うちは一族ともなれば、十を超せば女でも術を学び、ある程度使えるようになるのが常だ。
しかし蒼一族の結界の中で育ってきたは他人を攻撃するような術はほとんど習っておらず、戦いで使いものになるのは結界術と攻撃を跳ね返す水鏡程度、それ以外何も出来なかった。
「…かとん?」
性質変化すらもさっぱり分かっていないらしく、は不思議そうに首を傾げるばかりだ。
紺色の瞳は随分と大きいせいか、そうやって目を大きくして驚いた表情をしていると酷く子供に見える。これでもう16歳、一人の子持ちだというのだから、世の中分からないものだと思う。
「あぁ、今のが火遁・豪火球の術だ。印は覚えたか?」
「うーん、多分。」
マダラが確認しても、頼りない答えが返ってくる。
正直な話、結界術というのはチャクラコントロールが非常に難しく、マダラですらもが張るような精密な結界を作ることは出来ない。医療忍術も出来るくらいだから、普通の術が出来ないことはないだろう。一応もう一度見せて、印を確認させてから、やってみろとマダラが短く告げると、は「うーん」と言いながら、ゆっくりと印を組み始めた。
「…火遁・豪火球の術?」
は炎を吹き出す、予定だったが、一拍どころか、三拍ぐらい間を開けてから、火の球を吹き出す。
その火の球はあまりに巨大だったが、まっすぐ飛ぶことはなく、がいるところの前にぶわっと広がっただけで、消えていく。
「…」
マダラは腕組みをしたまま、その球が消えていくのを見つめる。
大きさに問題は無い。むしろマダラが見せた豪火球より、大きさとしては大きかったくらいだ。だが印を組んでから出すまでに時間がかかりすぎ、ついでに勢いがないため、遠くに飛ばないというわけだ。これでは至近距離でないと意味が無い。
「けほっ、こほっ、」
は喉が痛いのか、それとも煙にむせたのか、小さな咳を繰り返し、火の球によって出来た煙を払いのけるように手をひらひらさせた。
「…総じてため込みすぎだな。これじゃ当たらない。」
「うん。敵まで届かないね。」
は別段焦った様子もなく、マダラの評価にあっさりと同意した。自覚はあるらしい。
出産からもうそろそろ3ヶ月。マダラはにうちは一族の習慣や戦い方などを少しずつ教えるようになった。
休戦協定を結んだと言ってもまったく戦いがなくなったわけではない。それもだからこそ、うちは一族に嫁いできた限りも戦い方を覚えなければならないし、少なくとも自分の身は自分で守らなければならない。
それでもなくとも希少な血継限界を身に宿す存在なのだから。
「難しいね…」
は少し困った顔をする。
マダラの目から見ても、彼女は筋は悪くないし、教えれば術もやってみせる。だが、遅いのだ。豪火球の術もそうだが、ため込みすぎで、動作がゆっくりしすぎている。マダラから考えれば複雑な結界が一瞬で張れるのに、簡単な火遁が一瞬で出来ないのが不思議だ。
要するに、慣れていないと言うことなのだろう。
「おまえ、組み手も駄目だからな。」
写輪眼を持っていないため、見抜く能力に欠ける上、あまり訓練したことのないせいか、は組み手が壊滅的に駄目だった。どう考えても、近距離戦闘は避けるべきだろう。
「んー、どうしたら良い?」
「しばらくは表に出るな。危険すぎる。」
「はぁい。」
は少し残念そうに目じりを下げてから、庇を振り返る。
「おしまいですか?」
生まれたばかりのアカルを抱えて見ていた侍女のカナが笑いかけてくる。アカルは母親の姿がわかるのか、すぐに手を伸ばすようなそぶりを見せた。
アカルは、最近父母の顔が分かるようになってきたらしく、よく世話をしている侍女のカナと父母である、マダラ以外の人間が近づくと泣き叫ぶ。少し人見知りの感情が出てきたらしい。ついでに転がって動いたりするようにもなってきた。
「おいで、アカル、」
は手を伸ばして、カナから娘を抱き取る。
「どうでしたか?」
「あぁ、どちらにしても訓練が必要だ。」
「そうですか。」
カナはマダラの答えに別段気にした様子もなく答えて、娘を揺らしながらあやしているを見た。
は最近マダラの暇な時にこうして戦いの訓練をし、いない時は部屋で相変わらず縫い物やアカルの世話をしている。
アカルは基本的にカナ以外の侍女に懐いていないので、世話はほとんどがしていた。乳母をつけると言う話はあったが、が断固拒否をした。蒼一族は乳母をつける習慣がないらしい。彼女にとって自分の子供を他人に預けることは辛いことなのだろう。
夜はマダラの閨の相手をする必要があるため、大抵アカルをカナに預けることになるので、カナを休ませるためにも昼間の雑事はほとんどが自分でやっていた。
「は、機嫌良くやってるか?」
マダラは出かけることも多い。戦争に雇われれば数週間帰って来ないこともしばしばだ。
文化や伝統も違ううちは一族に他家の人間が嫁いできて苦労しないわけもない。ましてやうちは一族にとって初めて他家から迎えた頭領の妻だ。どれほど希少な能力を持っていようが、必要性があろうが、うちは一族のすべてが歓迎しているわけでもない。
味方のいないが苦しい思いをしているのは簡単に想像がつく。
「奥様は、笑っていらっしゃいます。」
「…笑ってる、か。」
マダラはカナの微妙な答えに、ふむと一つ頷いた。
勘の鋭いのことだ。相手の悪意など100も承知だろう。それを笑ってみているというのは、何とも不思議な話だった。
蒼一族は全員が勘が鋭い。平均して八割以上勘で当てるそうで、そのためどんなに性格を取り繕おうが、無駄だ。それはマダラが休戦協定を結んだことによって蒼一族の人間と関わるようになって感じたことでもある。蒼一族では意図を包み隠すようなことはほとんどしないし、ほとんどが素直に様々なことを口にする。
彼らは非常に率直で、鋭い。しかも血継限界の透先眼で相手の過去、現在を見る事が出来るため、怪しいと勘が叫べばすぐに過去を見て、自分に対する不利益を探すだろう。嘘をつくだけ損をする。
マダラもに安易な嘘をつくのはやめたし、ばれるのに隠すのはばからしいので、性格を取り繕うのをすぐにやめた。
うちは一族が彼女に抱く悪意を承知している彼女が、笑って何も言わないというのは、彼女は大きなストレスと我慢をしていると言うことなのだろう。
「最近は護衛のアスカなどと仲が良く、ほとんど侍女をお近づけになりません。」
カナは目じりを下げて困ったような顔をしていた。
護衛のアスカはうちは一族でも指折りの手練れで、を誘拐した頃から護衛兼見張りとしての傍にいたから、話す機会が多かったのだろう。とはいえ、正式に頭領の妻となった限りは、あまり護衛と仲が良いのは誉められたことではない。
マダラとしてもあまり気分の良い話ではなかった。
「…難しいな。」
千手や蒼一族と結んだ休戦協定に、反対する人間はいる。彼らにとって、蒼一族からうちは一族の頭領であるマダラに嫁ぎ、しかも千手に嫁いだ妹がいるは休戦の証そのものだ。邪魔に思う人間はうちは一族の中に少なからずいた。
彼女が何かしら不慮の事態で死ねば、蒼一族、しいては千手一族とて疑いを持つ。それは長い因縁を持つうちは一族と千手一族の争いを再び激化させる可能性もあった。
「とアカルの身辺に、くれぐれも気をつけてくれ。」
マダラは娘を抱いて笑っているを眺める。
小さな娘はマダラそっくりの黒い瞳と黒い髪で、目もほど大きくない。劣性遺伝と聞いていただけあって、全くと言って良いほどの何も受け継いでいない。が若いのもあって、正直誰も親子だなんて分からないくらいだろう。
それでも、マダラはまだ出来たばかりのこの小さな自分の家族を精一杯守りたいと思っていた。
請うて得たるは喪失出来ぬ幸福