「あかるじんじゃ?」



 は不思議そうに小首を傾げて、カカシの言葉を反芻する。



「そう、阿加流神社ってのは昔うちは一族が住んでた場所にあるんだ。」


 カカシは詳しい説明を付け足す。

 とはいえ、かつてうちは一族が住んでいた場所といっても、100年近く前の話だ。当然サスケがそこに住んでいたわけでもない。遠い遠い、昔の話。



「ふぅん、サスケのご先祖様?」

「いや、神社だぞ。おまえ。」



 基本的に神社というのは神様がまつられているのが常識だ。サスケはあきれたようにの言葉を否定する。



「うちは、神社に祀られてるよ?ご先祖様。」



 は不思議そうに首をかしげた。

 の母方の炎一族は六道仙人の頃からあると言われる名門であり、先祖が神社にまつられている。もう長命といわれる神の系譜の血筋・炎一族ですらも誰も覚えていない昔のことのせいで、神と同じようなものという扱いなのだ。



「そういや、阿加流神社って・・・女の神様祀ってたような気がするってばよ。」



 ナルトはよくは詳しくは知らないが、聞き覚えがある気がした。そんなナルトの胸ぐらをつかんで、桜が叫ぶ。



「知らないの!?あそこは縁結びの神様なのよ?!」

「えんむすび?」



 は言葉自体がよくわからなかったのか、首を傾げる。



「そうよ!あそこで売っている、緋色の金魚をあげると、恋が叶うって言われてるのよ!」



 熱っぽさのあまり殺気すら感じる程必死なサクラの形相に、ナルトは恋心を抱く相手とはいえ、少しひいたようだ。ひくりと唇の端を引きつらせた。は顔が見えていないためにこにこと笑って、「そうなんだー」とのんきな答えを返す。



「なんで、金魚なのかな?」

「知るかよ。くだらねぇ。それに確か、あれは男から女に贈ると御利益があるんじゃなかったか?」

「え?そうなんだ。なんか不思議な話だね。」



 が言うのはもっともだった。

 バレンタインなどは女から男に渡すことが多いし、どうしても女は男にものを贈るのが好きだ。女の方がイベントごとにめざとく、きっと商売戦略上女から男に渡すことにしておいた方が、儲かるのだろう。だが阿加流神社は男から女に贈るという。


「確かに男が金魚もらっても嬉しくないだろ。」



 サスケは一応自分の先祖が建てた神社であるため、噂くらいは聞いていたが興味はないらしい。素っ気なくに答えて、「で?」とカカシに話の続きを促す。



「で、今日はそこの神主さんが最近イノシシで困っているらしくてな。今日の任務はその退治だ。」



 そう、神社の話は本題ではなく、任務場所だ。

 カカシは人差し指を立てて、弟子たちを見回した。イノシシと聞いた途端にサスケとナルトはあからさまに嫌そうな顔をした。たいした任務でないと落胆したのだろう。サクラも髪が汚れるとでも思ったのか、不機嫌そうな顔をする。

 その中で、だけが珍しく眼をきらきらと輝かせて、カカシを見上げてきた。



「イノシシって、おいしいよね。」

「・・・、仕事は食べることじゃなくて、退治だからね。」



 カカシはまったく異なる目的を見つけたに、一応釘を刺す。



「でも、退治した後、捨てちゃうのはかわいそうでしょう?」

「ま、そうだけど。・・・秋のイノシシっておいしいんだったか・・・。」



 一般的にイノシシは冬に食べる。秋のイノシシは食べても良かったのか正直よくわからなかったが、力のないがどうせ一人でイノシシをどうこうできるわけもないのだから、大丈夫だろうとカカシは自分を納得させた。

 だが、ここにはもう一人いらないことを言っての意見に賛成する人間がいる。



「イノシシってうまいよな。俺も食いたいってばよ。」




 ナルトがの隣にやってきて、に笑う。



「だよね。味噌味がおいしい、」

「じゃあ今日は鍋だってばよ。」

「そうだね。父上様に連絡しておくね、」

「おっしゃ!の家で鍋だってばよ!」



 うきうきしているとナルトに、常識のあるカカシとサスケ、サクラは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 とナルトなら絶対にイノシシを持って帰るだろう。あげくそこに悪のりでひどいの父親・斎が加われば、ろくな事にならない。仮に秋のイノシシが食べられないとしても、さばいて試しに食べてみることくらいはするだろう。



「先生、珍しくがやる気なんだけど、」



 サクラは不安そうにカカシを見やる。

 実力はあるが基本的に演習、任務は大嫌い。は全くやる気がないことが常だというのに、珍しく今回気合い十分。どう見てもイノシシを食べるのが目的だろう。は小食のくせに食い意地だけはしっかりしているのだ。



「サスケ、おまえイタチに連絡してくれない?今、確か炎一族邸に居候してるんだよね?止めてくれるかも・・・」

「無理に決まってんだろ。それに兄貴はに弱いんだから。」



 日頃は常識や規則に忠実なイタチも、恋人の相手となれば形無しだ。せいぜいの父であり、一緒に悪のりを始める、師である斎を止める程度の技能しか持ち合わせてはいない。が言えば、折れるだろう。頼むだけ無駄だ。



「ぼたん鍋目指して、がんばろー。」

「だってばよー!」



 とナルトは手をつないで楽しそうに振り上げている。



「・・・わたしは金魚の方に興味があるけど、」




 恋愛ごとの方に興味のあるサクラは小さく言うが、どうやらとナルトのあまりの勢いに負けてしまったらしい。




「うーん、精神年齢が如実に反映されてるね。」



 カカシは小さなため息をつく。

 要するにナルトとはまだ恋愛ごとより食い気優先と言うことだ。カカシは止めるのも面倒なので、本人たちがやる気なら良いかという結論にたどり着くことにした。



「でも、イノシシってどうやって捕まえるの?」



 はきょとんとして、紺色の瞳をナルトに向ける。



「え、確かに、殴っても結構面の皮厚そうだもんな」

「・・・おまえら本当に忍か、」



 の質問とナルトの答えに、サスケは大きなため息をつく。




「なんだよ、おまえには良い案でもあるってのかよ、」

「おまえよりはな。忍術でもクナイでも起爆符でも何でも使えばいいだろ?このウスラトンカチ」

「でも、イノシシの皮って厚いからクナイってきかないんじゃなかったっけ?」



 珍しくが妥当な意見を述べる。




「え、こっわぁ、やっぱり罠張るってのが一番いいんじゃないかしら。」




 サクラは少しおびえるように目尻を下げて言った。




「ちなみにすごい大物だそうだから、頭突きを食らえば軽く死ねるぞ。注意しろよ。」



 カカシはにっこりと笑って生徒たちに注意する。

 これが2メートルくらいであれば、別に地元の罠にもかかっただろうが、四メートルにもなれば罠を破壊して捕まえられない。堂々と畑を荒らす強者に、地元住民たちをはじめ、神社の神主も困り果てていた。そのため忍たちに依頼が回ってきたというわけだ。



「・・・丸焼きにしたら、おいしいかな、」



 の血継限界は基本的に高温の炎だ。イノシシに攻撃しようと思えば、丸焼けになる。ただ数万度を誇る炎なので、丸焼けではすまない。黒焦げだ。



「焦げて食えなくなるぞ。それにぼたん鍋にするんだろ?」



 サスケは容赦なく突っ込む。馬鹿にしたような響きも含んでいたが、は気づかぬまま、「そっかー、どうしよう、」と普通に目尻を下げてあごに手を当てた。




「きっとでかいんだから、中が焦げたって外が食えるってばよ。」




 ナルトがしょんぼりしてしまったが可哀想になったのか、フォローするように言う。




「そ、そうだね。それもそうだよね。じゃあいざとなったらそうしよう!」

「んなことしたら食えなくなるって言ってんだろ!」




 サスケが必死で突っ込む。ナルトのフォローは本当にがいるときはいらない。むしろ二人で勝手に不思議な方面に突っ走っていくのだから、勘弁して欲しい。




「何でも良いわ。わたし、縁結びの神様の金魚が欲しいのから、」



 サクラはすでにイノシシを退治するという任務自体にあまり興味が抱けないようだ。4者4様の主張に、カカシは小さな笑みを零した。