萩の宣告通り、秋に入る前に、中立を保ち続けていた蒼一族が全員結界から出て千手一族と手を組んだらしいと知らされたマダラは、ため息をつくしかなかった。蒼一族の希少な能力は昔から有名で、彼らと千手が手を取ったというニュースは衝撃的だった。
相手が増えると言うことであり、うちは一族にとって戦局は厳しくなる一方で打開策も全く見つからなかった。
しかも今までうちは一族は同盟や休戦ということ自体を考えたことがなかった。
「蒼が、手を組むか。厄介になるな。」
イズナも渋い顔で腕を組む。
遠目の能力を持つ蒼一族が千手一族の味方になったのならば、うちは一族の居所がばれるのも時間の問題だ。本気で千手一族がつぶしにかかってこれば、イズナやマダラの単独の強さではどうにも出来なくなる。
「あの小娘は使えんのか。」
年老いた男がぼそりと言う。
「無理だ。幻術がきかない。操ることができない限り、情報を得るという質から彼女を信用するわけにはいかない。」
マダラは冷静に返したが、僅かにが話題に上ったことに憤りを感じていた。
確かに彼女が協力してくれればうちは一族とて助かるし、それなりに対策を立てることも出来るだろうが、それをすれば今までの関係も崩れる。どちらにしても幻術がきかない限り無理矢理言うことを聞かせて情報を改ざんされても困る。
「人質としての価値は?」
「…一応あるが、千手と手を組んだ限りは覚悟はしているはずだ。」
マダラが萩と会った時に感じた印象では、当主である萩は姉の生存を願ってはいるが、一族を犠牲にしてまで取りに来るとは思えなかった。彼は幼いが賢い。姉の意図を理解しているし、人質交換といっても、相手からもらうものに意味がある。
正直今のところは相手の蒼一族から何をもらえば良いのか、彼女を何と交換にするのかが見当もつかなかった。予言の情報は確かに欲しいが、対処策がなければ意味がないとの予言から分かっている。それを指定することは出来ないし、千手と手を組むと決めた限り、蒼一族も簡単にはそれを翻すこともないだろう。
「じゃあどうするんだ!」
年寄りのヒステリーか、男は恐怖と絶望にまみれた眼で叫んだ。
どうするなんてことは、マダラの方が聞きたい。相手が集団化してきている現状で打てる手など、ほとんどないのだ。迎撃態勢を整えるくらいのものである。ましてやこちらにある交渉のカードは幼い蒼一族の小娘一人。当主の姉だったとしても、その程度の価値しかない。
「そうだ。あの小娘を手込めにすれば良い。」
言ったのは、恐怖に駆られていた年老いた男だった。
「何?」
「あの小娘は蒼一族の娘だ。それが裏切ってうちは一族のものになったと知れば、慎重な態度に出てくるだろう。」
男の仮定はあながち外れではない。
遠目の眼を持つがうちは一族の誰かと結婚し、協力していると相手に思わせれば確かに状況確認のために、一時時間を稼げるだろう。特に蒼一族は基本的に結界から出た人間は死んだと発表しているから、生き残っており、しかもうちは一族に利用されているとなれば、千手も対応に苦慮するはずだ。
「おまえが娶れば良い。蒼一族の娘であればなんら不釣り合いはない」
男は頭領であるマダラに目を向けた。マダラはぴくりと眉を動かして、肘置きに肘をついて顎を置いた。
「しかし、そんなものは所詮一時しのぎだ。」
「一時しのぎでも時間が稼げないよりはましだろう。」
別の男が冷静な口調で言う。
「それともあの餓鬼に情でも移したか?」
嘲るように先ほどまでヒステリーを起こしていた年老いた男が、軽蔑の眼差しをマダラに向ける。
「誰があんな小娘に。」
マダラは言いながら、男を殺したい衝動に駆られた。
ふざけたことを言うなとそう思いながらも、どこか心の中では男達のその選択の方がうちは一族にとっては妥当なのではないかと叫ぶ声があった。情を移しているからこそ、今この状況に反対しているのではないかと。
情に流されるなど、うちは一族の頭領としてあるまじき行為だ。
「小娘、確かに年は離れているな。」
男は困ったように言って、一度イズナを見たが、彼もまたと年があわないことに気がついたのだろう。男たちはおそらく、がいくつかなど聞いたことは無いから、あの童顔故に12,3歳と判断しているのだ。は数えで15歳だが。
「あの小娘、殺した方が良いんじゃ無いか。何か情報が漏れているのかも。」
「漏れているならもうとっくに俺達は襲われてる。冷静に考えろ。」
苛立ちと不安が募っているから、おそらく冷静な話し合いなどできようもない。仮にマダラがを娶ったとしても、蒼一族は揺るがないだろう。萩はそれがの意志であることを知っているため、千手一族の尻を叩いてでも、計画通り実行するはずだ。
ましてや彼には高い確率で当たる“勘”があるのだから。
「おまえが嫌なら、おまえ以外でも良い。」
最初に言い出した、年老いた男が、誰でも良いからあの小娘を手込めにしてしまえと言う。その言葉にマダラは目を見開いた。
―――――――――――――だから桜が見たいんだよ。
彼女の笑みを思い出す。
綺麗で無邪気な彼女とてうちはの他の男に下げ渡されれば、末路などあらかた決まっている。そういう他の一族の女はたくさんいた。やられ、ただ道具として扱われ、大抵はボロくずのようになって頭がおかしくなった状態か、死体として道に捨てられる。
ふわふわと笑う彼女が他の男によって穢されると思うと、マダラは不快感に吐き気がしそうだった。
―――――――――――――うん。楽しみにしてる。
はにかんだように笑っていた。あの笑顔が他の男のものになると思えば。
「わかった。俺が娶る。」
マダラは知らないうちに、口を開いていた。
「あいつは蒼一族の当主の姉だ、身分としては全く問題はない。」
蒼一族当主、萩の姉だ。今までうちは一族の者にも言っていなかったし、イズナにも口止めさせていたが、それを口にする。例え敵の姉であっても、人質としての価値は無きに等しくても、その血筋は尊いのだから、丁重に扱えという脅しの意味だ。
「これを蒼一族にも通知しろ。」
マダラは短く指示を出すと立ち上がり、廊下へと出る。
「兄さん、良いの?」
襖を閉めようとした時ついてきたイズナが、小さな声でマダラに問うた。
「兄さんは、」
「良いんだ。だから。」
イズナはマダラの気持ちを承知している。
マダラがに特別な感情を持っていることも、そしてを本当は別の形で普通に、ゆっくりとその場所に立たせたかったことも。だが今のうちは一族の中でその時間はおそらく許されない。彼女が別の人間のものになるくらいならば、自分が娶る。元々そのつもりだったのだから。それが早くなったと思えば良いのだ。
「今日の夜は、寝所に誰も近づくなと言っておけ。」
マダラが鋭い声で言うと、イズナはやりきれない表情ながら「わかった」と頷いて、何も言わなかった。弟の優しさにマダラは少しだけ安堵する。
恐ろしく長く感じる単調な廊下を歩いて部屋に戻ると何も知らないが布団の上で子どもっぽく足をぱたぱたさせながら、マダラを待っていた。今日は早く戻ると言ってあったから、眠らずに待っていたのだろう。
「おかえりー。」
そう言って無邪気に笑う彼女の腕を掴み、無理矢理仰向けにする。
「ま、だら、さん?」
ただならぬ空気は感じても、はその無邪気な紺色の瞳をマダラに向ける。
マダラが自分を傷つけるなど、一片も疑っていないその綺麗な瞳。その小さな体の少女一人すらも、マダラは一族を守るために、犠牲にしなくてはならない。
退屈の満ちる部屋