予言なんて気にしても仕方がないという、その一言に尽きるのかも知れない。

 しかも蒼一族とはいえあんなのんびりしていていかにもお嬢さんと言った何も知らない小娘の予言にどれほどの説得力があるのかは分からない。だが、彼女の言葉がマダラの心の琴線に引っかかっているのは事実だった。





 ――――――――――そのままでは、何もうまくいかない




 その言葉の意味が、よくわからない。“そのまま”とは今の自分ではと言うことなのか、選択を変えろと言うことなのか、それとも彼女の処遇のことに関してなのか、詳しく問い詰めても良いのかも知れないが、それ自体も恐ろしくて、結局聞けないままでマダラは悩んでいた。





「どうしたんだよ。兄さん。ぼんやりして。」




 イズナは黙り込んで考え事をしているマダラの顔を心配そうにのぞき込む。




「いや、」

のこと?」

「…」

「やっぱり、あの子この間さ。アスカに予言したんだって。」

「予言?」






 マダラは聞いたことの無い話しに、首を傾げる。

 アスカはの所に監視に行っていた男の一人で、彼女と何度か親しそうに話していたのを見たことがある。あまり他の一族の者と触れあったことがないくせに、は随分と社交的な性格をしており、嫌な顔をされてもめげずに話しかけていく。

 また彼女自身外の世界に興味があるらしく、戦況なども尋ねることがあるとは聞いていた。




「アスカ、こないだ大怪我したんだ。その前日に、、行かない方が良いって言い張ったんだ。」




 イズナは興奮気味に早口で話す。

 アスカが大怪我をしたという話は既にマダラも聞いていた 当然だが、は次の日アスカが自分の監視の任務に就かないことも、戦いに出向くことも知らなかったはずだ。なのに危ないからと止めたのだと言う。その予言を無視してアスカは大怪我をしたと言うことだ。




「多分、俺達が結構頑張ったのに、蒼一族が一人しかつかまらなかったのは、仕方ないことなのかもね。」




 マダラとイズナという二人の手練れ派遣して蒼一族を捕まえにかかった割には、一人しかつかまらなかった。それはある程度蒼一族側も予言によって急襲者がいることを予想していたからかも知れない。ただ、実力のある二人が来てあそこまでやるとは思っていなかっただけで。





「なるほどな。これで予言の性質が二つ分かるな。」




 マダラは腕を組み、イズナを見る。





「要するに、予言は変わる可能性があると言うことだ。だが、それは実力の違いを超えられる物では無い。」





 アスカが怪我をしたというそれは、の予言を聞いて出かけなければ回避出来たはずだ。要するにの予言には回避するチャンスが常に与えられていると言うことが分かる。の話からどうやらはかなり多くのことを“何となく”で把握していることはわかっている。

 そしてもう一つは、実力を超える回避は出来ないと言うことだ。

 の纏う雰囲気や言動から蒼一族においては予言や勘を根拠にものを話すのは普通のようだ。要するに予言者は一人ではなくほぼ全員がそれだと考えて間違えない。だから彼女は予言や勘を説明しないし、客観的な根拠も必要としない。

 だからこそ、おそらく蒼一族はうちは一族とまでは分からなくても、誰かが急襲することは分かっていただろう。そう言ったそぶりは確かにあり、結界も数日以内に強化された形跡があった。それでも防げなかったのは、マダラとイズナの実力が、蒼一族が結界で防衛できるレベルを超していたからだ。




「置いておいても、役に立つじゃないか。」




 穏やかな性格のせいか、は既に何人かのうちは一族の者と仲良くするようになっている。逃げ出すことにさえ気を遣っていれば、彼女は勝手にうちは一族の者にある程度の予言を与えてくれるかも知れない。もちろん表向きに大人数を見せれば怪しむだろうが、自分と関わるレベルならば、彼女も怪しまないだろう。





「蒼一族は何かアクションを起こしてきてる?」





 イズナは少し不安そうに尋ねる。




「いや?まったくだ。しかし、忍を雇う気があるらしい。」





 結界を張り直し、穴を隠した状態で全くと言って良いほど出てこない。だが、蒼一族が住まう結界の周りを、別の忍の一族が行き来し始めている。蒼一族は結界の中で自給自足の生活を送り、二度しか外に出てこないが、その予言の能力で莫大な隠し財産を持っていると言われている。

 それを放出して他の忍の一族を雇っても全くおかしくはない。





「気をつけてみておかないとね。」

「あぁ。仲良くなれば、こちらの内情も漏れると言うことだからな。それにあいつには遠目がある。」





 どのくらいの遠目が出来るのかもちろんマダラは正確には知らないが、遠目の力がある限り、彼女はあの座敷に閉じこもっていても十分うちは一族の状態を把握できる。どういう動きをするかぐらいは分かるはずだ。

 の実力は明確には分からない。マダラとイズナが捕らえた時の彼女の動きから推察するに、彼女は攻撃にそれ程大きな手を持たない。それは彼女がマダラとイズナを視認できても攻撃を放たなかったことから推察される。

 しかし多重結界はすばらしいものであり、口寄せされた犬の足を止めるためだったとは言え、マダラの火遁を防ぎきって見せたのは驚いた。また、マダラとイズナの近距離からの攻撃も多重結界で防ぎ、彼女自身はつかまったが年下の二人を逃がすだけの時間を作ったことは、賞賛に値する。

 死を目前にして何人も二人相手に時間を稼ごうとした奴はいるが、マダラ、イズナの両者を5秒でも止めるのは難しい。なのに、彼女はただの多重結界で3分は防いだ。




「ただ、逃げるかな。だってあの子、わかるんでしょ?」




 イズナは根本的に彼女が逃げるという選択をするかどうかが、わからなかった。

 予言の力が本当なら彼女にはある程度勝算が分かっているはずだ。実力差、状況も含めた上で、成功できる線を探ってくるのは間違いない。




「ここうちはのど真ん中だよ。」




 もちろん蒼一族のものほど精度の良い結界ではないが、外には結界も貼られているし、うちは一族だらけだ。それらをすべて避けて、逃げられる実力が遠目の能力を持っていたとしても、あるのだろうか。




「油断は禁物だ。監視役がやられるとは思いたくはないが。」





 うちは一族は手練れ揃いだ。

 しかし情報という有利な部分はすべて彼女に握られているので、油断は出来ない。ましてやあのつかみ所のない少女だ。自分たちに敵意は全くないだろうが、どう出てくるのかマダラでも予想できない。一度も戦ったことのない一族でもあるので、対策も全くない。隠し球が他にあってもおかしくないのだから、監視は必要だろう。




「でも変わった子だよね。あんなふわふわしてて、よく生きていけるな。」




 イズナもマダラも生まれてある程度の年になれば常に戦いの中に身を置いてきた。

 今はいくつもの大名、一族が分立し、忍を使って戦う時代だ。どの一族も戦いによって成り立っている。なのに蒼一族だけがあの予言の力によって中立を保ち、戦いに巻き込まれることなく少数の一族のメンバーだけを守り、孤立しながらも堅実に生きている。

 だからこそ、彼女も14歳にもなって争いを体験したこともない。イズナの言うとおり、“ふわふわ”で生きていけるのだ。




「確かに、俺たちが攫ったと言う事実自体、分かっているのか、いないのか。」




 攫った相手に全く敵意を向けないあの態度には、マダラも驚いた。

 おそらく彼女自身他人から酷い扱いをされたこともなければ、人に嫌悪や憎しみを向けたことがないのだろう。要するにイズナの言うとおり“ふわふわ”生きてきたおかげの産物と言うことだ。





「後腐れがなくて、良いが、少し可哀想だったな。」




 おそらく彼女はよほどマダラが酷いことを強制しない限り、マダラやイズナを憎むこともないし、報復もしないだろう。争いを知らない彼女をとっとと蒼一族に返してやりたいと個人的には思ってしまう。だが、現状としてそれは無理だった。

 蒼一族とうちは一族の関係が悪化した以上、何があるか分からない。蒼一族が忍を雇い始めているという状況を考えれば、彼女をすぐに殺してしまうことも、すぐに帰してしまうことも危険だった。

 簡単に片付く問題ではないのだ。





「大変です!」





 慌てた様子で怪我人で、先日腕を骨折し、首の骨にまで大怪我を負ったアスカが、首にギプスを巻いた状態で、慌てた様子で部屋に滑り込んでくる。




「なんだ?」





 マダラはアスカの状態に哀れみすら覚えたが、冷静に尋ねた。しかし、次の言葉に目を丸くして、立ち上がった。




「蒼が逃げました!」




君を憎み、君に焦がれる