冬に入れば自然と戦争も減り、自動的に部屋にいるのだから、マダラの部屋に軟禁されていると会う機会は一気に増えた。

 もちろんそれは冬の間だけで、春になれば、戦いが始まる。そうなれば簡単には帰れなくなるので、彼女に構っている暇などなくなるのだろうが、彼女といるのはそれ程悪い感じではなかった。ものを知らない彼女はだからこそ何かを決めつけることがない。

 マダラに理想像も何も求めない、その曖昧な雰囲気が好ましかった。

 もちろんうちは一族の中には一部とは言え、彼女を殺してしまえと言う人間はいる。だが、それはやはり彼女の希少な血筋を思えば少しであり、黙殺できる程度だった。





「これは、なあに?」




 目の前に置かれた雑煮を見て、は大きな紺色の瞳を瞬かせる。

 正月の雑煮だ。うちは一族では白味噌を使い、昆布でだしを取って作るのが一般的だ。中には山芋や人参、餅が入っている。毎年これだし、正月の定番だったが、は不思議なのかじぃっとそれを眺めていた。





の所は違うの?」




 イズナは興味があるのか、尋ねる。




「ちがうよ。だしはかしわで作るんだ。それに野菜も水菜とか、白菜とか入れる。」

「かしわ?」

「鶏肉だよ。」

「味噌は入れないのか?」

「うん。おすましだよ。」






 にとっては、うちは一族のすましの方が不思議らしい。おそるおそる箸をつける様が真剣そのもので、マダラは思わず笑ってしまった。





「どうだ?」

「うーん。白いお味噌って少し甘いんだね。でも、おいしいかも。」




 はだしをすすって食べられると思ったらしく、一つ頷く。

 蒼一族がお金を持っていないことはないだろうが、随分と質素な暮らしを心がけているらしい。基本的に結界の外に出ないのが前提だから、自給自足を旨としているからだろう。そのため、今ではうちは一族がほとんど食べなくなったどんぐりや猪などもよく食べるらしい。ただ肉自体は捕らえられることが少ないので、口にすることは頻繁には無いと言っていた。

 はうちは一族に来てそろそろ2ヶ月になるが、それなりに目の前の文化の違いを楽しんでいる。生活様式や食べ物はかなり違うらしい。珍しい食べ物を食べたくないというのはにはないらしく、言われれば必ず味見をしてみたし、基本的に彼女は大きな好き嫌いはないらしかった。

 そういう風に親にしつけられたらしい。

 ただあまり好まない食べ物というのはあるらしく、イズナがうどんに大量の辛子をかけていた時はすごい顔をしていた。




「あつつ、」




 餅に苦戦しているを見ながらマダラは思わず目尻を下げる。

 こうしてみると彼女は普通の14歳の少女だ。否、数えでは正月を跨いだのだから15歳になったのだろう。この少女の処遇はまだ決まっていない。だが、マダラは何となくこのままでも良いかと思っていた。彼女を部屋に置いていると警戒してか、マダラに鬱陶しくつきまとっていた女達も来なくなった。

 それに彼女が持つ雰囲気はマダラの好むところであり、何か落ち着いた。






って本当変だよね。」






 イズナもそれは同じらしく、マダラの部屋に良く出入りするようになっていた。最近は真剣な面持ちで二人でトランプという舶来もののゲームでタワーを作るなど、日頃なら絶対にやらない子どものような変なこともやっている。

 は不思議な少女だ。

 嘘をほとんど見抜くため、言葉を飾っても意味がない。どうしても彼女とは本音で話すしかない。また取り繕ってもそれに気がつくので、性格を取り繕うことも面倒になってやめた。結果的にマダラもイズナも彼女の前では年相応の青年でいられた。





「そういやさ、蒼一族って、結婚って一族の中でするの?」





 イズナが雑煮をすすりながら尋ねる。





「うん。そうだよ。」

「でも人数そんなにいないんだろ?」






 実際の人数は結界の中にいるため分からないが、多くても40人前後と推測されている。一族の規模としてはあまりに小さい。子供も大人もいるだろうが、どうやって結婚するのかは確かに疑問だ。外部から娶るという手も確かにあるが、そう言った形跡はなかった。





「うん。だから近親婚が普通。兄妹でも結婚するよ。」

「ええええ!」

「?」






 イズナが驚いた意味がわからないのか、は小首を傾げる。

 本当に分かっていないらしい。一般的には近親婚はタブーとされている。ましてや兄姉と言われればなおさらだ。うちは一族でも同族婚は多いが、それでも従弟同士までである。





「わたしの髪も眼もみんな劣性遺伝だから。」




 は何のことはないというように、さらりと言った。

 要するに他の一族と通婚した場合、蒼一族としての特徴を失うと言うことだ。もしかするとその希少な眼すらも失うのかも知れない。だから近親婚をしてでも血を守ろうとするのだ。





「だからわたしたちは消えゆく一族って、みんな言ってる。」




 蒼一族は今こそ良いが、将来的には淘汰され、消えていく。

 それは、蒼一族の中でも自覚のあることなのだ。だからこそ争いごとを望まず、結界の中に引きこもっているのかも知れない。自分たちに力がないことも、そして争いの犠牲者を容認するだけの人数がいないことも承知しているのだ。





「100年後には、少なくともこの髪の毛の子どもはいなくなるよ。」





 蒼一族の証である珍しい紺色の瞳と髪。その子どもはあと100年もたち、混血すれば消えてゆくだろう。結界の中で生活をし、他の一族と交わらずに生きているのは、一族の血を守るためでもあるのだ。




「おまえは弟がいると言っていたな。ならおまえは弟と結婚するのか?」





 マダラは不思議と気になって尋ねる。

 彼女は前に4つほど年下の弟がいると言っていた。彼女の話が正しければ、そういう可能性もなくは無いと言うことになる。





「うぅん。それに結婚するなら妹の方が弟と年近いから。でも、大体相手は予想できるかも。」





 妹の方が、弟に年が近いと言うことなのだろう。

 だが彼女の発言から窺うに、やはり彼女は兄姉で結婚すると言うこと自体に抵抗はないらしい。それは彼女の一族の常識がそうなっているからだろう。また、人数の少ない一族であるから、年の頃の近さから相手が大体予想できるのだ。

 マダラは思わず彼女の答えに眉を寄せた。

 幼なじみとは言え、同族だからと言う理由だけでそんなに簡単に結婚などと考えられるものなのだろうか。少なくともマダラは考えられない。





「おまえは、それで良いのか?」

「良くは、ないけど。相手いないし。」

「候補者って何人くらいいるの?」

「二人くらい?」





 は何でもないことのように語る。

 まさに二者択一という奴だ。彼女はまだ14歳とはいえ、この時代14歳にもなれば徐々に結婚を考える時期だ。親も縁談を考える。彼女の親は既に亡くなっていると聞くが、結婚はそう未来のことではないだろう。

 もちろんマダラも今は断っているが、結婚を勧められる時期に来ている。男は女ほど早くはないが、この時代の常識から考えればマダラは十分に子供がいてもおかしくない年にさしかかっていた。それはイズナも同じである。

 うちは一族の中の女になる可能性が高かったが、全くぴんと来ない。





「まぁ、生きて帰れたらの話だけど。」




 はけろっとした様子で答えた。一度は死を覚悟しただけのことはあって、まったくぶれない言い方だった。

 何となくだが、マダラにはその期待をが諦めているような気がした。





「別に俺はおまえを取って食う気はないぞ。」





 平気で生と死を口に出す彼女に、マダラは素っ気なく返す。






「ありがとう。」






 柔らかには笑って雑煮をすすった。それはどこにでもある、優しい家族と穏やかな日々の残滓のように温かかった。



今も胸に木霊する、