はひとまず座敷に軟禁されることとなった。

 座敷にはいつも一人のうちは一族の男がつき、が逃げないように監視している。着替えやトイレなどの時は基本的に女がやってきて、世話をして帰って行く。退屈していた間に監視を担当している何人かの男とも仲良くなり、たまにイズナによって退屈だろうと本が差し入れられるようになった。



「…ふうん。全然違う。」





 蒼一族にいる時も、神社に納めてある古文書などを沢山読んだが、物語などのように浮ついたものはほとんどなかった。まだ数えで14歳になったばかりのに男達が与えてくれる本は大方物語で、読みやすいと考えてくれたのだろう。

 おおむね乱暴に扱われることもなく、は一週間を過ごしている。 

 うちは一族の中でもどうやら処理に困っているらしい。殺してしまうにはあまりに惜しい血筋だし、かといって取引に応じてもらいたくても、蒼一族は外部と一切連絡を取らない。

 蒼一族は年に二回、冬と夏だけ結界の外に出る。冬は大抵食料調達と戦争が止まるため情報交換をするため、夏は基本的に情報を売るために出てくる。予言と遠目を生かした情報力は十分な金を蒼一族にもたらすものであり、また中立を旨とする蒼一族を助ける物でもあった。

 とはいえ、こうしてが攫われるような事態になったのだ。もしかすると冬も出てこないかも知れない。出てきたとしてもかなりうちは一族に警戒するはずだ。




「なんだ、その本は。」





 突然、部屋にやってきたマダラは、だらしなく褥の上に転がっていた彼女に呆れた口調で言う。透先眼を開いていなかったし、気配も感じず全く気づかなかったはかなり驚いたが、ひとまず身を起こした。

 いつの間にかいつも来ている監視の男はいない。




「貸してくれた。」

「誰が。」

「イズナさん。」

「あいつ…。」





 イズナはちょくちょくのところに遊びに来て、蒼一族がどうなっているのかを聞きたがった。もちろん情報が重要な武器であることはも良く教えられているので、場所の特定や結界に関すること、その他のことも基本的には“知らない”で押し通したが、彼はが子どもであることを加味して、別に不思議には思わなかったようだ。

 逆にうちは一族が千手と争って大変だとか言う話を聞かせてくれた。 

 どうやらうちは一族と千手一族の戦いは随分と根深いものであるらしく、しかも向こうも兄弟で戦ってくるのだという。もちろん蒼一族の長老などから二つの一族が最近すごい覇権争いをしているのは聞いていたが、そんなに長い間熾烈に争っているのは知らなかった。

 おそらく、蒼一族を攫ったのも、蒼一族の力を持ってして千手一族との争いを有利に進めようと思ったのだろう。





「戦いは見たことがないなぁ。」





 は身を起こして自分の膝に本を置いて、小さく呟く。

 蒼一族は結界が周囲に貼られた“聖域”の中で生まれ、一生を終える。多くの場合戦いに出向くことはなく、他の一族と交わることもない。確かにの父のようにごくごくたまに争いに巻き込まれて死ぬものもいるが、それは外の危険性を一族の者に示す例となった。





「争いなんて、どこにでも落ちているものだ。」




 マダラは実に素っ気なく言った。





「おまえ何も知らないんだな。」





 彼の口調は酷く呆れたようでもあった。だが、外に出たことのないが知るはずもない。





「おまえ、いくつだ。」

「数えで、14歳になったばかり、かな。」

「俺は14になった頃には当たり前のように雇われ、戦っていた。」






 驚いて彼を見上げると、彼の漆黒の瞳は酷く冷えていて、その言葉が本当だと物語っている。

 戦いなどと言うものを、はほとんど見たことがない。もちろん自分たちの身を守るために蒼一族ではもちろん忍術を教えるが、大抵それは結界術や、医療が多く、他人を攻撃するためのものは少ない。要するに一族の者を“守る”ための術が多いのだ。

 外へと出られるのは、蒼一族の中で強い数人だけと決まっている。14になれば、その一族内で強さの順列を決める戦いに出ることが出来る。だがそれは毎年暇な冬の少し前にあり、はその戦いに出ぬままにこんな事態になってしまった。





「戦いは、楽しい?辛い?」

「さぁな。だが、俺達は一族を守るために、戦わねばならない。」





 マダラの言葉には一片の迷いもなかった。





「蒼一族みたいに、戦わないようには、生きられないの?」





 は不思議で仕方がなくて、思わずマダラに尋ねた。

 穏やかな蒼一族の暮らしは、確かにこじんまりしているが、悪い物では無い。自給自足、誰にも迷惑をかけず、一族の幸せだけを考えて生きている。





「…それは無理だ。誰もが蒼一族のように不思議な力を持っているわけではない。」




 蒼一族がそうやって予言の力と些細な情報以外は自給自足で生きていけるのは、その希少な能力故だ。彼らは自分たちの能力を上手な形で運用し、保持しながら中立を保っている。しかし、うちは一族は元々戦いに優れた一族であり、戦うことでしか金を得られない。





「そっか。確かに、みんながいろいろなことがわかるわけじゃ、ないのか。」




 にとっては、それは初めての視点だった。

 蒼一族でももちろん予言の力の強いもの、弱いものがいる。例えば当主での弟である萩は非常に強い力を持っている。予言に付随する妹の愁はかなり特殊な力を持っている。しかし人によって差はあれど大抵のものが70%から90%当たる勘を持つため、基本取引はしないし、嘘もつかない。冗談としてはあっても、本気の嘘など一発で分かるので、ついても無駄なのだ。

 会話も当たり前のようにそれに応じて話す。勘は蒼一族にとっては根拠と同じくらいの意味を持つ。ほとんど外れないのだから当然だ。

 しかしそれは外の世界では酷く特殊なことなのかも知れない。




「蒼一族みたいに、戦わないで、お金を稼いでる一族って、あるの?」

「ないな。おまえらみたいな能力が早早いるなら、おまえらの一族の商売は成り立たない。」

「みんな、戦ってるの?」

「当然だ。でなければ俺達は生存権を確保できない。諸手を挙げて降参なんてしても、相手は攻撃してくる。」




 マダラの話は非常に的を射ていたが、平和な蒼一族の中で育ってきたには想像も出来ない。

 金をもらって戦い、その成果によってお金をもらうなど。しかし、蒼一族のような形で世界から隔絶されている一族がないのならば、それが世の常なのだ。





「だからこそ、俺達はおまえを捕まえた訳なんだがな。」




 マダラはにそう言って、大きなため息をついた。





「黙って、手伝いなんてしてくれない、な。」





 彼も言いながら望み薄であることは分かっているらしい。

 何となくだが、マダラが悪い人でないことはには分かっていた。イズナが彼を兄として敬愛しているのを見れば分かる。彼は身内に非常に優しい人で、だからこそ戦っているのだろう。またこうしてを見に来るのも、他の人間に虐待を受けていないかと心配しているのだ。

 もしかすると結局の所役に立たない蒼一族のを安易に捕らえてきてしまったことにも、後悔しているのかも知れない。労力をかけ、挙げ句の果て幻術で操れない上、情報という重要なものを欺かれてはどうしようもないので無理矢理使うことも出来ない。とは言ってももう後の祭りなのだが。





「切羽詰まるものが、あるの?」




 思わず、マダラにはそう問うてしまった。彼は言葉を失ったが、彼の表情だけでにはすぐに分かった。そうなのだ。彼には切羽詰まる事情があり、だからこそ蒼一族を攫うようなまねをした。




「…何もうまくいかないよ。」




 は思わず目尻を下げる。





「そのままでは、何もうまくいかない。」




 萩のようにの予言の力は強い物では無いため、すべてが見えるわけではない。だが“なんとなく”はわかる。

 未来というのは一つではない。

 未来とは選択の連続の元に出来ているものであり、人の精神性や性格が変われば未来もそれに応じて変わることもある。だからには分かるのはこのまま走り続ければどうなるか、それが良い向きなのか、悪い向きなのかだけだ。

 それでも、わかる。

 程度の力では何が悪いのかは分からない。けれど彼がこのまま何も変わらず走っていけばあまりうまくいかないことが、既にには見えていた。







凍り付いた鼓膜