女たちが言うには、は随分と縫い物がうまいらしい。
とはいえ男のマダラに分かるのは縫うのが早く、縫い目がほつれにくく丈夫だと言うことだけだったが、それは女たちの目から見ると重要なことのようで、他の一族出身であるのことをよく思っておらず、滅多にのことを誉めない女中頭の老婆・カズナですらも感嘆するほどだった。
「新しい子供用の服を縫い終わったの。」
マダラが戻ると、は蝋燭の下で針仕事をしながらそう言った。
「早いな。」
この間、マダラとの間には子供が生まれたばかりだ。
名前はアカル、元気な女児で、生まれて3ヶ月、幼児死亡率の非常に高い時代だが、今のところは順調に育っている。
千手と休戦協定を結んでからも、大名や他の一族からの襲撃などがあるため、それ程いつでも物が手に入るわけでもない。そのため産着から布おむつまで基本的に作るのは女の仕事だ。いくつかは侍女達に手伝ってもらったようだが、はそのほぼすべてを自分で作っていた。しかも早くて綺麗らしい。
マダラは遅い夕食を取っていると、その隣での針仕事を眺める。
確かに言われて見れば淀みなく動く針の動きは速いような気もした。もちろんマダラがそう言ったものをじっくり見る機会などなかったので、うまいのかへたなのかはわからない。ただ言われて見れば上手なような気もした。
「そういえば、俺の着物はどうなったんだ?」
「それはもうとっくに縫い終わったよ。」
「そうか。」
秋に向けて裏地のついた着物を新調しようという話を始めたのは、二週間ほど前の事だ。だがすでに縫い終わっているらしい。きちんとしたものは縫うのに時間がかかると言っていたわりには、あまりに早い仕上がりだ。
「ついでに、イズナさんのも、縫い終わったよ。」
「そうか。早いな。だが無理はするな。」
正直完全に蒼一族からを略奪した形だったので、無理矢理手込めにし、一族には事後報告。挙げ句の果てにあっさり妊娠してしまったりなどで、はうちは一族になれる暇も無く、ゆっくり出来る時間も無かった。
今は千手、蒼一族ともうちは一族が休戦協定を結んだため目立った問題は無いが、着物などいつでも良いことだし、侍女に作らせても良いから、もう少しゆっくりしても良いのでは無いかとマダラは思っていた。
「よし、」
は口で糸を切ってから、針箱をしまう。
「見て、羽織。」
広げたのは、マダラようの羽織だった。漆黒ながら、光にかざすと黒の刺繍が入っている布地で、ちゃんと後ろにはうちは一族の家紋が縫い付けられている。
どうやら新たな物を、また仕立てたらしい。
「そういえば、おまえ、自分の着物はどうした。カナがおまえがあまり買わないと言っていたが、」
うちは一族はを攫い、挙げ句の果てにマダラはを頭領の妻として娶った。
蒼一族からの承認は結婚を決めた後からであり、また、攫ったという事実があったため、持参金はなし、基本的に必要なものはうちは一族が用意すると言うことに蒼一族当主で結の弟・萩との話し合いで決まっていた。
そのため、3月の話し合いが終わったあと、欲しい物があればなんでも買えば良いし、作らせれば良いとには言っておいたはずだ。
出産に関しても本来なら実家帰りが普通だが、を蒼一族に返すわけにも行かず、こちらで産んでもらうことになった。子供、に関するありとあらゆる物をすべてこちらで用意すると、告げてある、はずだ。それは着物から鏡台など、本来嫁入り道具として持ってくるべきものまでですべて含まれる。
だと言うのに、マダラとイズナの着物の新調の話は聞いたが、の着物の話は全く聞いたことが無かった。疑問に思って付きの侍女のカナに尋ねると、がいらないと言ったという。
「え、だって、必要ないし、」
はけろりと言って小首を傾げて見せた。その拍子にさらりと紺色の長い髪が肩を滑り落ちる。
攫ってきたという性質上、彼女が持って来た着物というのは一着たりともないし、当然帯などの小物もなかった。宙ぶらりんで処遇が決められていなかった一年、ほとんど着物は侍女などのお古か、適当にもらったものを着せていた。
とはいえ流石にマダラの妻となればそんな訳にはいかないと思って侍女たちには言っておいたが、彼女はどうやら必要性がないと判断したようだ。
「それにカナ以外はみんなもったいないって言っていたし、」
についている侍女はカナ一人だが、多くの女中が蒼一族出身のに対して良い印象を抱いていない。
男は社会的な生き物なのでこの結婚の意味がよく分かっているが、女は頭領の妻に他の一族の娘がなったのだ、面白くはないのだろう。特に今まで他の一族から娘を娶ること自体がなかったので、納得出来ない部分があるのだ。
しかも女とは言え子供まで既に作った。
確かに女児だったことは残念ではあるが、要するには石女ではないし、若いのですぐ妊娠できるだろうと思われている。蒼一族という希少な血継限界を持つ娘である事も、彼女の妹が千手一族に嫁いだことも含めて、他の妻をマダラが娶ることはない。
それが悔しいからだろう。
「別に困ってないから、良いよ。」
「おまえな。少しは着飾れ。」
「質素倹約が良いことだよ、」
元々蒼一族は結界から出ずに自給自足の生活を長らく続けてきている。
もそのせいか、ものを買うと言うこと自体ほとんどなかったと言っていた。蒼一族では収益はほとんど何かあった時の臨時費に回されることが多く、後は生活必需品だけを満たす。そのため、昔ながらの受け継がれてきたものはもちろんあるが、それでも結婚式や有事が無い限り何も買わず、新調もしないのだという。
ただ、は結婚式そのものを蒼一族で行っていない上に、うちは一族側も攫った負い目があるため、こちらで用意すると言ってしまっている。これを用意しないとなるとを軽んじているといらぬいわれを蒼一族から負いかねない。
もちろん自身がわざわざ手紙で言うとは考えていないが、違う所から漏れると言うことも十分にある。
「…今度俺も一緒に見よう。」
マダラに着物など分かる物では無いが、カナを呼び寄せて一緒に見るならば、勝手に決めてくれるだろう。マダラがいれば女中たちも流石に口さがない反対はすまい。が買わないと言えば、そこで口を出して買わせれば良いのだ。
「それに、女たちの言うことは気にしなくて良い。」
マダラはちらりとを窺いながら言う。彼女の手が何か思い悩むように止まったのが見えた。
勘の鋭い彼女のことだ。女たちが自分のことを歓迎していないのは百も承知だろう。そのためか、最近はカナ以外の侍女を自分に近づけない。生まれたばかりの娘のアカルに対しても同じで、娘をカナに預けることはあったが、基本的に片時も離れることはない。
「何かあれば言え。おまえと子どもが一番だ。」
は好いた女だと言うだけではなく、蒼一族の血継限界を持つ重要な存在だ。うちは一族としてもこの微妙な情勢に彼女を粗雑に扱う事は出来ない。その上に女たちがに負担をかけるのであれば、マダラだって許すことは出来ない。
女たちは換えがきくが、は換えがきかない大切な妻だ。
もちろんそれは蒼一族の娘だからと言うのもあるが、それだけではない。がだからこそ、換えがきかない存在なのだ。
「マダラさんって、案外優しいよね。」
は羽織を綺麗に畳みながら、苦笑した。
「案外とはなんだ。」
マダラは問い返す。
確かに初夜の時は手ひどくやったが、それ以外にマダラはに優しいと自覚があった。ほとんど怒ったことはないし、彼女の意に沿わないことはほとんどしていない。できる限りが心地よく暮らせるように心を砕いているつもりだ。
に言うと、はクスクスと笑って口を開いた。
「だって、マダラさんは怖いんだよって言ってたよ。」
「誰が、」
そう問いながらも、マダラは答えを知っていた。マダラを恐ろしいと思っている人間はうちは一族にはたくさんいる。
「秘密。」
「カナあたりか。」
「秘密なの。」
は繰り返して、小首を傾げて見せる。
だが、どうせが親しく話すのは護衛のアスカか侍女のカナくらいのものだ。いらないことは言わなくても良いのにと思いながらも、どうせは他人のマダラの評価など気にしていないだろう。
マダラは笑いながらをそっと抱き寄せた。
幸福なる日々