「いーや。」
同じ言葉をひたすら繰り返すのは、そういう時期だという。
サスケは甥っ子の繰り返す言葉にへきへきしながらも所謂これが子どものいやいや期というやつなのだろうと納得していた。育児の本で読んだことがある。ただ母親であるはずのは、そんなこと全く知らないし、育児の本を読んだことすらないらしく、目を丸くして、「どうして?」と真顔で問いかけた。
「いーや。」
「え、じゃあ、どうするの?お風呂。」
「いーやいや、」
「…?」
は本当に息子の言っていることがよく分からないのか、慌てるようすすらなく、本当に疑問に思っているらしい。首を傾げる。
「じゃあ、お風呂、くさくなるけど、入らないの?」
は素で稜智に聞き返す。
「いーや。」
「入るの?」
「いーや。」
「じゃあ入らないんだね。わかった。」
怒るでもなく、困るでもなく、はあっさりとしたもので、サスケの方が驚いた。
「え、本当に風呂に入れない気か?」
「だって、羽宮嫌だって言ってるし。」
確かに稜智は昨日風呂に入ったが、それでも我が儘をあっさり認めたにサスケは脱帽する。だが、会話を聞いていたのか、ひょこっと顔を出したの父・斎が孫である稜智を見て、とそっくりな不思議そうな顔をして言った。
「稜智、入らないの?きったないー。くさくなっちゃうよ?」
「いーや。」
「嫌なのは良いけど、ちーうえたちに嫌われちゃうよ。誰だって臭いの嫌だもん。僕も臭い子には明日から近づかないよ。」
斎がさらりと言うと、稜智は驚いたのか漆黒の瞳を丸くして、斎を睨む。だが斎はあっさりとそんな孫をスルーして、の方へと目を向けた。
「とサスケも早く入っちゃいなよ。」
炎一族邸に風呂は一つしかない。ただ風呂はホテル並みにでかく、複数の人間が同時には入れるようになっているが、一応お湯を抜く時間は決まっている。侍女が帰る時間があるからだ。
「じゃあ俺が先に入ってくるか。」
サスケがそう言って立ち上がると、放って置かれるのが分かった稜智が彼の服の裾を掴んだのは言うまでもない。
困るかな、ああでも、すごく困らせたい