うちはイタチの実家であるうちは一族は、里で1,2を争う規模を誇る名門だ。人数も多く、そのほとんどがエリートとされてかなり高い能力を有している。その高い能力を示すのが、血継限界・写輪眼である。

 ただし多くのものがそれに慢心せず、日々修行に励んでいる。

 うちは一族は頭領であったうちはマダラが木の葉の里を抜けてから、頭領の息子が幼かったため、宗主や当主を作らず、代表者を決めて一族を維持している。その代表者が、イタチの父フガクであった。



「申し訳ない。まさか家出したイタチが斎さんの所に行くとは・・・、息子が世話をかけて。」



 息子の前では考えられないほど頭を垂れたフガクは、斎に謝罪の言葉を述べる。イタチと喧嘩をするときの剣幕はどこへやら。10は年下の斎に頭を下げる渋い顔の父親を、イタチは絶対に知らないし、知ろうともしないだろう。

 よく喧嘩をしてはいるが、斎に弱いのはイタチもフガクも親子揃ってそっくりである。二人とも斎の前では素直だというのに、お互いに顔を合わせると意思疎通が図れない。そういうところもそっくりである。

 イタチとフガクの喧嘩は今に始まったことではない。

 ただフガクも徐々にうちは一族の立場から引っ込みがつかなくなっており、イタチはそれに我慢できず、家を出た。それだけだった。

 フガクはうちは一族を一番に考えているが、イタチはうちは一族としてではなく、里の忍として役に立つことを望んでいる。斎にとってはいつかこうなるだろうと予想済みだったが、フガクにとって真面目なイタチの行動はあまりに驚きだったようで、随分と焦っていた。



「いや、良いんですよ。はイタチが自分の部屋に住んでくれると大喜びですよ。」

「東宮のお部屋に泊めて頂いているのですか?本当に申し訳ない。」



 斎が慰めるように言ったが、フガクはますます肩を落としてしまった。

 フガクにとっては神の系譜・炎一族の東宮である。次の宗主であり、敬うべき存在であるという固定観念があるのだろう。幼いに対して礼儀正しく接するため、の方はフガクを強面のあまり笑わない人で、苦手だと認識している。

 イタチも融通の利かない、厳しい父親に不満がある。

 だが、フガクは真面目で、一族のことを一番に考えているだけで、イタチともよく似ている。ちょっと伝え方が悪いだけの、悪い人間ではないことを斎は知っていた。



は外に出られませんし、イタチがいて喜ぶことこそあれ、困ることなどありませんよ。」



 斎は柔らかに言って、フガクを宥めた。

 家出してきたイタチを部屋に泊めることを受け入れたのはだ。そのが困るはずがない。

 幼いは無邪気にイタチを慕っている。そしてイタチもそのことを嬉しく思っているらしい。鼬がを好きなことを、斎はよく知っていた。これから自制心と戦う年頃になるのだと思うと、むしろそれを間近で見れると想像すると笑える。

 斎は悶々とするであろう愛弟子を思って、肩をすくめる。無愛想で生意気だと言われるイタチだが、斎にとってはただの可愛い子供だ。



「私はイタチに、望みすぎたのかも知れません。」



 フガクは視線を足下に落とし、呟く。



「自分の息子としてではなく、うち派の代表者として接してきました。だから。」



 フガクはうちは一族の代表者だ。だから息子にも強さを望んだ。良い子であることを求めた。

 他人に厳しく言うためには自分にも、自分の子供たちにも厳しくあらなければならない。他人には厳しいのに自分の子供には甘いでは、示しがつかないと思った。そのために、フガクはイタチにたくさんの物を望んできた。

 他人に望むところを、イタチに多く望んだ。イタチの才能はそれに答えた。だが、イタチの心は答えてくれなかった。

 他人のような大人としての対応しか返さない父親から、心が離れた。


「・・・でも、イタチを確かに愛していらっしゃるでしょう?」



 斎は困ったようにフガクを見つめる。

 フガクとて、イタチに愛情がないわけではない。

 イタチの優秀さに担当上忍が怯み、なかなか師が決まらなかった時、彼は斎に頭を下げた。10以上も若い、斎にだ。


「僕は貴方が頭を下げに来た日を、忘れてませんよ。」



 フガクには息子に良い教育者を、また相談相手を付けようと、恥を忍んで頭を下げる愛情がある。



 ―――――――――生意気かも知れません、でも、貴方なら、イタチを育てられる、どうか、どうか



 フガクは炎一族の婿となった斎を昔から知っていた。

 斎は天才との誉れも高く、幼い頃から上層部に出入りする、要するにエリートだった。同時に当時暗部で後進を育てており、教育者として既に定評があった。もちろんその高い才能は幼いイタチの才能に劣らない。そして上層部と繋がりのある人間であった。それも斎を選んだ理由ではある。

 だが何よりも穏やかな性格から、イタチの生意気さや真面目さも受け入れるだろうと、フガクは考えた。



「私は、口にすることが出来ません。」



 すぐに親としてではなく、うちは一族の代表者として接し、親としての愛情を見せることを忘れてしまう。

 厳しく一族のためにあれと求めてしまう。

 うちは一族の嫡男として、長男として、イタチはこれ以上ないほど優秀だ。なのに、一族のために尽くすことを望んでしまう。



「貴方は本当に上手に娘さんを育てておられる。私は・・・」



 フガクの言葉は、続かなかった。

 フガクはうちは一族の代表者で、イタチの父親だ。同時に斎は炎一族の宗主の婿で、跡取りとなる東宮の父親だ。立場は決して変わらない。

 なのに、これほどまでに違う。 

 斎は娘に一族のために尽くすことを求めていない。抱きしめ、愛情を注ぎ、精神的な親子としての繋がりを保っている。それに対してフガクとイタチの心は、親子のはずなのに、他人以上に離れてしまっている。

 それはもう、取り返しがつかないほどに。



「僕はが生きているだけで良いと思って、育ててきましたから。」



 斎は柔らかく笑って、肩をすくめた。それにフガクははっとして顔を上げた。

 は体が弱い。生まれ持ったチャクラが多すぎて、彼女の体の成長を阻害し、常に体調を崩させる。

 斎の両親は兄妹、斎の妻の両親も親戚同士。のチャクラが多すぎるのは母方の一族から受け継いだ形質で、それをの体が支えられないのは斎の一族の血によって、虚弱体質だからだった。それは蒼一族と炎一族が地を守るために重ねてきた近親婚の結果だ。

 斎がの許嫁を炎一族からではなく、他家であるうちは一族から求めた理由はそこにある。濃すぎる血を他の一族の血で少しでも薄めなければ、もう一族には未来がないのだ。

 けれど、の現状は変わりようがない。

 未来は考えられても、今生まれて存在するの体が弱いことも、血が濃くてチャクラが多すぎることも変わらない。

 体調を崩すため、同年代の子供たちのように遊ぶことも、はしゃぐこともできない。他者より長い寿命を持つはずの炎一族の中で20歳まで生きられるかわからないとまで言われる娘を、斎は親として、どう思ってきただろうか。



「僕たちはあの子を愛して、幸せを願う。それしか出来ない。」



 娘の命が長いのか、短いのかは考えたくない。考えられない。かわってやることもできない。

 だから、斎が娘に望むのは、今笑って、楽しんで生きて欲しいと言うことだ。炎一族もまた体の弱い東宮が愛され、笑い、幸せだと生を謳歌してくれることを望んでいる。



「親ばかでしょう?」



 斎は少しはにかむように、フガクに笑う。斎も含めて、炎一族中みんなが、おそらく親ばかのような物なのだ。


「子供の幸せ、ですか。」

「だってあの子の幸せは本人にしかわからないんですから、僕は精一杯あの子を愛して、あとはあの子に選んでもらうしかない。」



 子供の幸せは、子供自身が決めるのだ。親が出来るのは彼らの幸せを親が決めてしまうことではない。与えて、願うだけ。



「・・・イタチの幸せは、うちは一族の中にはないでしょう。」



 自嘲気味に、フガクは息を吐いた。その口元には諦めたような笑みがある。



「貴方と東宮の傍にいるのが、イタチには幸せなのでしょう。」

「そうですか?」

「サスケに、貴方や東宮のことをよく話しているようです。厚かましい限りですが、息子をお願いします。」



 フガクは深々と頭を下げる。その愛情が素直にイタチに向けば良いのにと思うが、やはりそれは難しいのだろう。

 ならば、斎は彼の代わりに、イタチを大切にしよう。



「僕もも喜んでお願いされますよ。」



 茶化すようなセリフだったが、斎は頭を深々と下げる。



「イタチには炎一族の役に立て、勝手にしろとお伝え頂けますか?」

「・・・よろしいんですか?」

「もちろんです。」



 私は厳しい父親ですから、とフガクは続けた。彼の言葉に斎の方が眼を丸くしたが、にっこりと笑って彼の言葉に応えた。



「伝えておきます。」