マダラは少し荒い息をしていたが、すぐにそれを整えると、手ぬぐいでの腹についた白いものを拭う。そのまま手ぬぐいを折り返し、結の足の間を拭おうとしたのでは思わず声を上げた。
「じ、自分で、」
「いや、」
マダラは手を止めることなく、の股の間を拭った。
は恥ずかしさのあまり思わず顔を真っ赤にして枕に顔を押しつけたが、しばらくすると慰めるようにぽんぽんと頭を撫でられた。
「回数を重ねていけば、そのうち慣れる。これから毎日ばばあに引っ立てられるぞ。」
「…え」
「そう嫌がられると傷つくな。」
マダラは本当にそう思っているのか、思っていないのか分からない無表情で言って見せたが、本当に傷ついている気がして、は自分の隣に横たわっているマダラに少しだけ体を寄せた。
老婆のカズナは相談役でもあり、女中頭でもある。屋敷のことは彼女がすべてやっており、はあの老婆が苦手だった。彼女はしきたりやら作法にもうるさいが、は蒼一族の出身で当然ながらうちは一族のしきたりなど知らない。
義務だ義務だと無理矢理寝所に引っ立てられたわけで、マダラがいやだった訳ではないが、もう少し待って欲しいのが本音だったは少しそれを不満に思っていた。
しかもこれが毎日だと言われれば、不安だ。
「怖がるな。直に痛くなくなる。」
「…慣れると痛くないの?」
「そうだな。ただおまえはブランクが長かったから。」
前にマダラが触れたのは、かれこれもう一年も前だ。挙げ句は初めての子どもが帝王切開だったため、当然全く緩くはならない。前の時に三日間続けてしていたが、1年何もしなければそれは痛いだろう。
「だが、初めは良かっただろう?」
マダラが唇の端をつり上げ、問う。それにはマダラの胸板に頬を押しつけて、「知らない。」と答えた。
何となく分かるが要するに彼は“慣れている”のだろう。こういう行為をすることも。だがは全く知らないわけで、そういう点では余裕そうな彼がすごくずるい気がした。
マダラはの長い紺色の髪に指を絡め、撫でる。
「あ、傷。」
は目の前の彼の胸板につく、無数の傷を指でなぞる。
小さいものから大きいものまで本当に沢山ある。既に引き連れているものから瘡蓋になったものまで沢山あって、痛そうで思わずは口をへの字にした。すると、お返しとでも言うように彼はの乳房の上にある傷跡を親指でくいっと撫でた。
「ん、」
それは前にが自殺しようとした時に、小刀を突き立てたものだった。心臓を刺そうとした小刀はぎりぎりのところで止まっており、出血が酷かったり、その後感染症で熱が出たりはしたが、結果的には何もなくは今ぴんぴんしている。
「残ってしまったな。」
マダラは自分の傷は気にせず、僅かに眉を寄せた。
「そんなこと言ったら、帝王切開の傷もだよ。」
の白い腹には相変わらず一本の線がある。
どうやらあかるは逆子だったらしく、帝王切開をすることになってしまったのだ。なんの知識もなくお腹を裂いて赤子を出すと聞いた時のの恐怖は正直叫び出したいほどだったが、マダラになんとか宥められて手術台に上った。
彼も初めてのことで焦っていただろうに、あまりののパニックぶりに自分がしっかりせねばと急に我に返ったそうだ。気の毒なことをしたと心から思う。
「アカルは随分と俺に似たな。」
マダラは小さく息を吐いて言った。
遠い神話の神である阿加流比売神から名をもらった娘は顔だけならばマダラそっくりだった。やはり蒼一族が劣性遺伝だという話は本当なのだろうと、も実感した。ちなみに阿加流比売神は日の出の太陽を表す赤い瑪瑙の玉の化身とされる。初めて共に見に行った海の夕焼けを思い出したとマダラは言っていた。
写輪眼という赤い瞳を持つであろう娘には確かに相応しい名なのかも知れない。
「良いじゃない。娘は父親に似ると、幸せになるんだって。わたしも父親似だし。」
「ならおまえの妹の愁は幸せにならないのか?母親似だと聞いた。」
「あらら、根に持っていらっしゃるの?」
は思わず笑ってマダラを見上げると、彼はぺちっとの額を叩いた。
後になって、萩から最初の会談で妹の愁がマダラに暴言を吐いたという話は聞いた。言霊まで使ってマダラに暴言を吐いたことに関しては後からもちろん叱っておいたが、どうやらマダラはあまり愁のことが好きではないらしい。
愁も姉のを攫ったマダラが大嫌いで、それに伴い彼の夫の扉間もマダラを嫌っている。
とはいえ、がいる限りマダラに何もしないだろう。またどうやら柱間とマダラは長らくの知り合いらしく、何度も刃を交えてきてはいるが、それ程悪い関係ではないようだった。
柱間とがいる間は、大きな問題は起きないだろう。
「愁はそれなりに幸せになると思うけどな。」
「おまえらには、何となくは分かるんだったな。」
「うん。でも、自分のことは見えない。」
たちは勘を除けば、人の未来は何となくであっても肉眼で“見なければ”“分からない”。
自分の全体像を肉眼で見ることは出来ず、要するに自分の未来は見えないのだ。ただ、互いが互いのことを見ることは出来る。
「父さんは、わたしは短い人生だけど、幸せになれるって言ってた。」
は目を細めて父の顔を思い出す。
「短い?」
「うん。人間50年って言うでしょう?でもそれよりは短いって。」
だが、戦乱の世である今、50年生きる人間の方が珍しいことだろう。
「萩は、昔、わたしの人生は短いからこそ、幸せだと言っててたね。」
「短いからこそ?」
「うん。もしかしたらわたしが死んだ後に何かあるのかも知れないね。」
の弟の萩は、蒼一族の中でもかなり特別な子どもで、明確に多くの未来が見える子どもだった。の最後に見えるものも、より明確だったのかも知れない。でもわかるのは、幸せに死ぬことが出来るだろうと言うことだった。
もちろんそれはが死んだ後のことで、が何か出来ることではない。
「でも不思議なんだよね。アカルの未来は、良いはずなんだよね。」
が自分の娘に何となく感じた未来は、決して悪い印象では無かった。
娘の未来が悪くないならば、うちは一族に降りかかるような災厄ではない。ならば、の人生が短いからこそ良いと言う意味は、一体何なのだろう。
またも、蒼一族の誰もが感じている、うちは一族自体の未来の暗雲は、一体いつのことなのか。
娘の代ではないのならば、随分先のことだろう。しかし、同じようににはマダラの未来もそれ程良いものでは無いように見えていた。
「良いことだろう。明るい未来があるのは。」
マダラは髪を指で弄びながら、優しく笑う。
「うん。」
は小さく笑い返して、ふと、紺色の瞳で彼の顔を見る。
「なんだ?」
「うぅん。時が来たら、きっと貴方も分かる。」
つきりと痛んだ心を隠してはマダラの胸に頬を寄せた。萩の言った意味が分かった。視えてしまった。
愁の言霊はいつか実現してしまうだろう。でも、それでも何も貴方の手の中に残らないわけではない。いつかマダラを看取るのは、そしてとどめを刺すのは自分と同じ蒼一族の少女だ。白い炎を持つ、けれど間違いなく、蒼の娘だ。
「貴方は、明るい未来のために」
必要な存在として、死ぬのだ。
人の死に意味を求めてはいけないと言うけれど、それでも大切な人が死ぬときの意味は欲しい、無意味だったとは思いたくないからと、は彼の温もりに目を閉じた。
叶うはずもない願いは絶望の色を強めるだけだ、しかし