千手との会合に出たのは、を抱いた一週間ほど後のことだった。

 マダラとイズナの案内にやってきたのはマダラもよく知っている千手一族の頭領、柱間の弟である扉間と蒼一族の少女だった。彼女はずっと会合の間中マダラを睨み付けていたため、何度か宥めるように柱間に頭を撫でられていた。


 どうやらを妻にしたことは既に伝わっているらしく、随分蒼一族の恨みを買っているようだ。


 とはいえ、基本的に会合で提示されたのは、このまま戦い続けていてもお互いに得るものがない。お互いに最強の名をほしいままにしているのだから、大名などから得られる依頼を調整し、一次休戦しないかということだった。

 悪くはない誘いだったが、マダラは答えの即答を保留にした。

 もうすぐ冬がやってくる。そうなればどちらにしても戦争はおしまいだ。今即答をしなければ解答は春。入るにしても、入らないにしてもそれなりの用意を調えることが出来る。






「待って、」




 会合が終わって帰ろうとすると、一番にマダラに声をかけてきたのは、先ほどずっとこちらを睨み続けていた蒼一族の少女だった。

 柔らかに波打つ紺色の髪に紺色の瞳。年の頃はより年下だが、12,3歳と言った所だろう。





「愁。」






 心配そうと言うよりは困ったように扉間がやってきて彼女の隣に立つ。マダラに一人で声をかけるなど無謀だと扉間は十分理解しているようだが、少女は全くそうではないらしい。





「わたしはあなたが仲間になったとしても、許さないわ。」




 その言葉で、マダラは気づく。

 人の言うことを全く聞かないこの雰囲気と意志の強さは、にも通じるものがある。また、一瞬とは言え、マダラは彼女に見覚えがあった。

 を蒼一族の結界の中から攫った時に、が逃がした年下の子ども達の一人だ。彼女は最後までに「ねえさま」と叫んでいた。犬神に乗っていたとは言え、顔が見えていたから彼女のことはマダラも、イズナも覚えていた。





「愁、あまりことを荒立てるな。」 




 扉間が冷静に愁を止めるが、彼女はまだ口を開いた。





「ねえさまが生きてることは知ってる。でも、きっとねえさまは死のうとするでしょうね。」

「…」





 マダラは彼女の言葉に黙り込む。

 を抱いて彼女を娶ると宣言してから、は食事に全く手をつけなくなった。蒼一族として娶られるならば蒼一族としての掟に殉じると宣言した彼女に、もちろん刃などの武器は与えていないし、紐類もほとんど与えていない、監視もつけている。

 だから彼女が死への旅路として選んだのは、何とも安易な“絶食”という方法だった。

 こればかりは無理矢理食べされるのは難しく、今の技術ではどれだけ頑張っても絶食している人間の餓死をふせぐことは出来ない。マダラですらも、途方に暮れるしかなかった。





「おまえは、随分とと違うな。」





 マダラは自嘲の笑みを浮かべて、彼女とあまり似ていない“妹”を見下ろす。

 蒼一族から無理矢理を攫っても、を無理矢理抱いた時ですらも、彼女の口から“許さない”なんて言葉が出たことはない。憎しみの目をマダラに向けたことはなかった。


 しかし同じ境遇で育っても、どうやら妹であるこの少女は憎しみを理解しているらしい。





「違うわ。ねえさまと萩は父上とそっくり。わたしは母上と似てるから。」





 吐き捨てるように早口で、愁はそう言った。

 確かに前に会ったの弟である萩は確かにに似ていた。の死んだ父は、同じように結界の外で敵に攫われ、殉職した。相手の情報を探り、漏らし、そして自ら死を選んだのだ。も今そうして、父親と同じ死に方に殉じようとしている。




「わたしや萩からねえさまを奪ったあなたを絶対に許さない」





 愁は憎しみで染まった紺色の瞳を、マダラに向ける。





「絶対に、」





 は既に両親を亡くしており、幼い妹や弟と共に日々を過ごしていたという。弟妹にとっては彼女が唯一の頼れる人であり、亡くした母でもあったのだろう。





「わたしたちの言葉は言霊となって宿ると言われる。」






 愁は一度唇を引き結んでから、意を決したように口を開いた。





「だから言ってあげる。力で人をないがしろにする。あなたは力で破滅する。」




 それは、恐ろしいほど不吉な言霊だった。そして、酷く的を得た予言でもあった。




「忠告痛みいるな」





 マダラは肩を竦めてそれを聞き流しただけだ。




 ――――――――――――――わたしたちの言葉は、言霊として世界に残るんだって。



 は悩むマダラに優しい声音で、自分を抱きしめながら口にした。優しい腕の温もりを、マダラは今でも鮮明に思い出すことが出来る。




 ――――――――――――――きっと打開策が見つかるよ。




 何が、彼女の言う“打開策”だったのだろうか。

 彼女を無理矢理に娶ることが彼女の言霊が示した打開策なら、酷く滑稽な話だった。彼女は自分の言霊で死に逝く運命にあるようなものだ。




「愁あねうえ、それくらいにしてあげたら?」




 奥からやってきた少年が、愁を止める。蒼一族の当主である萩だ。その後ろには千手一族を束ねている柱間の姿もあった。





「言霊の多用は駄目だってあねうえにも言われたでしょ。」

「あはは、萩はいつも愁には厳しいなぁ。」





 柱間は姉弟のやりとりを豪快に笑い飛ばし、先ほどまでの凍り付いた空気を吹き飛ばす。

 そう、千手柱間という男は、こういう奴だった。憎いのに組みきれない何かを持つ男。カリスマ性で人を導くマダラに比べて、彼はいつも人望を持っていた。





「おまえ結婚したらしいな。しかも萩と愁の姉らしいじゃないか。連れてきたら良かったのに。」






 柱間は笑って親しい友に話すようにマダラに言う。 

 これが、マダラがどうしても柱間を好きになれない理由でもあった。なれなれしすぎるのだ。しかもこの男、底抜けになんの根拠も理屈もなく明るい。

 彼とて蒼一族からマダラがを攫ったことも、なんのために結婚したのかと言うこともしっかり把握しているだろう。なのに裏表なく笑って言ってみせるのだから、空気が読めないにも程がある。だからマダラはこの男が苦手だった。





「兄さん、眉間に皺。」





 イズナがぼそっとマダラに耳打ちするが、それをとる努力をする気にもなれない。





「春になったら連れてこいよ。」

「…」

「安心しろ。休戦するなら、何もとらん。そこは蒼一族とも同意している。」





 柱間は笑った。

 それと同時に不満そうに愁はそっぽを向いた。どうやら彼女のきつい言葉は当主である弟が選んだ妥協がどうしても気に入らなかったかららしい。

 蒼一族は、を犠牲にしてでも千手と手を組むことを優先したのだ。しかし、もちろんその言葉の裏には、もしも休戦の条件をのまなかった場合、同盟関係にある蒼一族のを保護するために全力で出てくる可能性もあった。





「春まで、生き残っていないかも知れないな。」





 そもそも答えを出す春まで彼女は生きているだろうか、マダラは無意識の上で、そうぽろりと口にした。





「なんでだ?」




 柱間が間抜けな表情でもの凄く不思議そうに尋ねてくる。その雰囲気が萩とも似ていて、二人が仲が良い理由が分かった気がした。





「そこの小娘の言うとおり、蒼一族の娘として娶ったからだろう。」





 彼女は自分が蒼一族の娘として他の一族に利用されることを、利用される自分を許せないから、蒼一族の掟通り死を選ぼうとしている。愁がさっき言ったとおり、彼女は死ぬだろう。あの調子で絶食をすれば点滴で命をつないだとしても、春まで絶対にもたない。





「それなら蒼一族とうちは一族が先に手を組めば良いじゃ無いか。」





 なんてことはないと、柱間は言う。

 千手がなんと言おうと、を攫ったうちは一族を簡単に許すほど、蒼一族とて優しくはない。千手とうちは一族が手を組むならやむなしという雰囲気なだけで、蒼一族が単独でうちは一族と手を組む気などさらさらない。





「だが春までもたないんだろう?」





 皆の視線で否定されているのが分かった柱間は、なおも言いつのる。





「…馬鹿じゃないの。」 




 愁が思わず口にした言葉に、マダラも全く同感だった。



許さないから