の上忍への昇進が公示されたのはが火影に呼び出され上忍昇進を宣言されたその日の昼のことで、里内ではあっという間に広がり大きな話題となった。



姫、昇進したらしいな。」




 暗部の任務帰りの夜道、珍しく青鬼神社に寄ったイタチは同じうちは一族のシスイと話していた。



「あぁ。らしいな。」

「らしいってなんだ。らしいって。」

「本人から聞いていなかったからな。多分朝に火影の部屋に行った時にがいたから、もその時聞いたんだろう。」



 イタチの言葉に、シスイは首を傾げた。

 彼の両方の目には覆いがされている。それは2年前のうちは一族の反乱の前に、戦いの末に奪われたためだ。片方はイタチが預かっているが、片方はダンゾウに奪われてしまった。

 現在彼は争いから離れ、炎一族の赤鬼神社で、盲目のの伯母とともに暮らしている。



「なんでおまえ火影の執務室に行ったんだ。任務は昼からと言っていなかったか?」

「あぁ。だから朝から別のヤツが請け負っていた任務を交代しようと思ってたんだ。なのにあの人が書類を作ってないから、斎先生を追いかけに行ったんだ。」


 イタチが不機嫌さ丸出しで言うと、シスイはそれが面白かったのだろう。思い切り吹き出した。

 イタチは昼から夜にかけて任務の予定だったので、本来であれば暗部の斎の執務室に朝から行く必要性はなかった。だが、どうしても明日提出すべき書類を斎がやっている気がしなくて、見に行ったのだ。当然案の定、作成されていなかったため、本来なら暇だった朝の時間のほとんどを彼を追いかけるのに使うこととなった。

 その過程で火影の執務室に行ったのは偶然だ。恐らく斎は娘のに上忍への昇進が伝えられると言うことで、その場に立ち会いたかったのだろう。

 それは良いが、仕事をしてくれないと困る。



「書類って明日の上忍会のためのヤツか?」

「そうだ。白紙だった。」



 一枚も作成していなかったのだ。一ヶ月に一回暗部の任務についての書類を暗部の代表者は上忍会に書類を提出する。ただし斎の仕事嫌いは有名で、あらかじめイタチは2週間も前に言っておいたし、原型も作ってあったというのに、毎回こういうことになるのだ。



「あの人は本当に仕方ない人だ。普通に出来るだろうに。」

「だからむかつくんだ。」

「確かに。」



 シスイは肩をすくめて笑うしかなかった。

 斎は忍としてのスキルも高いが、事務能力も高い。サボらなければ普通に書類ぐらい処理できるはずなのだが、彼はだいたいぎりぎりまでやらない、もしくはそもそもやらない傾向にあった。遅刻欠席も多く、重要任務以外は1時間を見積もっておいた方が身のためだ。



「それで追いかけ回していたのか。大変だな。」

「・・・もう慣れた。何を隠そう、これでかれこれ12年目だからな。」



 イタチは今年で二十歳になる。斎が担当上忍となったのはイタチが7歳の頃なので、現在12年目。そろそろ13年目になる。10歳になる頃には暗部に入り、やはり斎の元で働いて現在に至る。

 当初普通の暗部の構成員のひとりという扱いだったのだが、だらしない斎を問答無用で追い回せるのはイタチだけだ。それ以外の人間はどうしても《斎さま》と敬うため、本気で行動を諫めたり、追い回したりすることが出来ないのだ。

 その分イタチは斎をよく知っており、尊敬はしているし敬っているつもりだが、遠慮はない。

 結果的にイタチが斎を追い回すことになり、最近では完全に斎の副官状態だ。斎もそれが楽なのか、遠慮なく書類をイタチに押しつけていた。



「すごい人だと思うんだけどな。」



 シスイは元々暗部の中でも斎と四代目火影の政敵であったダンゾウ率いる《根》の元で育てられた暗部だった。

 15年ほど前、暗部内部の政変によって、まだ17歳だった斎がダンゾウから暗部の実権を奪い取った。その際斎主導の下で後に《樹》と呼ばれる暗部の教育、監査機関が作られ、火影の下に完全に組み込まれ、独断専行は出来なくなったのだ。

 ただしダンゾウ率いる《根》が完全になくなったわけではない。

 シスイはもともとダンゾウ率いる《根》で育てられた忍だったが、斎がイタチの友人であったこと、そしてその才能を見込んで引き抜いてきた。シスイ自身も《根》のやり方をあまり好ましく思っていなかったが、表だって抵抗することは出来なかったため、斎からの申し出は願ってもないことだった。

 両目を奪われ、もう働くことは出来なくなったが、それでもやはりシスイに居場所を与えたのは斎だった。今いる赤鬼神社は斎の妻の一族である炎一族が建立した神社で、管理人は彼女の異母姉だった。

 だからこそ、シスイはやはり斎を敬愛していた。



「いや、すごい人なんだがな。なんというか、」




 イタチとて自分の師を尊敬していないわけではない。その実力も誰よりも知っている。ただその生活態度は真面目なイタチからすると許しがたいのだ。



「はは、それでもおまえは今、斎さまに頭が上がらないさ。な。」



 シスイはイタチの痛いところを軽い調子でついた。

 うちは一族の反乱以降、捕縛されたうちは一族からは裏切り者と罵られ、里には英雄とされる。そんな苦境の中で、イタチを守るために動いたのは斎と彼の妻の一族である炎一族だった。様々な噂の飛び交う中、斎はイタチを自分の娘の婚約者、すなわち里で一番規模の大きい炎一族の婿であると、示したのだ。

 単純だが、それはイタチのためになった。うちは一族のイタチは、いつの間にか炎一族のイタチになった。今もイタチは炎一族邸で暮らしている。

 里一番の規模を誇り、少なくとも斎と妻の蒼雪という火影レベルの忍を二人も抱える炎一族に文句を言える人間は恐らく木の葉隠れの里にはいない。



「そりゃ感謝してるさ。・・・ただそれを示す機会が与えられないだけで。」



 イタチは子供のように唇をとがらせていった。

 素直に感謝していると言えれば良いが、いつも斎には怒ってばかりでそんな機会がないような気がする。自分でもわかっているのだが、彼のだらしなさに穏やかに接することは出来ないのだ。



「おまえも姫くらいの素直さが必要だな。」



 シスイはイタチに笑って言う。



「・・・も昇進したからな。」



 イタチはぽつっとその話題を口にした。シスイはおやっと見えない目を見開く。どうやらその話がしたくて、イタチはシスイの所にやってきたようだ。何を隠そう大人ばかりの中で育ったイタチはどうしても友人が少ないため、シスイに愚痴りに来たのだろう。

 流石にのことは頼りの斎も娘の事であるため、相談の相手としては適さない。



「もう上忍だもんな。優秀だとは言え早いな。」

「あぁ。カカシさん以来の異例の人事だそうだ。実力としては、そんなもんだろうが。」



 先日行われた草隠れの里との戦いの際、は要塞の外壁を一人でぶち抜いた。それによって木の葉隠れの里は鉄壁と言われた要塞を崩すことが出来、勝利を収めたのだ。恐らく、その功績が高く評価されての人事だろう。



「心配か?」

「心配だ。」



 イタチは即答した。あまりの即答ぶりにシスイは苦笑する。



「心配に決まってるだろう。俺は元々が忍として働くには反対だったんだから。」

「今時嫁に専業主婦望むなんて、時代遅れだぞ。」

「・・・」



 シスイの言うことはもっともだが、イタチは渋面だ。目が見えていなくてもイタチが渋い顔をしているのはわかったのだろう。シスイはふっと笑った。



「なんとなく、最近は思い詰めているというか、働き過ぎの気がするんだ。」

「おまえの方がワーカーホリックだろう?」



 イタチは任務に対して熱心で、働き過ぎの気がある。と、シスイはそれに思い当たって、少し考える。

 もしも斎が書類を作っており、斎を追いかける必要がなければ、イタチは朝の空いている時間に誰かの任務をかわっていただろう。任務と斎を追いかけるのならば、当然斎を追いかける方が危険度は少ないし、彼はなかなか捕まらないので時間もかかる。



「俺は良いんだ。だがは体も弱いんだし、やっぱり心配だ。もし怪我でもしたら、・・・聞いてるのか?」

「・・・聞いてる。聞いてるぞ。」



 シスイは目の前で不機嫌な顔をしているであろうイタチを想像して、慌てて手を振る。



「ひとまず上忍にがなるなんて、俺は心配だ。」

「そ、そうか。」




 おまえ、自分の心配をした方が良いんじゃないのか、と心底思ったが、イタチがの事に対して一生懸命なのでそういうことも出来ず、シスイは勢いのまま相づちを打つこととなった。