蒼一族がうちはのマダラを相手に会合を申し込んできたのは、マダラが大怪我をした一ヶ月ほど後のことだった。

 護衛と二人という約束だったので、マダラとイズナが会いに行くと、そこにいたのは憎い千手一族の頭領柱間の弟である扉間と、小柄な子どもだった。

 年の頃は10歳ぐらいだろう。さらさらのまっすぐの紺色の髪は中途半端な長さで、ぱっと見、男なのか女なのかすら分からないが、羽織袴であるところから、男なのだろう。顔立ちは小作りで整っていたが、瞳が非常に大きい。




「こんにちは。初めまして、ぼくは蒼萩。蒼一族の当主。」




 淡々とした憎しみも、悲しみもない口調で、萩と少年は名乗った。

 蒼一族の当主がこんなに小さな少年であること自体にももちろん驚きを隠せなかったが、何より彼の容姿はにそっくりだった。





「彼は今回僕の護衛を担当してもらうことと、今後の話し合いのために雇った。あなたたちとの話し合いは、安全ではないかもしれないから。」





 先にマダラやイズナの警戒を解くように萩は後ろにいる扉間を示して説明した。

 どうやら蒼一族の手練れでは心許ない上、うちは一族を相手にするためにわざわざ競合する千手の一族を雇ったらしい。誰かの入れ知恵なのか、それともと同じく恐ろしい勘と予言の力を持つであろうこの少年自身が考えたことなのかは判別がつかない。しかしどちらにしろ子どもと侮らない方が良いと言うことは分かった。

 マダラはその少年の顔を睨み付ける。だが彼もやはりと同じで別段気にすることなく口を開いた。




「あなたが結構あくどいのは知ってるんだ。」




 弾む声音は子どもらしいが、内容が全く子どもに似つかわしくない。





「まず最初に、確認を一つ、姉は生きてる?」

「なに?」

「あぁ、そう。生きてるんだ。」




 ちっとも人の話を聞かなくても雰囲気だけでイエスとノーの答えが分かるのも、と一緒らしい。マダラは思わず話しにくさに眉を寄せた。はのんびり話すが、萩はどちらかというと早口で、口を差し挟む余地がない。




「姉、だと?」




 マダラは萩の口から出てきた言葉を問い返す。

 萩は先ほど自分が当主だと言った。幼いながらも自分でこの会合に出てきたと言うことは取引の材料があるからだ。そしてこの場で当主を偽ってはならない。ましてやなめられるかも知れない幼い当主をわざわざ出してくる意義はないので、彼は“本物”なのだろう。

 ならば、は。




「うん。前の当主の娘で、ぼくの姉。」




 隠すことなく、萩は笑いながらさらりと言う。

 少年の容姿が酷くに似ているわけである。笑うさりげない仕草も似ていた。は確かに弟妹がいると言っていた。彼女の話と合致するし、ならば彼はもしかすると自分が彼女を捕まえた時に彼女が逃した年下の子ども達の一人なのかも知れない。




「よかったよー。死んじゃってたらそもそも取引をする意味なんてなくて、とんぼ返りしなくちゃいけなかったからね。」

「萩、」





 隣から扉間が渋い顔で名を呼ぶ。話が脱線していると言いたいらしい。また扉間としても依頼とはいえ、宿敵と同じ場所で長くいたいとは思えないようだ。イズナもそれは同じ心地のようで、嫌そうな顔で彼らを睨んでいた。





「うん。わかってるよ。」





 萩は子どもっぽく頬を膨らませ、ひらひらと手で扉間の方を扇いでから、もう一度マダラを見上げた。






「姉を帰して欲しいな。」

「嫌だと言ったら?」

「どうせ使えないんだろ?」





 萩の言葉は、彼が蒼一族の本質を正確に理解していることを示していた。

 幻術も何も聞かない。操ることは出来ないし、情報という真偽を計ることのたやすくないものを引き出すと言うことを考えれば拷問などは全く無意味だ。嘘の情報を伝えられれば、うちは一族の方が損害を受ける。もてあましているんだろうと問うているのだ。

 だが、マダラは唇の端をつり上げた。





「わかっていないのはおまえの方だ。おまえらはおまえらが思う以上に特別だ。」





 蒼一族の中だけで育ってきている彼らはその予言も明らかに当たりすぎる勘も特別であると本質的に理解していない。ましてやマダラを治した医療忍術を見れば、飼っておくだけでも損にはならない。彼女はお人好しで、人が目の前で死ねば手を貸すだろう。




「ふぅん。どこが?」




 萩は心から不思議そうにマダラへと問い返した。

 マダラは一瞬何を聞かれたのかが分からなかったが、イズナと扉間を含め、場の空気が凍り付いたのは言うまでもない。





「萩!奴は敵だぞ!」





 扉間が慌てて叫んで萩を制するが、萩は悪気も全くなく首を傾げる。





「だってわからないんだもん。」





 確かに萩の言うことには一理あったが、誰がそんなことをむざむざ教えるのだろうか。素直に聞けるその性格の方が信じられないが、子ども故のものなのかも知れない。何やら酷く他人の調子を狂わせる子どもなのは確かだった。





「返さないなら、情報を千手に漏らすって言っても?」






 萩は子どもっぽい意地悪い笑みを浮かべて、言う。

 情報はおそらく結界を破った時に漏らしたものだろう。どの程度のものだったのか正直マダラには見当がつかないが、ここは強気に出るしかない。





「やるならを殺すだけだ。」

「強気だねぇ。でも蒼一族の掟では結界から出たものは死んだ扱いだ。だから個人的に最後通牒に来てるんだけどな。」





 要するに蒼一族の掟としては既には死んだことになっているため、見捨てるのが習わしらしい。幼いとは言え一族のためになら姉を切り捨てるのは当然だと言えたが、最後通牒という言葉にマダラは眉間に皺を寄せる。




「それに返したとして情報を漏らさないという保証はない。」




 その情報がどういった媒介であるか分からない以上、口だけの約束などいくらでも嘘がつける。情報を漏らして欲しくなかったらを返せと言うが、を返したからと言ってその情報の受け渡しは曖昧すぎる。この状況では一方的な取引になる。

 まったく受け入れる余地はなかった。





「あはは、あなた賢いね−。」





 萩はぽんと手を叩いて感心した様子を見せたが、隣から柱間が萩を睨む。




「まぁ、望み薄なのはわかってたけど、ぼくらは“視ないと”いけないからね。だからうちは一族の頭領のあなたに会ってみたかった。」




 勘は重要だが直接見ないと分からないこともやはりある。それはその本人の将来だ。萩はの誘拐の一件がうちはによるものだと分かった途端、千手に連絡した。どのみち結界が得意の蒼一族では戦いにおいてうちは一族には敵いっこない。千手の頭領がどんな人物かを理解した上で、反対側に位置するうちはマダラを確認しに来たのだ。





「会った上で決めたよ。あなたに託す未来はない。」

「なんだと?」





 マダラはその紺色の瞳をした少年に戸惑いと怒りをぶつける。だがやはり萩は明るく笑ったが淡々としていた。





「千手が他の一族を集めて、里を作ろうとしているのは知ってるよね。ぼくらはその手を取ろうと思ってる。それに未来を感じるから。」





 長らく蒼一族が続けていた中立を、萩は破ると言っているのだ。それは大きな歴史の変換点でもあり、里という組織で他の一族を駆逐すると言うことにもなる。戦国の世がまとまりつつあると言うことなのかも知れない。





「どっちかわかんないから言っておくけど、もしも彼女が死ぬならその前に伝えて欲しい。」





 萩は静かに一度目を閉じ、先ほどのふざけた様子を全くなくし、まっすぐと同じ瞳でマダラを見る。





「あなたは最高の姉だった。あなたの死は絶対に無駄にしたりしない。」





 その目にはマダラへの憎しみはなかったが、大きな悲しみと純粋な殺意は透けて見えた。仮に戦うことになれば、彼は本気でマダラを殺しに来るだろう。自分の一族を守るために。

 彼がが守ろうとしたものなのかと、マダラは目を伏せるしかなかった。



空っぽの封筒