「だってわたしがそう感じるから」
それが、が根拠を問われた時の口癖だった。
蒼一族の勘は七割から九割当たるという。蒼一族は閉鎖的な場所で育っており、皆その勘を根拠として今まで疑わずに話しをしてきたので、様々な物事に対してその根拠や理由を求めない。根拠はまさに自分の“勘”で、それは他人の推測よりもへたをすれば当てになる。
だから要するに、推測しない。根拠を必要としない。
「ここは危ないよ。」
は地図の一カ所を示す。
今度の作戦行動は近くに来ているというかぐやという戦闘一族の迎撃だ。骨を扱う血継限界を持つ一族で、大名に雇われたらしい。大名は忍同士の大がかりな休戦協定を危惧しているのだろう。マダラが地図の作成をに頼むと、彼女は快く偵察の必要ないほどの詳しい地図を作ってくれた。
だが、一カ所をさして、そこだけは入ってはならない。危ないという。
「奥方様、しかしこの谷を抜ける道が一番近く、安全でしょう。」
一人のうちは一族の若者が言う。
「だから、危ないよ。ここ。」
「何が、」
「何か。危ないよ。その山自体が、すごく。やめた方が良い。」
何かはわからない。でも危ない。それは納得出来る理論ではない。
少なくともこの谷を抜けるとかぐや一族への襲撃は円滑にすすむはずだ。だが、地図を書いた当のは全くと言って良いほど賛成しない。それも曖昧な理由でだ。納得出来ないうちは一族の者は不満げにを見ていた。
とて彼らが納得していないのは分かっているだろう。だが、何故納得していないのかが理解できないし、勘でしかないそれの根拠は本当にありはしない。
「ですが、様のお言葉が外れたことはない。」
の護衛も務めているアスカが、を擁護する。
何度か彼女がそういう風に、なんとなくで物事を変え、失敗したことはほとんどない。勘だとしても、ほとんど当たるのだから遜色がないと言いたいのだろうが、それだけで納得出来る人間は少ない。そして彼女の一族の司る“予言”の部分を信用していない人間はうちは一族にたくさんいた。
「だが、何となくとは言え、ここを通らねば遠回りだ。かぐや一族に気づかれる可能性もある。」
長老にも近しいような年頃の老人・イカダがそう言って、ちらりとを睨む。
の話を訳してしまえば、谷どころか、山にすら近づかない方が良いと言う。麓の道を通るならば、倍以上の時間がかかるのは誰が見ても分かることだ。
とはいえ、別に反対した理由がそれだけではないことを、マダラは知っている。
侍女頭のカズナの旦那でもあるこの男は根本的に、彼はが嫌いなのだ。ことあるごとにマダラにもうちは一族出身の妾を娶るようにと進言していた。を信用していないと言うよりは、の言うことだから信用していないというに正しい。
「…なら、二手に分かれるか。」
マダラは正直、の言うことに一定の信頼を置いている。
実際に彼女の“危ない”は外れたことがなかった。当初はマダラも半信半疑だったが、それでも回数を重ねるごとに彼女の勘は非常に有益だと言うことがよく分かった。小さな事から大きな事まで、彼女はあっさりと当ててみせる。忠告を惜しまない。ならば、避けて通れる物は通っておいた方が得策だった。
とはいえ、それに納得出来ない人間にとって、の助言は受け入れがたい。ならば、痛い目をみて貰うしかないだろう。
「マダラ、おまえが谷を通るのだろうな。」
「通るわけがない。俺はアスカの大怪我を忘れたわけではないからな。」
マダラはイカダにあっさりと言って、すました顔で地図を眺める。すると若いうちは一族の面々からは小さな笑いがこぼれた。
を軟禁していた頃も、見張り兼護衛をしていたアスカは、ある日別任務に出ることになった。それを当然知らないはずのが、絶対に明日行かない方が良いと必死で止めたのだ。無視して任務に出かけたアスカは死にはしなかったが、大怪我を負った。
若い面々、特に男はとも話す機会があるせいか、に好意的だ。また予言に関しては親しければ親しいほど与えられる可能性が高いので、近しい人間であるほど大体信じていた。
もちろん予言のような神の力とまでは信じていないものも多いが、の忠告は当てになると判断している。
だが、古い伝統に凝り固まる老人には、それは理解しがたいのだろう。
「…そんな曖昧な表現を理由に、簡単な道を捨てるのか。」
他の老人も忌々しげに呟いた。
そもそもうちは一族の頭領が他家の娘を娶ること自体が初めてで、また他家の人間と協力したこともなかったうちは一族にとって、の存在はある意味で新しい時代の象徴だ。何をやっても面白くないのだろう。
ましてや老人どもにとって、自分の娘を頭領に嫁がせるチャンスを他家の娘に奪われたような物で、面白くないのだ。
「行きたい奴が行けば良い。」
マダラはそう結論づけた。老人どもがを信じず、危ないと言われる場所にどうしても、行きたいのなら他者を巻き込まず、自分一人が行けば良い。そう言ったマダラの袖を、突然が引いた。
「だ、だめだよ、」
は慌てたような様子で、首を横に振る。
「きっと、大変なことになる、」
「…そんなにシリアスなのか?」
正直の助言の程度はレベルによる。犬の糞を踏むような小さな不運の時もあれば、アスカのように大怪我をする時もある。マダラはの助言を“少し危ない”程度に受け取ったが、それですまないらしく、彼女の紺色の瞳は酷く真剣な色合いをしていた。
「だ、そうだが?」
マダラは唇の端をつり上げて、老人どもを見る。口うるさいじじぃどもは、にこれほど止められれば、逆になおさら行かないとは言えなかったらしい。
「もちろん、この谷の道から行くに決まっておる。」
イカダが言えば、それに従うように何人かが同調した。マダラは馬鹿だなと思いながらも、反対はしない。むしろ、に酷い言葉を平気で投げかける彼らが少しくらい痛い目を見てくれれば良いとすら思っていた。
しかし、は違ったらしい。
「やめた方が良いです、あそこはきっと、あの山は、入っちゃいけない場所なの。」
じっとそのうちは一族とは全く違う不思議な色合いの瞳で、老人たちを見据える。
「黙れ、よその小娘風情が、」
イカダは言われた言葉が癇に触ったのか、ぎろりとをその緋色の瞳で睨み付けた。だがその次の瞬間、空気がぞっとするほど冷たくなった。
「黙るのはおまえだ。」
地を這うように低い声が、イカダの耳に届く。イカダが振り向くと、そこにいるマダラはじっとその緋色の瞳でイカダの動向を探るように、そして指一本でも動けば射殺せんばかりの鋭さで、イカダを見ていた。
マダラの瞳は誰もが凍り付くほどに冷たい。
「それに、命令して良いのは俺だけだ。」
その言葉に、うちは一族の面々がはっとする。
は蒼一族の希少な血継限界を持つ、特別な少女だ。彼女の千里眼にも近いその過去、現在のすべてを見通す目を使えば、うちは一族だけでなく、他家との争いを有利に進めることが出来る。逆にそれを失うという事は大きな痛手だ。
だから、マダラは言外に言っている。
はマダラの物だ。だからこそ、に誰かが何かを命じることは絶対に出来ない。図面を作らせることも、に対するすべての命令はマダラが下す。
「おまえの換えはいくらでもいる。だが、それの換えはいない。」
マダラは淡々と、冷たく響くように気をつけながら、イカダに告げる。
能力的にもうちは一族の写輪眼は換えがきく。人数もいる。マダラが一人や二人殺したところで問題はない。だが、はうちは一族にとっては非常に貴重な存在だ。能力的に換えがきかない上に、マダラにとってもかけがえのない、換えのきかない存在だ。
それをマダラは痛いほどに理解いていた。
かけがえのない貴方を守るため