遠出から帰ってきたマダラは何やら元気がない。

 は寝転がりながら布団の上から、彼の顔を見上げる。精悍で比較的整った、大人の顔をしている。年の頃も多分二十歳は優に超しているだろうから、より10近く年上と言うことになる。逃げられては困るからと、彼は基本的にの見張りもかねて共に生活している。と言うより彼の部屋がここなのだ。

 部屋の唯一の灯りである小さな蝋燭がゆらゆらと揺れている。もうそろそろ眠る時間だ。

 疲れているのかなと、じっとその奥にある感情まで見通すようにじっくり見ると、居心地が悪かったのだろう、睨まれた。




「酷い、何も言ってないのに。」

「目は口ほどにものを言うと言うぞ。」




 マダラは淡々とした声音で返したが、ふとを見下ろして考えるようなそぶりを見せた。




「おまえ、前に俺に言ったことを覚えているか?」

「…何か言ったっけ?」

「外で寝るか?」

「やだけど。」




 は彼を見上げる。流石に春だとは言え、外で寝るにはまだ寒い。

 本当に記憶にない。と言うか、ここ数ヶ月普通の会話もたくさんしているので、言ったことが沢山ありすぎて何が特別だった顔も出さない。とはいえ、彼はあまり話す方ではないので、一方的にが日々あったことを話していることが多いが。




「会った頃、おまえ、言っただろう、俺に、そのままでは、何もうまくいかない。って。」





 マダラはの隣に敷かれた布団に座り、あぐらを君でを見る。仕方なくも身を越して、彼を見上げた。





「あれはどういう意味だ?おまえはどこまで分かる。」




 探るような視線には少し考える。





「別に、深い意味はないけど。」




 達の“わかる”はふんわりとしたものだ。何となくあっちに行ったら危ないなといった感じのものだ。だから言葉以上の意味はない。





「そうか…」





 マダラは小さくため息をつく。どうやら予言が気になっているらしい。





「弟なら、分かると思うけど。」

「何?」

「弟はよく見える子なの。蒼一族もやっぱり向き不向きがあるから。」





 は言ってしまえば蒼一族の中では“少しよく見える子”だ。妹は“見えない”方だが、特殊な力がある。しかし弟の萩は蒼一族の中で一番見える子どもだった。父もかなり期待をかけていたし、がはっきり分からないことも、弟ならば見えるだろう。

 だがマダラはが弟の話を口にした途端に空気を変えた。





「…え、どうしたの?」





 は訳が分からず、何かまずい話しをしただろうかと首を傾げる。




「おまえの弟に会った、」




 マダラはに隠しごとをしても無駄だと思ったのだろう。口を開く。





「どこで!」




 思わず身を乗り出すように、は尋ねてしまっていた。

 自分がうちは一族に攫われた後、幼い萩と愁は一体どうしたのだろうか。長老達に虐められていないだろうか。あの神社をきちんと管理しているだろうか。ご飯を食べているだろうか。ちゃんと生きているのだろうか。

 当たり前の、胸に押さえつけていた疑問が噴出する。





「会合を申し込んできて、イズナと一緒に会った。」

「元気だった?」

「あぁ。」

「そう。良かった。」






 マダラの目からそう見えたのなら、萩は大丈夫だろう。あの子は基本的にすぐに顔に出る子だから、敵であっても体調が悪ければ隠すことはない。





「千手扉間と共に、外に出てきていた。」

「え?」





 言われている意味が分からずは思わず聞き返してしまった。

 彼の言っているのは、結界の外と言うことだろう。萩が蒼一族の結界の外に出て、マダラにわざわざ会いに来た。その上、うちは一族の敵である、千手の人間と一緒にいると言うことはどういうことなのだろうか。




「千手と、手を組むそうだ。」






 マダラの吐き捨てるような言葉が響く。

 千手の一族と手を組むと言うことは、蒼一族は今まで常に胸としてきた中立を破り、千手一族に協力すると言うことになる。それはうちは一族にとっては恐ろしい情報だろう。また前にマダラが怪我をした時も別の一族が千手一族に協力し始めたと言っていた。

 どうやら、うちは一族にとってあまり良い方向に動き出してはいない。




「…」





 にはなんと声をかけて良いか分からない。だが、次の瞬間、マダラによって首を掴まれ、は畳に引きずり倒される。





「かっ、」





 大きな手がの首筋を押さえこむ。徐々に喉への圧迫感が増していき、呼吸がうまく出来ない。苦しさのあまり彼の顔を見上げて、驚いた。

 彼の方がずっと苦しそうな顔でを見ていたから。




「おまえ一人殺しても何も変わらない。」




 彼が泣きそうな声でそう言って、すぐに手を離し、目尻を押さえて、布団の上に座り込んだ。は咳き込んだし、喉は酷く痛んだが、何とか身を起こして彼を見る。

 確かに彼の言うとおり、が死んだとしても何も変わらない。

 彼が望んでいるのはおそらく千手に勝てるような才能であり、このうちは一族を守るための力だ。しかし誰もそれらを彼に与えてやることは出来ない。この事態を打開するためには彼自身が変わらなければならない。




「変わることは、悪いことじゃないよ。」




 は膝だちで、マダラの方へと行き妹や弟に言うように、そっとマダラの頭を撫でる。




「おまえに何がわかる。」

「わからないよ。なにも。」




 何もわからない。には何も分かるはずがない。

 父の傍にいたとは言え、一族を率いたことは一度もないし、一族の行く末を案じる彼の気持ちは分からない。ただ彼に従い、思いを託している人々の気持ちは分かる。




「でもね、きっと、あなたに従う人たちは後悔してないよ。」





 は、弟のために、蒼一族のためにこの命がなくなったとしても後悔しないと言い切れる。それと同じように、彼に続く人々も彼について行ったことを後悔しないはずだ。どういった形で終わりを迎えたとしても。




「何が、あって」




 何があっても、そう言おうとした途端、力強い腕に抱き寄せられ、は続く言葉を失った。

 胸元に彼の頭があって、縋り付くように腰の少し上にある腕の力は強い。はそっと彼の頭を包み込むように抱きしめた。

 一族を率いていく重みは、きっと想像を絶するものだろう。

 間違えてはいけない。そう思えば選択に慎重になる。不安になる。殺すことも生かすことも選択しなければならないのはマダラで、彼にすべての責任が降りかかると思えば、その重責に耐えられるマダラはとても強い。

 でも、折れてしまそうになる日があたって、おかしくはないのだ。

 ましてや厳しい状況になればなる程、求められる責任や間違えたときの代償も大きい。それはすべて彼の責任として消化されていくのだから、




「わたしたちの言葉は、言霊として世界に残るんだって。」




 は具体的な希望は何も言えない、何も言えないけれど、口にすることは大事だと教えられてきた。だから、マダラのための言葉を紡ごうと思う。




「きっと打開策が見つかるよ。」




 その言葉に、ふとマダラが顔を上げた。

 ばつの悪そうな漆黒の瞳がこちらを窺うように見ている。それが何やら悪いことをした後、怒られて謝りに来た弟のようで、は小さく笑ってしまった。








荒野で君を見失った