マダラは何度か無理矢理に食事をとらせたが、当然足りるはずもなく、徐々にはやせ細り、点滴はしていても3週間後には体重が35キロを簡単に切った。

 どれほど心を砕いても、マダラが言葉尽くしても、聞く耳は持たなかった。

 蒼一族と連絡を取って弟の萩にどうにかしてくれるように恥を忍んで頼んだが、彼女は彼からの手紙すらも見ようとはしなかった。萩からは逆に姉が死んでもマダラを恨む気はないという、慰めの手紙までもらってしまうほどだった。

 そんな時、が熱を出すようになった。

 熱と言うには中途半端なんのだが、37度越した辺りの熱が出て、しかも全く変化がない。まさか栄養失調で感染症でもかかったのかと医者に見せると、妊娠だと言われた。





「子ども…なんで?」



 久々に口を利いた彼女は、医師のズイソウにもの凄く不思議そうに尋ねる。





「どうしてって、頭領と、」





 寝たんでしょうとは頭領の奥方には言いにくくて、彼は口を噤んだ。だが、全く理解できないのかは首を傾げるばかりだ。





「俺が、おまえを抱いたから、」






 最初の三日間は、確かにを抱いた。初潮の来ている年頃だが、まさかこんな簡単に妊娠すると思っていなかったので、確かに避妊はしなかった。

 しかしマダラの説明にもは本当に何も分かっていないのか、不思議そうな顔のままだ。





「…?」





 マダラは彼女が全くと言って良いほど納得する様子がないことに逆に訝しむ。





「ちょっと誰か、女呼んできてくれ。」

「え?今日はカナしかいないですけど良いですか?」

「誰でも良い。大人の女なら誰でも。俺の口から説明するのはあまりに。」





 ズイソウが立ち上がり、奥へと入っていく。それを確認してからの前に膝をつき、彼女のやせ細った手を握る。彼女の手が握り返してくることは、絶対にない。何度か外にも出かけたが、全く反応はなかった。冬で寒いことも影響して、それ程外に長くいることも出来なかった。

 無邪気に笑ってくれた彼女もどこにもいない。それでも諦めきれないマダラがまだいた。




「どうしました?」





 カナが恐縮した様子でマダラに頭を下げる。






「こいつに、子どもの出来方と子どもが出来た後どうなるかを、最初から最後まで説明してやってくれ。」

「え、わたしがですか?」

「あぁ。俺にはこいつがどこまでわかってるのか、まったくわからん。」





 どこの一族でも女であれば、母から子へとそう言った教育はなされるはずだ。しかし程度は一族によっても違うため、抜けている場所があるのかもしれない。それを説明するのはマダラの役目ではなかった。





「俺は外に出ているから。終わったら言ってくれ。」




 間違った知識や、知らないところの穴を埋めていくだけの話だ。それ程時間はかからないだろう。そう思っていたが、マダラがカナに呼ばれたのはたっぷり三時間もたった後だった。
















 はやはり納得出来ないと言った顔で椅子に座っていた。だがマダラがやってくるとじっと紺色の瞳でマダラを見上げ、すっと目尻を下げた。





「なんだ。」

「なんでも、…ない。」





 久々に反応が返ってきたことに、マダラは少し驚く。





「何も知りませんでしたよ。」






 カナは悲しそうに目尻を下げて言う。




「何も?」

「えぇ、何も。女と男について、本当に何もわかってなかったみたいです。」





 言われて、マダラはを見下ろす。


 普通初潮が来て、成人の儀を終えたら、少女達は皆母親や年かさの女達から性についての話を聞くことになる。成人の儀は女が結婚できることを示すものでもある。大体どこの一族でも変わりなく同じ儀式だ。既に蒼一族から攫った時に、彼女は成人の儀を終えていた。





「何故、知らない。」

「…お父上しか、いらっしゃらなかったからだそうです。」





 おそらくは、父親がいる頃に成人の儀を終えたのだろう。父親はその時は、誰か近くの大人の女に娘のことを頼もうと思っていたかも知れない。しかし父親もその後すぐ死にそれが果たされぬまま彼女はここまで来てしまった。




「俺は随分と酷いことをしたんだな」




 道理で彼女はマダラとの行為を“暴力”と表現したわけだ。

 確かにマダラも酷いことをした記憶があるが、初夜にやることなど分かっているだろうし、処女でも何をするかくらい知っているのだから必要性も分かっているだろうと思っていた。暴力と言う彼女の言葉も所詮は行為の必要性を理解した上で、それでも怖くて痛かったために使った言葉だと思っていた。

 彼女が今まであの行為を本当の“暴力”だと思っていたのなら、彼女はさぞかしマダラに手ひどく裏切られた心地がしたことだろう。





「子どものことも話したか?」

「はい。お腹に出来ると聞いて、随分と驚かれている様子で、」






 コウノトリが運んでくるとでも思っていたのだろうか。

 マダラはまだ細すぎるほどに細い彼女の肩を叩き、彼女の前に膝をつく。彼女が死を願っていることは知っているが、子どもができた限りはどうにかして、彼女に生きていてもらわねば困る。




、」




 名を呼ぶと、は俯いて唇を噛んだ。

 カナの話を聞いて少しだけ心境の変化があったようだ。マダラがそっと頬を撫でると、素直にそれを受け入れた。表情をのぞき込むと、途方に暮れた、迷子の子どものような顔をしていた。

 マダラとに気をつかって、カナとズイソウはすぐに部屋を辞す。




「話は、わかったか?」

「…わかった。」 

「悪かったな。知らないとは思わなかったんだ。可哀想なことをした。」




 子どもとはいえ少なくとも成人の儀を終えたのなら知っているはずだと思っていた。知っている上で、拒んでいるとマダラは思っていたから、無理矢理事を進めたが、何も知らないと知っていれば、説明くらいはしただろう。

 彼女は行為のことも何も知らないから、マダラが自分に暴力を振るったと思ったし、それがショックだったのだ。

 あの夜、話しをして、聞いてやるべきだったと少し後悔する。





「わた、し。」






 は大きな紺色の瞳を揺らして口を開いたが、すぐに閉じた。






「子どもに罪はないはずだ。」






 こんな卑怯な方法を使うとは思わなかったが、の手を握り、マダラは懇願する。





「子どもはわたしが食べなかったら、死ぬ?」

「あぁ。」




 マダラがはっきりと彼女に返すと、彼女は呆然とした面持ちで自分のお腹を押さえた。

 蒼一族の不利益にならないためには早く死ぬことが肝要だ。しかし子どもは10ヶ月後にしか生まれないと教えられたはずだ。蒼一族の掟と、自分の子どもと、天秤にかけるのはたやすいことではないだろう。

 確かに、は蒼一族の娘だ。髪と目の色がそれを変えられないことを示している。しかし、子どもはうちは一族として生きていくのは間違いない。子どもの能力にかかわらず、子どもの身柄を持つのはこの時代父親だ。子ども達が蒼一族として生きていくことはない。子どもが掟に従う必要はない。

 しかし、マダラはそれを口にしなかった。





「俺とおまえの子どもを殺さないでくれ。」




 彼女と自分の子どもが死ぬことが許せないし、悲しい。死なせたくないと思うが、不公平なことに、男のマダラは作ることは出来るが、育てることも産むことも出来ない。それを決めることが出来るのは女であるだけだ

 だから、マダラは懇願するしかない。





「でも、」

「今千手一族と手を組む準備をしている。来年の春が来れば蒼一族は敵同士でなくなる。」

「…」







 返事はない。その言葉が所詮言い訳や慰めでしかなく、仮に蒼一族とうちは一族が敵同士でなくなったとしてもうちは一族にが利用されない保証もないことを、は知っている。






「春に、なったら、」





深海の眠り姫