会合場所はうちは一族の集落にほど近い場所だったが、それでも妊娠中であるにはあまり良いことでは無かったらしく、体調を少し崩し、返ってきてすぐに褥に横たわることになった。





「大丈夫か。」





 マダラはすぐ側に座り、の額をそっと撫でる。




「うん。」




 少し疲れただけだから、一日も休めば大丈夫だろう。

 やはり弟妹に会うと言うことに緊張もしていたし、大切な会合だと言うことも知っていたから、かなりストレスがあったのだと思う。それでも、萩たちにあえて良かったのだろう。

 は自分の手を握っているマダラを見上げる。

 彼はおそらく、萩に自分が死のうとしていることを、止めて欲しかったのだ。弟とはいえ、萩は蒼一族の当主であり、手紙は偽造の可能性があり信じられなかったとしても、萩に直接会えば、考えが変わるだろうと思ったのだ。




「わたしが死ぬ理由、なくなっちゃた。」





 がぽつりと言うと、の手を強く握っていたマダラの力が緩む。

 今となっては、蒼一族を守るためにがマダラの妻でいることは重要だ。死んでしまえば逆に不利益になる。これが、言霊として彼のために望んだ、打開策だったのだろうか。

 言霊とは不思議なものだ。

 彼のための打開策はただの願いだったが、結果的には自分が頑張る、自力本願な願いだったわけで何やら少し不満だ。しかしながら、予言などそういうものなのだろう。自分の努力でしか未来は変えられないし、先読みしたってそれは同じことなのだ。





「ねぇ、わたしのこと、好き?」





 は、素直に漆黒の瞳を見上げて尋ねる。蒼一族の娘として優しくすることはあっても、好きと思うことはないだろう。勘では間違いなく自分に好意を寄せてくれると思っていたが、あの暴力を受けてから、信じられなくなった。また蒼一族の娘として彼が自分を娶ったことにも、酷く傷ついた。

 しかし、カナは言った。

 あれは暴力ではなく、愛し合った男女がする行為で、夫婦なら当然のことだと。そしてそのために子どもが出来ると。ならばあの暴力は愛情がないからではなく、逆なのかも知れない。もちろん今もあの時のことを思い出せば、震えが止まらないほど怖いのだが。

 マダラはの質問に目を丸くして、眉を寄せた。





「おまえはどうなんだ?」





 問い返され、は紺色の瞳を瞬く。





「え?」

「え、じゃないだろう?俺ばかりに求めるのはずるいと思わないか。」




 マダラは言って、体を横たえているを見下ろした。





「それにおまえには9割は当たる勘がある。俺にはない。不公平だろう。」






 はい、いいえで答えられる質問をすれば、彼女はほとんど勘で判別することが出来る。萩の話を加味すれば、彼女の勘は常ならば自信がなくてもなんだろうが、9割は当たる、そういうものだ。しかしながら、マダラの勘は言ってしまえば5割である。どんなに勘のさえているときでも平均して、7割は当たらないだろう。酷い時は3割程度かも知れない。

 その中で、マダラがに質問されるのは、酷く不公平だ。むしろマダラが質問したい。




「でも、わたし、」

「おまえは自分の勘を信じられないと言うが、おまえが勘を外したことは、うちはに来てから一度もない。」





 マダラは答えの代わりに、に告げる。

 すべてにおいて、彼女が自分の勘を外したことはない。マダラはに思いを寄せていた。今も思いを寄せている。それはイズナも知っているようなことで、うちは一族の何人かは既に娶る前から疑いを持っていたことだろうと思う。

 蒼一族ではない他人でも分かるのだから、彼女には分かるはずだ。




、」




 だから、答えが欲しいのは、マダラだ。




「…、んー、」





 はゆっくり自分の腹を支えながら身を起こし、ちらりとマダラを見たが、すぐに目を伏せる。





「…好き、だよ。」





 そのまま、珍しく少し早口で、は小さく言った。やっとマダラの耳に届くくらいの、本当に小さい声だった。




「やっと、言ってくれた。」





 マダラは彼女の体の負担にならないように、ゆっくりと彼女を抱き寄せる。

 一体どこで順番を間違えたのか、もう体まで重ねて、彼女の腹には子供までいるというのに、こんなところで思いを伝え合うことになってしまった。きっとマダラは急きすぎたのだろう。





「ごめんなさい。」





 はマダラの肩に頬を押しつけ、きゅっと唇を引きむすぶ。




「いや、俺もだ。痛い思いをさせて悪かったな。」





 マダラも言って、の長い髪をそっと撫でた。

 もっと自分たちは、沢山言葉を交わすべきだったのだろう。しかしマダラは口べたで、は勘でものを話しているため根拠を口にすることがなかったし、勘の部分の説明をしなかった。お互いのそういう所がすれ違いを産んだのだ。

 もちろん、どちらにしてもうちは一族と蒼一族だという自分たちの間柄を超えることは出来なかっただろうが。




「お腹、大きいな。」




 抱きしめれば、彼女の胸よりお腹が当たって、マダラは思わず笑ってしまった。

 お世辞にも彼女は胸がある方ではないし、華奢だった。確かに妊娠したためか、前に抱いたときより胸は膨らんでいるようだったが、子どもの成長の方が断然早いようだ。




「ひどい。」





 少しすねたような顔で言ってから、も笑った。こんな風に二人で笑い合ったのは本当に久しぶりで、マダラも同じように目を細め、膨らんだお腹を撫でる。

 彼女が来る前も何人か女を作ったことはあったが、こうして安らぎを感じることはなかった。




「もうすぐ、桜が咲く。」




 まだ少し早い時期だが、あと1ヶ月もすれば、桜が咲くだろう。

 一年前に話した、桃色の花弁だけの桜だ。山桜しか見たことがない彼女は、葉と花が一緒に出るものしか見たことが無いと言うが、うちは一族の近くにある並木の桜は薄紅色の花が先に咲き、それがすべて散ってから葉が出る。

 彼女との約束を、話す日はそれ程遠くはないだろう。




「うん。一緒に見れるのを、楽しみにしてる。」




 前、は、楽しみにしていると答えただけだったが、今回は素直にマダラと見れることを望んでいると口にした。思わずマダラは小さく笑む。




「ただ、毎年見たら飽きてしまうだろうな。」




 うちは一族にこれからも暮らしていくなら、彼女はその光景を毎年見ることになるだろう。マダラも彼女に綺麗なものは何か聞かれない限り、思い出さなかったと思う。確かに綺麗だと思ってはいても、いつも見ているものだからうちは一族の者は誰も喜ばない。

 彼女が他の一族の者でなければ、思い出しもしなかっただろう。





「そんなことないよ。綺麗なものは、何度でも見たいな。」




 はあまり珍しいものを見たことがない。

 ずっと何年もの間森の結界の中で生きてきたのだ。これからは彼女を見張る必要もないので、いろいろなところに連れて行って、彼女の望む綺麗なものを沢山見せてやることが出来るだろう。




「あぁ、たくさんのものを見せてやろう。」





 マダラは彼女の細い体を抱きしめ、温もりを感じながら目を閉じた。





「子どもが生まれたら、みんなにお披露目しないとね。」




 は優しく目を細めて言う

 確かに柱間たちも妊娠を知っているので、一応同盟を組んだ限りは何らかの方法で祝いを出してくるだろう。それは蒼一族も同じで、特に当主の萩や愁にとっては甥か姪が出来ることになる。





「あぁ、そうだな。」





 マダラはを抱きしめながら、まだこの時は当たり前のようにある幸せな夢と未来を信じていた。確かに彼女と共に、マダラの幸せはあった。


 マダラが萩の予言を思い出すのは、もっと後になってからのことだ。






終わりを見続けてる