを見てうらやましいと思ったのか、をつぶさないように気をつけながら、その上からイタチに抱きつく。出遅れたサスケだけが、少し目を丸くして兄に抱きつく二人を見ている。



「おまえも来るか?」

「来ねぇよ!いくつだと思ってんだ!」



 サスケはそっぽを向いて兄に返す。イタチは肩をすくめたが、イタチに抱きついていたが高い声で、悲しそうに目尻を下げて言った。



「こないの?」



 部屋に頼りなく言葉だけが響く。



「・・・サスケ、」



 イタチが仕方ないだろう?とでも異様な顔をして、ちょいちょいと手招きをする。その近くにはの寂しそうな顔がある。



「・・・」



 サスケは無言だったが、仕方なくと言うように、ちっとも笑わず、二人に続いて兄に抱きついた。