歓迎されていないと言うことは、痛いほどに理解していた。
「何故頭領もあのような娘を。」
これ見よがしに侍女達が言うのが、聞こえてくる。聞こえなくてもどうせ透先眼で視ることが出来るので、なおさら辛い。
はぎゅっと唇を引き結んで、自分がやっていた縫い物へと目を落とした。
緋色の鮮やかな色合いの布は、娘のアカルに縫ってやろうと思って選んだ品だ。生まれて半年の赤子は、今は機嫌良く座布団の上で眠っている。子供の成長は早いので、すぐに新しい着物が必要になるだろうから、何着か既に仕立てていた。
とはいえ、誰が見ても十分なほどの用意がある。
マダラの着物や、彼の弟のイズナの着物も縫い終わってしまった。彼らは成長するわけではないので新しい物が頻繁に必要なわけではない。最近部屋にこもって着物ばかり縫っていたから、もう縫うべき物は終わってしまっていた。
元々は裁縫が得意だし、縫う速度もはやい。
「…萩のを縫って、渡して貰おうかな、」
マダラならばの弟に会合や何やらで会うはずだ。萩の着物を縫おうかと思ったが、嫁いだが弟の服を縫うのもおかしな話だろう。
だが、何かをしていないと聞こえてくる罵詈雑言に耐えられなくなりそうだ。
娘が眠っているかどうか確認しようと顔を上げると、眠っていたはずの娘がぱちりと漆黒の瞳を開いて首をの方に向けていた。ちょうどふっくらとして可愛い時期の娘の目は、マダラの吸い込まれそうな漆黒によく似ている。
マダラは忙しいのかあまり昼間に帰ってくることはないし、この間作られた沢山の一族との休戦協定を皮切りに徐々に今までの一族のかたちは、変わりつつあるようだ。その用意や休戦協定に参加していない一族や他の大きな一族との交渉や戦いに忙しい。
だからのことを大切にしてくれるが、あまり構っている時間は無いだろう。
「貴女を望まない人もいるけど、今は貴女だけがわたしのものね、」
起きてしまった娘を、はそっと抱き上げる。
男の子を産めなかったを罵る人間は沢山いる。それでも可愛い娘の姿はマダラを待つ今の自分を慰める唯一の存在だ。だから、は娘に乳母をつけなかったし、手元からあまり離したくない。
「わたしの味方は、貴女とマダラさんだけ。」
うちは一族は非常に閉鎖的な一族で、今まで他の一族から頭領の妻を娶ったことはなかったと言う。それは蒼一族も同じだが、他の一族とそもそも関わりが無いためなんの感情も抱かぬ蒼一族と、同盟を好まず、なびくことも望まず、他の一族を敵と見なしてきたうちは一族では考えが違うのだろう。
に普通に話してくれるのは、マダラの弟のイズナと侍女のカナ、護衛のアスカと数人だけで、他のものはの髪の色や行動を罵ることはあっても、普通に話すことすらもしてくれなかった。
「随分と信用されているんだな、俺は。」
突然、後ろから低い声が響く。ぱっと顔を上げて振り向くと、そこにはマダラがいた。まったく気配も感じなかったので目をぱちくりさせていると、彼は小さく笑ってぽんっとの頭を軽く叩いた。
「最近随分と裁縫にご執心だな。」
「…」
どうやらマダラも気づいていたらしい。確かにうちは一族に誘拐され、軟禁されていた頃は本を読んだり、楽しそうに護衛と話したりしていた。それ程裁縫に時間を費やすこともなければ、黙り込むことも少なかっただろう。
は黙って子供を少し離れた座布団の上に置き、針箱を片付けていく。
「早かったんだね、」
「話し合いが随分と早く終わった。」
マダラは座布団の上からアカルを抱きあげ、その座布団に腰を下ろした。
「話し合い?」
「あぁ、この話し合いがうまくいけば、おまえは少し気楽になるだろうな。」
「…?」
「それまで秘密だ。」
「良い話、なんだね。」
は確信を持って頷いて、針箱を少し上の棚に置く。最近アカルがころころ転がるようになってきたので、もしも針箱などを倒したりしては大変だ。できる限り危ない物は上の棚に置くようにしていた。
当の娘は父親が帰ってきて嬉しいのか、マダラの膝をべしべし叩いている。
「アカルは色白だな。おまえに似たのか。」
マダラは娘の柔らかい頬をつつきながら目を細める。
「そうかな?アカルはマダラさんそっくりだけど。」
「そんなことはない。それに俺はこんなに鼻は低くない。」
「そう?」
は言われて改めて娘の顔をのぞき込む。言われてしまえばそうかも知れない。まだぷくぷくの脂肪たっぷり、まるまるとした娘の鼻は、低い。だがそれは時とともに解決する物ではないかと思う。
「女だからな。肌は白いほうが良い。」
マダラはの頬に手を伸ばして、手の甲でぺちぺちとの頬を軽く撫でた。
紺色の長い髪は珍しいが、蒼一族は昔から結界の中、しかも深い森の中に住んでいたため、日の光に直接あたることは少ない。だから未だにの肌は白かった。
「おまえも来い。一日室内にこもりきりは、おまえにもアカルにも良くない。散歩にでも行こう。」
アカルの背中を軽くぽんぽんと叩いてから、近くにあった外行き用のアカルの上着を取った。も慌てて上着を羽織る。
障子を開けて外に出ると、少しまぶしいと感じると同時に、目眩がして、はふらふらと座り込んだ。
「!」
慌てて娘を抱いていない方の腕でマダラはを支える。力が完全に抜けていた体は、だがすぐに我を取り戻したのか、きちんと膝に力を入れた。
「大丈夫か?」
マダラが目じりを下げて心配そうな低い声で尋ねる。
「う、うん。立ちくらみ、みたい。」
は頭を抑えて、マダラに促されるままにろうかの端に座った。マダラもを支えながら隣に腰を下ろす。
「気をつけろ、最近おまえ、調子が良くないだろう。」
「そ、そうかな、」
「情事の後、随分と辛そうだ。」
マダラはを心配するように、そっとの紺色の髪を撫でる。
「嫌なら、俺が控える。だからはっきり言え、」
「…でも、」
「俺は無理強いをしたいわけじゃない。」
優しく言われて、の心が小さく痛む。
彼はいつもの体を心配してくれる。一番に考えてくれる。なのには、自分が周りから妻失格だと言われるのが嫌で、蔑まれるのが嫌で、彼と閨をともにしている。嫌だと言えない。そんな浅ましい感情をどう説明したら良いのか分からなくて、は言葉を詰まらせた。
「マダラ、さんは、…妾、とる?」
うちは一族のものの多くは、頭領の妻が蒼一族出身である事が不満だ。は希少な血継限界を保持しているため、表だってを正妻から引きずり落とせとは言わない。だが、妾を取るべきだと言うものはたくさんいた。
夜をともにできなければ、少なくともそうすべきだろう。でも、それだけは嫌で、泣きそうになりながら言葉を詰まらせながら問うと、彼は眉を寄せた。
「おまえ、何言っているんだ。」
あからさまに不機嫌そうな、厳しい声音が響く。その声は質問に対して明らかなノーを示していたが、あまりに怖い声にびくんとは肩をふるわせた。しかしすぐにマダラは「そうか、」と一つ納得したように頷く。
「雑音は厳しいかも知れないが聞かないようにしろ。」
彼もがいろいろなことを言われているであろう事は、ある程度予想していたらしい。妾の話も、マダラに直接上奏した人間だっていただろう。
「妾なんて面倒な物はいらん。妻はおまえだけで十分だ。」
マダラはを慰めるように抱き締める。二人の間にいるアカルは少し驚いたような顔をしていたが、ただならぬ母の様子にじっと黙り込んで、心配そうにの顔を見ている。
「子供だって、アカルがいる。十分だ。」
は妻として十分なことをしている。若いというのに女とは言え、子供もいる。誰がなんと言おうとそれでマダラは心からの働きに感謝していた。どちらにしても気に入らない奴はがどんな娘でも文句を言うはずだ。だから、関係ない。
だが、はそうは思えない。
自分が蒼一族である事も、女の子を産んでしまったことも、そしてきちんと妻としての義務が果たせないことも、自分のせいのような気がした。
「…」
マダラから愛されているのだから、何も問題は無いと思えない自分が惨めで、たまらなかった。
浅ましい願いを抱き続ける