木漏れが降り注ぐ森の奥で木の実を集めるのはある意味で重要な子ども達の仕事だった。

 特に秋口になると森の中のドングリは沢山の実を落とす。基本的に一定の範囲から外に出ず、ほとんどの場合自給自足で生活している蒼一族にとっては重要な食料だった。沢山集めておいて、冬に向けてとって置いても良い。



「ねえさま、これ、虫食ってる!」



 いくつかのドングリをつまんで、今年12を数えた妹が頬を膨らませて言う。




「ありゃ、本当だ。」




 良く確認してみると、随分と虫が食っているものがある。気づかなかったなと思って自分の拾ったドングリを見ると、どうやら結構あるようだった。




「もー。」

「ごめんごめん。愁。後で選別するよ。」

「ねえさまったらもう。」



 仕方ないなぁと言うと同時にくるっとそっぽを向く。その拍子にふわりと柔らかそうにウェーブのかかった紺色の髪がふわりと揺れた。

 は柔らかく笑って妹を見守る。

 蒼一族は皆、紺色の髪、紺色の瞳だ。珍しい色合いだが、この一族においてはそれが普通。もちろんびも髪質は妹と違ってまっすぐだが、やはり紺色の髪と瞳をしている。とはいえ、数えで既に14歳のは妹と違い、段々に長い髪を切り、腰辺りで一つに束ねている。

 一応成人した女性の証だ。




「ねーね、へびー。」





 蛇の尻尾を掴み、ぶんぶんと振っているのは一番下の、まだ10歳になったばかりの弟が楽しそうに訴える。




「萩、それはあんまり美味しくないかも。」

「おいしくないとかじゃないわ!すぐ離しなさい!」





 愁が慌てた様子で萩に駆け寄り、弟の手から蛇を取り上げた。もう既に蛇はぐったりしていて、動く雰囲気はない。

 もう死んでしまっているのかも知れない。





「にく。にく!」





 萩はよく分かっていないのか、ただ単に肉が食べたかったのかは分からないが、ひとまず肉だと思ったらしい。確かに肉なのかも知れないが、普通にあまり食べるものではあまりない。薬師が薬にしていたイメージしかなくて、は首を傾げた。




「どうやって食べるのかな。お腹に何か入ってる時は食べられないらしいけど。」

「やめてよねえさままで!」





 愁が叫ぶが、肉は確かになかなかこの辺りでは手に入りにくいものだった。

 蒼一族は泉近くの結界の中でひっそりと暮らしている。結界の中に動物が入ってこない限り、なかなか捕まえることは出来ない。大人は物々交換のために一年に2回だけ、結界の外に出るが、その時に買ってきた肉が集落で配布される。

 結界に出るのは冬か、夏、二度だけなので、もうすぐ冬に入るこの時期になると皆数ヶ月は肉を食べていないのが常だった。




「おいしいなら、良いんじゃないかな。」





 は捕まえられて伸びている蛇を眺めながら、うん、と一つ頷く。ものは考えようで、貴重なタンパク源だと思えば悪くはない。





「ねえ、うちはと千手のお話、どうなるのかな?それに襲ってくる人が来るって。」





 ちらっと愁がドングリを拾いながら、を窺う。




「中立だと思うよ。結界も強化されたみたいだし。」




 は愁に困ったような笑みを返した。

 蒼一族は結界の中から滅多に出ないわけだが、外の世界では現在戦争が常に行われている状態らしい。もちろん蒼一族の中でもそれを知っているのは一部のもので、長老のじいじが言っていただけだ。それを子どものや愁が知っている理由は、今の当主が二人の弟である萩だからだ。 

 基本的に蒼一族は30人足らずしかいないため、争いごとには全く感化しない。便利な血継限界を持っているのは事実だが、金を払われれば予言と情報を授けるだけで、それ以上は何もしない。

 蒼一族の多くが感じていることだが、近く襲ってくる人間がいる。預言を生業とするだけあって、蒼一族の全員がそれを理解しており、大人達は結界を張り直したりとここ数日大忙しで動き回っていた。多重結界も場所によっては薄いところもある。




「ねー、黒い人がいる。」





 突然、萩が声を上げて姉たちを見る。その瞳は薄い水色に変わっている。




「なんか、黒い髪、赤い眼の人。」

「え?結界の中?」

「なか。」




 言われて、と愁は顔を見合わせ、慌てて自分たちも血継限界の透先眼を開き、呆然とした。





「…まずい、行くよ。」




 は慌てて萩を抱きかかえ、愁の手を引っ張り、結界の奥へと歩き出す。

 結界の中に入ってきているのは、二人の男だった。二人とも黒い髪に赤い瞳。誰だかは知らないがかなりの手練れで、蒼一族が住んでいるこの聖域に結界を破ってやってくる意図は非常に明確だ。蒼一族の力をほしがっている。





「え、どんぐり!」

「そんなの良いから!!」




 愁が怒鳴りつけ、口寄せの犬神を呼び出して背中に飛び乗った。は慌てて10歳で幼い萩を体高の高い犬神の上に引きずり上げる。




「速い。速いよ。ねえさま。」

「わかってる。」




 怯える愁に声をかけ、は後ろを睨み付ける。

 確かに愁の言うとおり、二人は速い。犬神と同じ、もしくはそれ以上の速さで走っている上、どうやら達を完全に補足してきているようだ。




「これは、追いつかれる。」




 は目を透先眼にしたまま、構えの体勢をとる。森の地面に犬神が一瞬着地した途端だった。





「止まるな!」




 は犬神に向けて叫ぶ。

 やってきた攻撃は火遁だった。しかもかなり大きな犬神をすべて包むような程の火遁が、かなり離れた相手から放たれたのだ。はそれを犬神の周囲を結界で包むことによって何とか防ぎきる。だがその隙は大きなもので、既に肉眼で捉えられるほど近くまで男達が来ていた。

 は犬神からおり、男達と自分たちの前に大きな多重結界を作り出す。




「行きなさい。萩がつかまるわけには行かない。」




 萩は幼いとは言え、蒼一族の当主であり、何よりも価値のある能力を受け継いでいる。

 また愁もそういう点では“特別”だった。今現在残って一番生き残れる可能性が高く、問題がないのはこの中で一番年長のしかいない。




「でも!」




 泣きそうな顔で愁はなおもに縋る。




「良い?萩を頼んだよ。長老のじーじにこのことをすぐに知らせて。結界を張り直すの。」

「でも、そしたら、ねえさまは、」





 戻れない、と言う愁を無視して、犬神の方をは見る。犬神の方が心得たもので、悲しそうにきゅうんと泣いて、走り出した。





「ねえさま!」





 弟と妹の自分を呼ぶ声が耳に痛い。しかし、これが最善の道であることは間違いない。

 多重結界に、ぴしぴしと小さな亀裂が入っていく。それを見ながらは多重結界を張り直すが、再生速度が間に合わないことは目に見えていた。




「きゃっ!」




 結界がガラスのように砕けたと同時に、酷い熱風がを襲う。酷い土煙と熱風に視界を奪われた途端、後ろから衝撃を受けて、地面に倒れ伏した。




「動くな。」




 首元にクナイを突きつけられる。

 自分の背中に乗っている男の顔は見えなかったが、冷たい声だけは分かる。透先眼を開くと、それが弟の言っていた赤い瞳の男だと思った。後からもう一人、彼より少し年下の少年もやってきて、困ったような顔でを見下ろす。彼もまた、毒々しいほどの緋色の目の持ち主だった。

 一人ならば隙のつきようもあるが、二人ではどうしようもない。

 弟妹が逃げ延びたことを願いながら、はそのままの体勢で土に頬を押しつけるように体の力を抜いた。




神さまでさえ敵わない