が上忍になったのは14歳になった春だった。前年に中忍になったばかりで13歳で上忍となったカカシにもつぐ、異例の昇進の早さだった。



「おまえを上忍に任命する。」



 綱手が満面の笑みながら厳かに告げる。綱手が座る机にもたれてそれを眺めているのはの父である斎もまた笑顔だ。担当上忍のカカシもまたいつも通りの猫背でにこにこ笑っている。反対側では書類を持ったシカマルの父・シカクがいつもは厳しそうな表情を緩めている。同じく近くで本の整理をしていた姉妹弟子のサクラはぽかんと口を開いて呆然としていた。

 は紺色の瞳を何度か瞬いて、自分の背後を振り返った。


「…」



 開け放たれている、火影の執務室の出入り口がある。誰もいない。

 それを確認してから、改めてもう一度前に向き直る。それぞれ変わらない表情でを見ていたが、娘の行動の意味が分かった斎だけが、目じりを下げた、何故か情けなさそうな顔に変わっていた。

 はそんな人々をもう一度順に眺めてから、首を傾げた。



「誰がですか?」

「いや、あんたしかいないじゃん!」



 サクラが並み居る大人たちの前だと言うことも忘れて突っ込みの声を上げる。



「…どっきり?」

「なんで要人集まってそんなくだんないことすんのよ!!」



 サクラは勢いを失い脱力するが、は笑うこともなく首を傾げた体勢のままだ。綱手がため息をついて額を押さえ、カカシも眉が下がり困ったような顔になっている。シカクはばつが悪そうに視線をそらしていた。



「だって、父上ならやりそうだし。」



 は真剣な顔のまま、ぽつっと言う。すると綱手がぎっと斎に顔を向け、彼を睨み付けた。



「おまえのせいじゃないか。おまえ一体日頃何をやってるんだ。」

「え?何もやってませんよ―。濡れ衣濡れ衣。」

「おまえの日頃の行いが悪いから素直なおまえの娘がおまえがいる時の言動を信じられんのだろうが!おまえ暗部でもいつもいつも逃げてばっかりで…」



 段々日頃の斎の素行へと話の筋がずれていく。要するに綱手は斎に対して思う事がたまっているのだろう。するとごほんとシカクが咳払いをして、無言で綱手を止めた。彼女もそれに気づいて深いため息をつき、へと向き直る。



「昇進は本当だ。」

「はあ…」



 何やら緊張感も達成感もなくなり、中途半端な空気の中、告げる。もなんだかふわっとした返事を返すこととなった。



「おまえを上忍に任命する。これは上忍会の総意でもある。」




 上忍への昇進は功績と上忍たち全員からの評価が加味される。ここ二年のの任務量と功績は上忍たちに評価されるに十分だった。特に先日行われた草隠れの里の要塞破壊の任務は、が外壁を忍術でぶち抜いたことで片付いた。その功績とインパクトもまた大きかった。



「そうなの。信じられないでしょ?僕も信じられないけどぉ、おっめでとー。」



 斎はいつも通り軽い調子で手を広げ、にっこりと娘に笑う。



「…うそっぽい。」

「え。反抗期?」

「いや、だって、信じられない、かな。」



 としてはあまり現実味が湧かないらしい。

 早い昇進は優秀な証だ。天才と言われたカカシに続くほど早い昇進は、が優秀な証拠であると言える訳だが、もともと体が弱く半年しかアカデミーに通っていなかっただ。ぴんと来ないというのが、実際の所だった。

 微妙な空気が流れる中、開け放たれていた扉から、突然一直線にクナイが飛んでくる。火影暗殺かと本来なら思う所だが、そのクナイは一直線に斎めがけて飛んでいった。それを二本指で受け止めても、斎は笑みを崩さない。



「失礼します。」



 が驚いて後ろを振り向くと、そこには怒りのオーラを背負ったイタチがいた。礼儀正しいイタチらしく、火影の部屋に踏み込む前にきちんと入室の挨拶だけはする。



「ばれた?ごめーん。」



 軽い、これ以上ないほどぺらっぺらの紙切れのように飛びそうに軽い謝罪。



「ばれた?じゃないでしょう。あれ程明日までにあの書類やらないとまずいって言いましたよね!?」

「あぁ。そんなこと言ってたっけ?」

「あれ俺には出来ないからやれって2週間前から口を酸っぱくして言ったでしょう!?」

「そうだったっけ。」



 イタチの火を噴きそうな怒りなんて何処吹く風。斎はそっくりの仕草で首を傾げ、相変わらず火影の執務机にもたれたままだ。手で先ほどイタチが投げてきたクナイをくるくると回している。手遊びをする余裕まであるらしい。



「やってもらいますよ。」

「やだ。」



 斎は一言そう言ってきびす返すと、イタチがいるのとは反対側、木の葉を見渡せる火影の執務室の窓から、脱兎のごとく外へと出て行く。



「っ、先生!!」



 イタチもそれを追いかける。だが窓から飛び降りる前にくるりと後ろを振り向いた。



、また後でな。失礼しました。」




 恋人への愛想と、退室の挨拶は忘れない。そういう所がまさにできる男なのだが、できない男を追い回すのに忙しいところが残念だ。

 たった数分の茶番に、火影の執務室にいた全員が硬直し、沈黙が全てを支配する。



「…あいつ、また書類を作ってないのか。」



 綱手がこれ以上ないほど長いため息で沈黙を破った。

 恐らくイタチが怒ってやらそうとしている書類は、明日の上忍会に暗部から提出される予定の書類だ。一ヶ月の活動報告が含まれており、その一部は必ず暗部の代表者が作成する決まりがある。



「なんであんなのを暗部の親玉にしたんだ…」

「仕方ないですよ。綱手様。斎様が暗部に入って数年で、暗部の全てを掌握してたんですから。」



 シカクが遠い目で斎とイタチが出て行った窓を閉める。

 斎が暗部に入ったのは彼が13歳を過ぎた頃だった。戦争の時代だったこともあったが、彼の才能もまた暗部入りを後押ししたわけだが、それからたった3年で暗部を掌握。当時暗部の長であったダンゾウに対して内部反乱を起こし、勝手に独立してしまったのだ。

 しかも人望だけはあったのか、ほとんどの暗部の忍が斎に流れた。

 当時、穏やかな四代目火影の時代で、ダンゾウの強硬姿勢をよく思っていなかったこともあり、あっさりと斎を中心としたその集団を正式な暗部として起用したため、結果的に暗部は今の斎の支配下にある状態となった。

 それから15年ほど経った今でも、その状況は変わっていない。



「まあ、イタチに期待ですね。」



 カカシは苦笑しながら言って、へと向き直る。綱手も何度目とも知れないため息をついてから、へと同じように向き直った。



「ひとまず、おまえは今日から上忍だ。上忍として任務について貰う。」



 綱手は厳かにに告げる。はびくっと肩をふるわせ、緊張の面持ちで俯いた。自信はあまりないらしい。



「良いか。おまえは私の自慢の弟子だ。私はおまえのことをよく知っている。」



 綱手は椅子から立ち上がり、つかつかとの方へと歩み寄る。



「だから、。おまえが上忍となるに問題無い実力があることも、よく知っている。」



 毎日修行をともにしている。だからこそ、綱手は本人以上に、の実力を知っている。彼女の実力は上忍に問題がない。さらにこれからまだまだ成長するだろう。そしていつか、里有数の忍になる可能性を秘めている。



「期待とともに、信頼してるぞ。



 ぽんっと綱手はの頭に手を置いて、成長しても相変わらず低い頭を撫でる。は少し驚いた顔をしたが、綱手をその紺色の瞳で見上げてくる。少しは実感が湧いたらしく、その表情はなにやらはにかむようで、可愛い。



「はい。」



 素直にこくんと頷くは、嬉しそうで、恥ずかしそうで、やっと上忍になったという実感が湧いてきたようだった。

 綱手はそれに満足して、鷹揚に頷いた。