『あははは、残念でした。』

 ころころと無邪気で、楽しそうな笑みを浮かべ、紺色の瞳と髪の男はダンゾウに臆することなく言って見せた。

 最初暗部にやってきた頃はたった13歳の少年だった。忍としての才能に溢れた、生活態度の悪い少年を、ダンゾウは何度か痛めつけようとしたことがあったし、実際に殴りつけたこともある。彼は別段ダンゾウに表立って逆らってくることはなかったが、従うこともなかった。

 四代目火影波風ミナトの弟弟子であったが、彼はミナトにも、そして同時に彼の師である自来也にも似ていなかった。

 そうあえて言うなら、幼い頃に一度だけ会った、蒼一族の宗主に似ていたかも知れない。

 彼は確か、斎の祖父にあたる人物で、近親婚を重ねていた蒼一族の容姿は皆それぞれ似通っていた。ただ忍の才能という点では、大蛇丸ですらも彼に及ばないと言われていたが、暗部で見ている限り、ダンゾウはそうでもないと思っていた。

 ふらふらしていて、大した理想も野望もない。淡々と適当に任務をこなす姿勢には、里を守ろうとする気概も何も感じられなかった。前評判から言えば、彼はとんだ期待外れだった。


 ―――――――ふふ、あの子に、足下をすくわれるわよ



 そう言ったのは大蛇丸だったが、彼の助言を無視するほど、ダンゾウは斎をなめていた。

 そりゃそうだろう。彼はどんなに予言の力を持とうと、実力があろうと、10代半ばの少年に変わりはないのだ。ダンゾウと他の暗部の忍たちがいる中で、例え彼がミナトの弟弟子で、ミナトに忠誠を誓っていたとしても、実力のないものに忍は従わない。

 政治上、次の火影にダンゾウはなりたかったが、なれなかった。かわりに押した大蛇丸も、ミナトに破れた。

 それでも、暗部は自分のもの。だからまさかその牙城をつぶされるなど、想像もしていなかった。



『今日から僕が暗部の親玉。』




 人差し指を口元に当てて、内緒話をするように笑う。

 既に多くの暗部の忍が斎になびいていたため、誰もダンゾウの言葉など聞かない。後は実力を示し、斎をねじ伏せる。それしか方法はないと思われたが、既に斎の実力はダンゾウを凌駕しており、ねじ伏せられた。

 斎の実力を、期待外れだと思っていた。それが思い違いであると思い知らされた。

 暗部に入ってからの3年間、彼は表で通常任務もこなし、裏では暗部の任務を行いながらダンゾウのやり方に不満を持つ者を探し、自分に取り込んできた。同時にダンゾウが勘違いをするように自分の実力をひた隠し、ダンゾウの術を学び、ダンゾウを倒すために、準備をしてきた。

 彼の実力は噂通りのもの、いや、それ以上だった。



『僕は興味ないけどさ。君がミナトをいじめるから。』



 倒れ伏したダンゾウに、困ったように斎は肩をすくめて見せた。

 いじめられっ子に重症を負わせ、怒られた時に子供が親に見せるような、自分の正当性を信じながらも親には甘んじて怒られる、そんな様子だった。

 あまりに子供の言い訳のような言葉。しかしそれは彼にとっては真実だろう。

 彼はまだ16歳の少年でしかなかった。その彼が3年間、ぼんやりと、しかし計画的に暗部で過ごし、仲間を作り、こうしてダンゾウに勝利し、立っている。その紺色の瞳は曇りなく、心からダンゾウのことをどうでも良いと思っているようだった。

 彼には大した理想も野望もない。だから本当にダンゾウが「ミナトをいじめるから」というただそれだけのために、ダンゾウを倒すことに決めた。


『それにさぁ、僕、教育に関わってみたいんだよね。』



 子供が残酷な実験を行う時のように無邪気な笑みが、もはや化け物にしか見えない。生まれて初めて、ダンゾウは16歳に過ぎないこの少年を心底恐ろしいと思った。そう今まで当たり前のようにあった、小石が自分を殺す爆弾だったかのような、底の見えない恐怖というものを初めて知った。

 あれから15年。






「あー、お久しぶりだね。ダンゾウ。」


 30歳にもなったであろう男は旧友に会った少女のようににっこりと笑って手をぶんぶん振って見せる。

 斎の身長はあれから更に伸び、180センチを超しているだろう。だが相変わらず童顔で、人なつっこい笑みに悪意を覚える者はいない。

 普通の神経をしているならば、自分が陥れ、暗部の代表者の地位から追い落としたダンゾウに声をかけようとは思わない。ただし今やその態度からも、言うなれば悪意はうかがえず、行動からもそれは窺えない。だからこそ、生来本当に心から性格が悪いのだろうとダンゾウは確信している。

 今から上忍会に報告に出るのか、現代は副官状態のうちはイタチをつれていた。


「元気だった?」

「・・・相変わらずだな。」


 ダンゾウはまともに相手をする気にもなれず、深い深いため息をついた。

 あれから15年。うちは一族の反乱も含め、ダンゾウは斎を追い落とすために様々な努力をしたが、それが実ったことは一切ない。蒼一族として有名なほど勘所の良い斎は、だいたいダンゾウの策を紙一重でかわすのだ。

 彼の方針は様々な点で暗部にしては甘い。もちろん非情さも見せるが、それでも問答無用なやり方は好まない。

 だが、ダンゾウがその甘さに救われているのも事実だ。

 彼はダンゾウの息の根を止めようとは思わず、ダンゾウに率いられていた《根》も完全に解体しようとはしなかった。当初は上層部の思惑かと思っていたが、違う。それを問うた時、斎は笑った。



『僕はね。命令に従わない人間を大切にしてるんだ。多様性は重要だからね。』



 実に甘い発言だったが、彼は本当にそう思っているのだろう。だから彼はダンゾウを泳がせている。数十も年下の男に良いように扱われるのはしゃくに障るが、それもまた物事の側面の一部であった。



「そういえばおまえの娘、昇進したらしいな。」


 先日耳に入った話題を思い出し、ダンゾウはこの無意味で気分の悪い邂逅を僅かにましなものにしようと思った。これで顔色でも変えてくれれば少しはかわいげもあるが、反応して、緊張した面持ちになったのは、斎の娘を婚約者とするイタチの方で、斎は「そうなんだよー」と満面の笑みで答えて見せた。



「すごいでしょ?僕も鼻高々だよ。」


 謙虚という言葉を彼は知っているだろうか。娘自慢にダンゾウの方はげんなりする。どうやら墓穴を掘ったのはこちらのようだ。



「おまえ、いつも思っていたが恥ずかしくないのか?」

「なにが?」



 紺色の大きな瞳を瞬いて不思議そうに首を傾げる。その姿はダンゾウの質問の方がおかしいとでも言うようで、本当に理解出来ないようだった。

 ダンゾウは顔を顰める。ダンゾウが斎を苦手とするのはこういうところだ。



「最近反抗期なのかちょっと冷たいけど、娘可愛いよ。いやあ、本当に。ダンゾウも娘がいればわかるって。」



 斎は17歳というあまりに早く、一つ年下で、現在では里最大の名家となっている炎一族宗主蒼雪と結婚した。娘はその一年後に生まれており、それからというもの親ばかさを一切隠そうともせず、娘が可愛いと豪語している。

 容姿は斎とそっくりの童顔だと言うから、そういう点では一般論から見て可愛いのだろう。



「反抗期、なのか・・・」




 そりゃこの父親なら、反抗もしたくなるだろうとダンゾウはぽつりと呟く。するとそれを聞き逃さなかった斎は「そうなんだよー」と目尻を下げた。



「最近給金が上がったせいか、ひとり暮らししたいとか言うんだよ。寂しいじゃないか。」



 里内での噂が正しければ、昨年中忍になった斎の娘は、今回の昇進で上忍となる。昇進が早いと言うことは自動的に昇給も早いと言うことになる。十分にひとり暮らしが出来る程度の給金はもらえているだろう。



「前は嬉しそうに抱きついてきてくれたのに、最近あんまりそういうことしてくれなくなったし。」

「それは年頃になれば自然なんじゃないのか?」

「そうなの?寂しいよ。それ。」



 ダンゾウには子供はいないが、同僚たちの話を聞く限り、それは普通に娘が自立を目指しているとみるべきだろう。だが、斎としては娘の自立が不満らしい。



「少し距離を置いた方が良いんじゃないのか?」

「え!?心配でしょ?」

「よく言うだろう。子供は手を離して目を離すなって。」

「そうだけどぉ。」



 情けなく目尻を下げる姿は、どう見ても暗部の親玉には見えない。いや、いつも見えないのだが、何やら子供が悲しんでいるような気がして、心が痛む。だがそれはきっと、気のせいだろう。



「先生。時間、遅刻しますよ。」



 真面目なイタチが言いづらそうに声をかける。



「え?今、大切な話をしてるんだよ。」

「もう良いですから!行きますよ!!」



 この話をまだ続けたい斎を無理矢理引っ張って、上忍会へと向かうイタチが酷く大人に見えた。