「そう、斎は元気なの。」



 梢は夕飯のために山菜を料理しながら、隣で長芋を剥いているイタチの話に相づちを打つ。



「はい。良い先生ですよ。任務でも頼りになります。」



 日頃は遅刻癖のある師、斎を容赦なく叩き起こすイタチだが、人の前で斎を悪く言うことはない。なんだかんだ言いつつ、イタチは彼を尊敬しているし、実力を誰よりも知り、認めている。

 だが、母親だけに梢は斎の生活態度の問題をよく知っている。



「あの子が、良い先生、ね・・・想像できないかな。」




 頬に手を当て、梢はのんびりと首を傾げる。その拍子に、少し波打っている紺色の髪が、さらりと肩を滑って落ちていった。



「あぁ。アカデミーを卒業してからも、何度こっちが呼び出されたか。」



 息子の雄志をまったく信用できないのか、聖はソファーに座り、明日釣りで使う道具の手入れをしながら、小さくため息をつく。



「なんでだってばよ。」


 釣り道具をきらきらした目で眺めていたナルトが尋ねる。



「ゲームばっかりして任務を傍観してたいそうだ。あいつを捕まえるのは難しいからな。」




 聖は無表情のママ言い捨てた。

 当然だが蒼一族出身である梢と聖は、自分たちが持つ血継限界・透先眼のことをよく知っている。千里眼の力があるため他人から逃げるのにはうってつけの能力、ついでに傍観も可能である。そのため、やる気の出ないつまらない任務を、斎は全て傍観して、ゲームをしていたそうだ。

 元々何をさせても器用で、すぐに両目別々のものを見ることを覚えたため、片目でゲーム、片目でチームの監視なんてこともやってのけていた。



「そりゃだめだろ。」



 真面目なサスケは釣り道具をナルトに負けないくらい熱心に眺めながら、ぽつりと言う。



「まあ、忍になりたくないなら、それも良いんじゃないかと思っていたが、暗部の親玉で、火影の片腕とはな。」



 父親として聖は息子が忍には向いていないとでも思っていたのかも知れない。ソファーの下で眠たそうにしている孫娘のを自分の膝の上にのせ、聖は心底呆れたように言った。




「才能はあったけど、社会不適合かと思ってたわ。」



 なんの悪気もなくのんびりと、梢は笑う。やはり母親の意見も厳しい。

 斎は幼い頃から天才の名をほしいままにしていた。かつて争った雷影ですらもその才能を絶賛したほどだったという。ただ、生活態度とやる気のなさの方も最悪で有名で、そのことは雷影もまた認めていることだった。



「ちちうえさまはね、いつもイタチにおこしてもらってるの。」



 は祖父の膝の上で楽しそうに笑いながら話す。



「だと思った。」



 梢は柔らかに微笑みながら、料理を運ぼうとする。だが足が悪いので安定感はあまり良くない。



「俺が運びますよ。」



 イタチは彼女の代わりに皿を受け取ろうとする。



「そう?ありがとう。」



 梢は小首を傾げ、礼を言った。

 あっという間にちゃぶ台の上には山菜を使った料理が並ぶ。珍しいキノコなどもあり、サスケは初めて見るそれらの料理を、不思議そうに凝視していた。



「おれも手伝うってばよ!」



 ナルトはぱっと立ち上がって、梢の元に歩み寄る。それを見て、サスケも弾かれたように立ち上がり、無言のままに梢の元に向かう。



「あら、ふたりとも良い子ね。じゃあ、これを運んでくれる?」



 梢は子供たちに山菜の白和えの小鉢を渡す。




「あ。椀は俺が運びます。」



 イタチはお盆を持って、汁椀をその上に置いていく。

 足の悪い梢にとって、汁物の椀を運ぶのは難しい作業だ。ましてや今日は人数も多いので、手伝いは当然だった。



、も?」



 はサスケとナルトが手伝っているのを見て、やっとのんびりと梢に駆け寄る。



「ん?じゃあ、お漬け物?」



 梢は残っていた少し大きめのお漬け物の小鉢をに渡すが、イタチは汁椀をちゃぶ台の上に並べると、すぐにの元に行き、彼女を抱き上げた。



「だっこ?」

「おまえはよく転ぶからな。ちゃんと持ってろよ。」



 はよくこける。何もないところでもこけるので、大きめの漬け物の小鉢にばかり気を取られていれば、転ぶ可能性は高くなるだろう。かといって取り上げるのも可哀想なので、イタチはを抱き上げた方が早いと思ったのだ。

 は意味がわからなかったのか不思議そうな顔をしていたが、もとが大人しいので、イタチの腕で満足そうににっこりと笑うだけだった。



「本当に、イタチ君は本当に面倒見が良いわね。」



 梢はのんびりと足下に気をつけながらちゃぶ台の前に腰を下ろす。




「そうだな。それにナルトもサスケもしっかりしているから、幼馴染みで良かったな。」




 聖はイタチの膝の上で得意げな孫娘の頭を撫でた。

 ナルトとサスケが座布団の上に座ると、皆手をそろえ、聖の「いただきます」の合図を復唱して、全員が食事を始める。

 だいたい忍の家では両親が任務に就いていることが多く、皆一緒に食事をするなんて言うことは少ない。日頃、ナルトと、サスケはだいたい背一途でそれぞれの家族に日替わりで預けられ、寂しくないようにと配慮はされている。ただ、今日はの家、明日はサスケの家といった形になるため、落ち着かない。

 だがこの二週間はの祖父母の家で、イタチも含めて三人とも、のんびりすることになっていた。




「聖じいちゃん、約束どおり、明日は釣りだってばよー!!」



 ナルトは食事をしながら満面の笑みを見せる。



「わかった。わかった。サスケも行くか?」



 テンションの高いナルトに少し呆れながら、聖が尋ねる。突然話を振られたサスケはびくっと肩を震わせた。



「えっと、」



 生憎、サスケには祖父母がいない。そのため年を取った人と接する機会がなく、ただ敬語を使わなければならないなど、一般常識だけは頭に詰め込まれているため、咄嗟に言葉が出ない。

 だが、そこは予言後殻を持ち、これ以上ないほど勘の優れた蒼一族である。




「良いのよ?何も気にしなくて。」

「そうだ。斎のしゃべりにつきあっているんだ。多少はなんの問題もない。」


 梢の言葉は常識的だ。それに付け加えられた聖の言葉はなかなか毒舌だったが、的を射ている。そう、的を射すぎて、イタチが喉を詰めた。



「ぶっ、げほっ、」

「だいじょうぶ?」




 はイタチを見上げて目尻を下げる。

 梢と聖の息子の斎は、イタチの師である。当然、イタチは斎がどれだけよくしゃべり、弁が立つ上、へりくつもうまいことをこれ以上ないほど知っているので、思い当たるところが多すぎたのだ。彼を育てた二人なら、多少のサスケの無礼な発言など気にしないだろう。

 なんと言っても斎はあの三忍、綱手に向かって、その豊満な胸は偽物か本物かと臆面もなく尋ねたという伝説のある男だ。そして二人はその親である。



「斎の失言なんてね、何度聞いたかしら?」



 頬に手を当て、梢は真剣に数を思い浮かべる。

 血継限界・透先眼によって映像記憶が出来るため、記憶力が非常に良いのもまた、蒼一族の特徴である。ただ、それは実に無駄な努力だろう。



「数えても何の意味もないから馬鹿なことはするな。」



 聖は心底呆れたようにそう言って、「だから遠慮することはない」とサスケに続けた。

 聖の表情は相変わらず変わらないが、その紺色の瞳は優しい。サスケはそれをじっと見て、「行きたい」と口を開いた。



「そうそう。がいる間に、泉近くに住んでいる伯母さまに、一度顔を見せに行って頂戴ね。」



 梢が汁椀から顔を上げ、聖に言う。



「あぁ。そうだな。こっちから行かないと出てこんからな。」

「おふたりで静かに過ごされたいのよ。邪魔されたくないの。」

「義伯父上がな。」



 聖が付け足すと、それが面白かったのか、梢は鈴を鳴らすような高い声音で笑った。



「・・・?」



 イタチとサスケは顔を見合わせて首を傾げる。ナルトとはというと、食べるのに夢中だ。

 話から子供たちを置いて行っていたことに気づいた梢は、気を取り直すようにイタチとサスケに笑いかけ、ゆっくりと口を開いた。



「そっか。イタチくんとサスケくんにとっては、曾祖父と曾祖母にあたるのかしら。」

「え。それって、」 


 イタチは思い当たる節があったのか、はっとした顔をしてぽかんと口を開く。



「そう。忍の伝説、うちはマダラと、その奥方様よ。」