本当に、雪がとけてすぐの3月に正式な会合が行われ、千手一族とうちは一族は正式に休戦を決めた。歴史上、うちはと千手が僅かなりとも休戦するのは、初めてのことだった。それに半ば無理矢理連れて行かれ、かれこれ1年半ぶりに、は弟妹と再会することになった。
「本当に、萩にそっくりだな。」
柱間はいつものように豪快に笑ったが、全員があまりの顔色が良くないことを理解している。は膨らんだお腹をそっと撫でながら、笑い方を忘れてしまったなと自嘲した。
は、子どもを産むことに決めた。
彼はうちは一族の子どもだから産めとは言わず、「俺とおまえの子どもを殺さないでくれ」と言った。子どもには罪はない。それに彼から受けた暴力だと思っていたそれが、人が結婚する時には誰でも行う普通の行為だと言うことを知った。
それでも自分が蒼一族の不利益になる可能性は、否めない。
もちろん悩んだが「俺とおまえの子どもを殺さないでくれ」と言った彼のために、子どもだけは残すことに決めた。確かにこの子はうちは一族の子どもとなるだろうが、彼の子どもでもある。彼がそう言ってくれたから、子どもだけは産むことに決めた。
それは蒼一族への裏切りでもある。
だから、弟妹には会いたくなかっため、マダラに言われた時行かないと言ったが、彼は強引に会合の席にを連れて行った。
もう蒼一族を出て一年半。弟妹も背が伸び、随分と大きくなっていた。
「姉様、痩せたわ。」
今にも泣きそうな顔で、愁は言った。愁の背は随分と伸びており、今ではあまりとも変わらない。なんと声をかけて良いのか、愁は分からないようだった。
だが、萩はを見た途端に、すぐにに抱きついた。
「あねうえ痩せたねぇ。でもお腹周り太った?」
妊娠のことを、萩とてわかっているだろう。そしてそれがあまり蒼一族にとって良いことでは無いのも理解しているはずだ。それでも茶目っ気たっぷりに萩は言って、抱きつきにくいと悪態をついた。
萩の背はもう、の肩当たりまである。
「ず、ずるいわ。」
素直に抱きついた萩を見て、愁は言って、同じようにに抱きつく。すると堪えきれなくなったのだろう。わんわんと子どものように大きな声で、愁は泣き出してしまった。
「愁、ごめんね。情けないお姉ちゃんで。」
は愁の頭を撫でて、彼女を宥める。
元々愁は気は強いが、繊細でもろい。それを隠すために一生懸命強がって見せているだけだ。この一年半、マダラの庇護下で比較的穏やかに過ごしてきたと違い、萩と愁は千手などとの交渉を行ったりとかなり大変な思いをしただろう。
それはすべて、が力がなかったことと、うまく立ち回れなかったことが原因だ。
「生きてて、良かった。」
萩は無邪気にそう言って、顔を上げる。
「あねうえ、もう死ななくて良いよ。」
何でもないことのように、萩は言った。
既にマダラから、蒼一族が今までの中立を破り、結界の中で隠れて暮らすのをやめて千手一族と組んだと聞かされている。だが、うちは一族に攫われ、頭領に娶られることになったが、蒼一族の不利益になる可能性は、変わっていないはずだ。
は意味が分からず、萩を見下ろす。
「これからは、休戦だから、良いんだよ。」
うちは一族にが娶られたことは、悪いことではない。仲間のうちならばそれは不利益ではなく、確かな繋がりの証になる。
「ぼくたちは正式に、貴方の結婚を認めることになった。」
「え?」
「あれ?不満なの?」
「…」
「じゃあ、良いね。」
萩はの答えを蒼一族独特の勘で片付け、あっさりと言ってのお腹を撫でる。
「マダラがさぁ、春まであねうえ生きてないかもとか言うから、心配したんだよ。珍しくどっちかわかんないし、彼、可哀想にぼくんとこに手紙まで送ってきたのに、あねうえ、ぼくの手紙捨てるし。」
マダラを全く信用できなくなっていたし、写輪眼で筆跡をまねることも出来ると聞いていたので、本当に弟からの手紙か確信が持てなくなっていたのだ。しかも一度自分の勘が蒼一族以外の人間には備わっていない曖昧なものだと理解してしまったは、自分の勘も信用できなくなっていた。
どうやら萩はを生かそうと手を尽くしたマダラに同情しているようだ。
「姉弟が再会できて良かったな。」
柱間は笑いながらマダラに言っているが、当のマダラは仏頂面だ。が心配なのか、の方を見ていたが、がそちらに目を向けると彼は目をそらした。
萩と愁が離れると、柱間、扉間の二人がに手をさしのべる。
「初めましてだな。俺は千手柱間だ。隣のは俺の弟の扉間。」
柱間は非常に明るい空気を纏った人物だった。それに比べて扉間はどこか静かだ。
「愁は今度扉間と結婚することになったから、一応俺とおまえも親族になる。」
「え?」
初めて聞く話にが妹に目を向けると、彼女は顔を赤くしてそっぽを向いた。
どうやら本人もまんざらではないらしい。扉間の方は彼女と違い随分と冷静そうな人物で、全然違うタイプなのに、とは首を傾げる。一体1年半の間に何があったのだろう。不思議に思ったが、聞くのも何やら気が引けた。
弟の萩はけろりとしているが、彼の考えに間違いはない。蒼一族は少なくとも、大きな一族である千手、うちはと親族になることで、小さな蒼一族を守ろうとしたのだ。
「食えない餓鬼だ。」
の隣にたったマダラは、ぼそりと言う。
確かに幼い頃から弟の萩は蒼一族としての能力にも優れていたが、つかみ所のないタイプだった。一番年下だから姉弟でも力は弱いし、いつも愁と喧嘩ばかりしていたが、なんだかんだ言って一番ちゃっかり美味しいところを持っていく。しかも勘も自分たちより良いため、姉弟ないでも多くのことを一番先に理解していた。
マダラの言う意味がすごくよく分かって、思わずも小さく笑ってしまった。
「どうしてさぁ、あねうえはぼくの手紙を捨てたの?」
萩がじっと窺うようにを見る。
「…」
本当か疑った、なんて。勘が恐ろしいほどに良く当たる蒼一族にとっては、正直言い訳にもならない。黙り込んでいると、すぐに意味が分かった萩は隣のマダラを見た。
「ねぇ、貴方はあねうえのことが好き?」
「…」
マダラは一瞬表情を凍り付かせ、答えなかったが、それを満足そうに見て萩はを振り返る。
「ほら、わかるじゃない。」
「わからない。わからないんだよ。」
は首を振る。
前は手に取るように分かった。分かったつもりだったけれど、今は何も分からない。何となくを信じることは出来ないのだ。
「一度外したから?」
萩は何でもないことのように尋ねる。
「あねうえ、自分が信じられなくなったらぼくらはおしまいだよ。」
蒼一族の予言は確かに類い希なるものだが、それを自分自身が信じられなくなれば、予言や分かることはすべて無意味なものとなる。それは蒼一族としての力の喪失でもあり、また、彼女の人生を根底から覆すことにもなりかねない。
「ぼくらの力はどうせそんなもんだ。」
曖昧で、変わるものだ。しかしそれを信じ、変えようとしたり、行動するから意味がある。
「でも貴方は、わたしよりも分かるでしょ?」
「まあね。でも確率論の問題だよ。あねうえは90%、ぼくは95%、それって、何か大きな間違いがあるの?」
「それって、大きいような」
「じゃあぼくはわかるんでしょ?さっき彼に尋ねたとおりだよ。今もあねうえとぼくの勘は一緒」
マダラに姉を好きかと答えた、その何となくの答えは、も萩も知っている。それをは信じられない、萩は心から自分の考えを信じている、それだけの違いだ。
「…。」
は目を伏せる。信じても良いものなのか、まだ確信が持てないのは、彼の気持ちをきちんと聞いたことが無いからなのかも知れない。彼が蒼一族の娘としてを娶るしかなかったことも、分かってはいる。に振るった暴力が普通のものであることを知った。それでもやはり、彼を信じられないは、自分の勘に従うことも出来なかった。
「しってる。うちは一族の未来は、ちっとも明るくない。」
萩はなんの臆面もなく、その言葉を口に出した。の隣にいたマダラは目を丸くするが、もそれを何となく理解している。
うちは一族の将来は、おそらく千手ほど明るくはない。
千手柱間と扉間をも見て、それがよく分かった。萩ほどではないが、本人を見ればその行く末がどういったものなのか、悪いものなのか良いものなのかくらいはわかる。自分のものは基本的に見えないが、他人のはよく分かるのだ。
「でも、貴方のはそれ程悪くはないと思うよ。」
萩は少し寂しそうに、に笑う。
父が昔、に言ったことがある。はあまり長生きはしないが、幸せになれるだろうと。それをはただの願いだろうと思って聞いていた。
「いつか、分かるものもある。」
萩はに頷いてから、マダラの方に目を向けた。
「それは何なんだろう。」
わかるものとは、一体何なのだろう。萩の言葉が正しいのは何となく分かるが、には未来がはっきりと見えるわけではないので、よくわからない。萩には全く別のものが見えているのかも知れない。彼は誰よりも未来が見えるから。
「きっと、彼の子どもたちがそれを知っている」
萩は指で柱間と扉間を指し示す。
「そして、貴方たちの子どもたちが。」
は自分のお腹を撫でる。大きくなっているお腹にいる子供達がどんな未来を紡ぐのかは、にはまだわからない。ただそれに連なる道があまり明るくないことは分かる。
「でも、今は良いんだよ。ぼくらが生きるのは今だから。見えすぎないのは良いことだ。」
萩はけろっとしたいつもの明るい調子で、言う。
それは今を生きる自分たちが未来を考え、杞憂を抱いても意味がないことを示している。彼は沢山のことが見える代わりに、沢山のことを諦め、悟ってきているのだ。もしかすると萩は愁のどこかでこの未来を知っていたのかも知れない。
「本当に食えない餓鬼だ」
マダラは心の底から感情を吐き出すような深いため息と共に呟く。
「…ちょっとね。」
思わずも頷くしかなかった。
透き通る指先