マダラが蒼一族の一人を捕まえようと思ったのは、その能力のためだった。

 蒼一族はうちは一族と千手一族が住まうエリアのど真ん中にある泉に住む、予言を生業とする一族だった。大名や他の一族に予言と言う名の情報を売って、生活をしている。彼らが外に出てくるのはたった一年に2回だけで、基本的には先祖代々の巨大な結界の中で、自給自足の生活をしていた。

 その結界を破る方法を見つけたのはただの偶然だった。

 蒼一族が何らかの形で遠目の血継限界を持っていることは売っている情報からも間違いなかったので、何人か捕まえようと思ったのだ。捕らえて写輪眼で幻術でもかけ、利用すれば良い。




「戦利品が、このチビ一人か。」




 マダラは少し不満そうにため息をつく。




「まぁ仕方ないさ。気づかれるのが速かった。」




 イズナも少し困ったような顔をして小さく息を吐く。

 やはり遠目の能力を持つだけあって、マダラとイズナという手練れ二人で乗り込んだにもかかわらず、気づかれるのが非常に速かった。結界を破った途端に気づかれ、即効逃げられたのだ。幸いだったのは、一番近くにいて、最初に気づいたのが子ども3人だったことだ。

 とはいえ、年長の少女が機転を利かせ、年少の二人を逃がしたことは、賞賛に値する。一瞬でマダラとイズナから逃げられないことを悟ったのだ。蒼一族が外に出てくるのは年に二回。しかも長老か大人だけだ。子ども達はマダラとイズナのことも知らなかっただろうから、少女は非常に良い選択をしたと言える。

 おかげであっという間に結界は再構築され、マダラとイズナは手を出せなくなった。




「貴方、うちは一族でしょ?」 





 縄で後ろ手をつながれた少女は、少しゆったりした口調で尋ねる。

 見た目では12,3歳と言った所だ。大きな紺色の瞳をしているため、本当はもう少し年かさかも知れない。長くまっすぐの髪はやはり紺色で、段々に切られているのは、一応彼女が成人だからだ。要するに14歳以上。珍しい紺色の髪と瞳は、有名な蒼一族の特徴でもあった。





「違う。」




 情報の秘匿のためにも、マダラはそう答えた。






「うそ。」





 一言、彼女は言った。マダラが拍子抜けするほど確信を持った声音だった。





「おまえ、俺たちが誰だか、分かっているのか?」

「うちは一族は有名。でも、あなたのことは知らない。」




 一般的に外に出てこない蒼一族の中の、ましてや子どもだ。うちはの名は知っていても、やはりマダラの顔自体を知っているわけではないし、自分がマダラだと分かっている訳でもない。ならばどうしてマダラをうちは一族だと思ったのか。




「あなた、うそついたから。いま。」




 幼い口調ながら落ち着いた声音で、少女は当たり前のように口にする。嘘とついたら分かるらしい。マダラがちらりとイズナを見ると、彼も理解できないようではぁ?と言った感じで首を傾げている。





「どうして、うちはの人がわたしたちをつかまえるの?」




 少女は心から不思議そうな顔でマダラに問うた。

 だがマダラの方は、先ほどの疑問から話を進められない。マダラは比較的嘘がうまい方だ。今の嘘をどうして嘘だと絶対に言い切れるのか、勘と言った曖昧なものなのか、マダラには分からない。だが彼女はそれを確信しているらしく、そのまま話を進める気のようだ。





「おまえ、名はなんという。」




 マダラが彼女の質問に無視して問うと、彼女は口を噤んだ。

 まだ幼いのに十分強情だ。雰囲気も口調も随分ぼんやりしているのに、年下の子ども達を逃した判断力と言い、年の割に少女は賢いのかも知れない。ただ、こんな小娘一人を尋問する気には、冷酷と恐れられるマダラも流石になれない。

 彼女の顎を無理矢理掴んで、ぐいっと自分の方へと寄せ、写輪眼で彼女の紺色の瞳を睨む。彼女が怯む様子は全くなく、怯えてもおらず、痛みにだけ歪む瞳は、不思議な色合いをしていた。




「答えろ。」





 それは質問ではなく、命令だった。拒むことが出来ない写輪眼による幻術。





「あなたは、誰なの?」





 しかし彼女は驚くべくことにそれに答えることなく、別の質問をしてマダラの写輪眼をまっすぐ見ている。




「…なんで。」




 イズナが目を瞬かせて、少女を凝視している。今度はマダラも目を丸くして、その不思議な色合いの紺色の瞳を眺めた。





「うちは一族はその赤い目が力なの?」




 呆然としているマダラとイズナを見て、感じるところがあったのだろう。少女は確認するように尋ねた。

 当然、マダラとイズナが答えを返すはずもないが、彼女は軽く小首を傾げてから、「そう。」と何かを理解したように頷いた。





「それだけではないの、ね。」

「おまえ、何故分かる。」

「…何故?」





 少女は質問の意味自体が分からないらしい。





「その根拠は?」

「根拠?わたしがそう感じるから?」




 要するに少女の判断は客観的証拠に基づいた物では無く、彼女がそう感じたから−ただの勘である。しかし勘がすべて当たっているところが恐ろしい。答えなくても雰囲気で理解するのかもしれない。しかも彼女はその不確定なはずの“勘”を全くと言って良いほど疑っていない。

 むしろ客観的根拠を問うているマダラの方が不思議だと言った話し方だ。





「…困ったな。」




 マダラは彼女の顎から手を離し、ぽつりと零す。

 彼女を写輪眼で操り、幻術をかけて彼女が持つ力をうちは一族の自由に扱おうというのが、元々の蒼一族捕獲の主旨だ。蒼一族が遠目の何らかの特別な能力を持っていることは既に分かっている。

 だが操れないと言われると、彼女の力から千手一族が知り得ない情報を得るというのは非常に難しい。仮に暴力で言うことを聞かせたとしても、情報の改ざんはうちは一族にとって大きなマイナスであり、彼女しか情報の真偽はわからないのだ。




「人質はちょっと難しいだろうし、かといってすぐに帰すわけには、いかないな。」




 イズナも困ったように目尻を下げ、うんざりした顔をする。

 この小さな少女一人のために、一族が動くとは考えにくい。よって人質としての意義はないと言っても良い。かといってすぐに返すのは今いるのがうちはの集落の中であり、彼女が遠目の能力を持っているという点では、足がつく可能性が高く、帰すわけにはいかない。




「殺すか?」

「蒼一族がまだどう出てくるのか分からないから、殺すのもね。」






 何らかのアプローチがあるかも知れない現状を考えると、今殺すのも得策ではない。





「あなた名前は?」





 殺す殺さないという話しをしているというのに、少女は無邪気に尋ねてくる。

 イズナとマダラはこの少し常識から外れているであろう少女をどう対処したら良いのか、心から悩んでいるというのに、彼女は別段気にしていないらしい。蒼一族は争いごとをすることはなく、常に中立を旨としている。彼女が戦いを見たことはないのかも知れない。





「初めての相手に名前を聞く時は、自分からと習わなかったのか?」

「そうなの?はじめての人って、蒼一族にはいないから。」





 30人ほどの一族で、見直さない頃から顔見知り、外に出ないから初めての人間が来ることもないのだ。皆が顔見知りの、小さな結界の中の平和な世界。

 それしか少女は知らない。





「わたしは、蒼、あなたは?」

「…うちは、うちはマダラだ。」

「そう。あなたは?」

「イズナ、彼の弟だ。」

「マダラとイズナ。ふーん。」




 どうやらかなり有名なはずのマダラとイズナの名前も全く知らないようだ。千手とうちはが戦いを続けていても、具体的な事象までは全く知らないのだろう。彼女にとっては手を縄でつながれているとは言え、ここは生まれ出て初めて見る“結界の外の世界”なのだ。





「…困ったものを捕まえたな。」






 マダラはそう呟いて、天井を見上げる。シミのついたいつもの天井は、どうやっても白くはなってくれないように、やってしまったものは仕方がない。フォローしていくのは自分だと、心を奮い立たせるしかなかった。





不器用の二乗