の祖父母の家から少し離れたところに、木の葉近くに流れる川の支流がある。川幅は場所によっては子供が対岸までジャンプして飛び越えられる程度で、それほど水深も深くない。だが、上流へと上る道は、子供には簡単ではなかった。
「少し遠いからな、ばてそうなら渓流釣りはやめよう。」
元忍である聖は、既に50代とはいえ、とんとんと上がっていく。イタチもを背中に背負って石を軽く上へ上へと上がっていったが、まだアカデミーを出たばかりのナルトやサスケにとっては簡単ではない道のりだ。
それでも、お互いがお互いに負けたくないというライバル心で何とか上がっていった。
「最初はイワナとアヤメ、あとで、川幅の広いところでアユでも釣るか。」
聖は子供たちがきちんとついてきているかを確認しながら、呟く。
「、イワナがいい。」
食べ物にだけはどうしても好みのあるが、イタチの背中から主張する。
「そうか。ならおまえが釣らないとな。」
聖は孫娘の鈍くささをよく知っているため、「望み薄か」と付け足した。
イワナは元々警戒心の非常に強い魚であるため、初心者は失敗しやすいのだ。それでなくとも魚よりもかしこそうに見えない孫娘である。言葉の意味のわからないはやる気が出たのか、嬉しそうにぶんぶんと手を振る。
「・・・俺が頑張ります。」
イタチが至極まっとうなことを聖に返す。
「そうだな。そちらの方が望みがありそうだ。」
イタチは子供とは言え暗部に入るくらい器用だ。だいたい何をやらせてもうまくやるので、少なくともよりはずっとイワナを釣れる可能性が高いだろう。
しばらく行けば、川幅は狭いが、急流にやってきた。
釣り竿は子供が扱えるほど細く、軽い。ただし長いものを使うため、子供にとってその先につく針や糸の扱いは難しいものだった。
「餌は川虫、まあ、普通の虫でもいけるぞ。」
聖の説明に従い、それぞれ釣りの準備をする。
「おら、せっせとやれ。それは違うって言ってんだろ!」
ナルトの肩の上から九尾が、ナルトとサスケの行動を監視しつつ、指示を出す。聖は二人の様子を確認してから、イタチと幼い孫娘のの釣り道具を作るのを手伝った。
「相変わらず、九尾のヤツはうるさいな。それに比べてこっちは静かだ、」
イタチの肩の上でそれを眺めていた鳳凰が、嬉しそうにイタチの頬に頭をすりつける。
の血継限界の白炎そのものである鳳凰は、現在丸っこいひな鳥姿である。元々の宿主であるの精神年齢を反映しているようで、白い産毛が可愛い。
「まあ、そうだな。」
「ねー、」
イタチがくすぐったさに笑いながら答えると、膝の上に座っていたも同意して、ころころと鈴を鳴らすように柔らかな声で笑った。
「出来たら糸を垂らせ。遠くに垂らしておいたほうが良いぞ。あと、魚から自分は見えないようにな。」
聖は子供たちに注意して、自分の釣り糸を川の方へとたらす。そのまねをしてイタチはうまく釣り針を川へと浮かべたが、サスケとナルトは川幅が狭いこともあり、鬱蒼とした対岸の木に釣り針を引っかけてしまった。
「ちょっと待ってろ。」
聖は軽くサスケとナルトの頭を撫で、飛んで対岸に渡り、木に登って釣り針を外す。
「ごめんってばよ。」
「すいません。」
ふたりは揃って目尻を下げたが、聖は戻ってきて横に首を振った。
「構わん。梢の方が酷い。」
聖の妻であり、妹である梢は誰の目から見ても穏やかで、のんびりしている。そのため、彼の言葉は酷かったが、十分に的を射ていたし、真実だろう。
「そんなにですか。」
「あぁ。と良い勝負だな。」
聖はそう言って、結局うまく釣り針の用意を出来なかったを、イタチの膝から抱き上げる。
梢とはよく似ている。のことが好きなイタチとしては、将来の自分を見ているようで、なんだか複雑な気分で聖の姿を眺めてしまった。
釣りはやはり経験が物を言うのか、難しい。
「つれないな。」
「つれねーってばよ。」
早くもサスケとナルトは退屈そうに釣り針を眺める。その隣で聖は既に3匹ほどのイワナをつり上げていた。
「あ。つれた。」
コツがわかったのか、イタチも一匹をつり上げる。はというと早々に釣りは諦め、じぃっとバケツに入れられた聖が釣ったイワナを眺めていた。
「あとで朝ご飯代わりに、後一匹釣れたら人数分になるし、焼くか。
「ほんとう?!」
今までのんびりしていたが聖の言葉に弾かれたように顔を上げた。
「・・・ってちぃっとも人の話聞いてないのに、」
「飯だけには敏感なんだよな。」
ナルトとサスケも日頃は仲が悪いというのに、揃って顔を見合わせる。ただそんな二人の会話もどこ吹く風、はぱっとイワナのバケツから立ち上がって、「はやく」と聖の足下にしがみつく。
「あぁ、わかったわかった。」
聖は慣れた様子で孫娘の頭を宥めるように軽く叩き、釣り竿を動かした。
「あ。二匹目。」
イタチがぴっと釣り竿をあげると、少し大きなイワナがかかっている。それを見たは大きな紺色の瞳をきらきらさせて、イタチの方へと走り寄った。
「すごいイタチ!」
「あぁ。なんとかな。」
イタチはに釣り針が当たらないように気をつけながら、イワナをバケツに放り込む。聖はそれを確認して、ちっとも釣れないナルトやサスケをそのままに、火をおこす準備を始めることにした。
「相変わらず、イタチはタイミングが良いし、器用だ。まったくは頼り切りで、イタチはかわいそうだな」
最後にイタチが釣り上げたため、はご飯が食べられるという喜びをイタチに向け、くっつき虫となっている。聖は幼い孫娘がイタチに迷惑をかけている部分をよく認識していた。だが、ナルトやサスケの見解は少し違う。
「でもさ。イタチ兄ちゃんは特別に甘いってばよ。」
ナルトは楽しそうなイタチとを眺めながらぽつりと他意なくそう呟いてしまった。
イタチは面倒見が良い。任務で忙しいそれぞれの両親にかわって弟のサスケだけでなく、ナルトやの面倒や宿題もよく見てくれている。もちろん彼自身忙しいのだが、時間を作っては自分たちをかまってくれているのは、子供のナルトにもよくわかった。やさしいお兄ちゃんだ。
だが、なんとなくイタチはに対しては特別優しい。
もちろんが女の子でしかもぼんやりしているのも彼がから目を離さない要因の一つではあるだろうが、それだけではないとナルトは思う。
「兄さんはが好きなのさ。」
サスケはぷいっとそっぽをむいて、餌だけとられてしまった釣り針にまた餌をつけ水面に垂らす。どうやら魚の方がサスケよりも上手らしい。
「あ。そっか。そうだよな。で、なんでおまえはそんなに不機嫌なんだってばよ。」
まだ恋愛などよくわからないナルトはサスケの不機嫌の意味がわからず、首をかしげる。するとナルトの肩の上で、けらけらと九尾が笑った。
「うっせぇ!」
サスケが投げつけたバケツは、ナルトの肩にいる九尾ではなく、ナルトの顔面に直撃する。
「なっ!なにするんだってばよ!!」
竿を放り出して喧嘩を始めた二人に、聖はため息をついて、放っておくことを心に決めた。