様の予言を無視したんですって、」

「あら、でも老人たちが死んで一番喜んでいるのは、様じゃなくて?だからきっと止めなかったのよ。」





 侍女は小さな声でぼそぼそと話す。

 谷を通ったうちは一族の5人が殉職し、遺体すら帰ってこなかった事に対して、いろいろな噂が飛び交うようになった。

 が先にそのことについて言及し、止めていたため、を信奉し、予言の力を問うものと、それ自体がのせいだと罵るものの二種類の派閥がうちは一族の中にいつの間にか出来ていた。唯一生き残った老人のイカダがに何故もっと止めなかったのか、もっとはっきりと分かっていただろうと罵ったため、より拍車がかかった。


 彼はマダラのいない時にの元を訪れ、罵ったそうだ。本来頭領の奥方であるの部屋に勝手に入るなど許されないが、侍女頭でイカダの妻でもあるカズナが入れたらしい。


 そのことで、マダラはカズナを罷免にする羽目になった。

 あまり事を荒立てたくなかったし、幼い娘に何かされても困るのであまりおおっぴらな人事異動はしない予定だったが、流石に職権乱用も甚だしい。マダラも許すことが出来ず、は反対したが、首にした。





「根が深いな、」





 マダラは一人で思わずそう口にしていた。

 マダラがに惚れていることを含まなくても、は非常に役立つ嫁だ。確かにうちは一族ではないが、彼女は血継限界・透先眼の持ち主であり、その千里眼の効用を持つ瞳は大きな価値がある。特に戦いに明け暮れるうちは一族にとって、が戦いが苦手であってもその目だけで十分に役立つ存在だ。

 それに彼女は長らく争い続けていた千手、うちはを血筋的に繋げる役割も話している。

 少し難しい案件がある場合、から千手の頭領である柱間の弟・扉間に嫁いだ彼女の妹・愁に言って貰い、彼女から扉間、柱間に言って貰うという根回しは最近では良くある。

 彼女と妹の愁は仲が良い。愁はマダラを嫌っているが、姉を慕う気持ちに嘘はないらしく、娘のアカルが産まれた時も山のような祝いの品を千手一族とは別に送ってきた。マダラと対面すると悪態をつくため疎ましいが、親戚としては申し分ない。


 それには良く出来た嫁だ。

 はマダラに正式に嫁いで和解してから、戦いにはまだ出ていないが、それ以外のことに関して快く応じて手助けをしてくれる。着物の心配から小物の手配、遠出する時の補給や武器の供給など、今はがほとんどやっている。

 だが古い考えが抜けない奴らにとっては、他家出身と言うだけで問題なのだろう。






「ばからしい話だ。」







 政略的にも、実務的にも、彼女は優秀だ。何が問題なのか、正直マダラには分からない。そして何より、彼女は彼女だ。

 ただ、マダラにはが随分と沈んでいる気がしてならなかった。





、」






 マダラは彼女の私室に入ろうとして、すぐに足を止めた。足下に突然出てきたマダラに目をまん丸にして驚く娘がいたからだ。






「あ、マダラさん、」






 は昼間にマダラが来たのに少し驚いたのか、目をぱちくりさせる。





「あーやー」







 まだ4ヶ月程度でころころ横に転がるばかりだと思っていた娘は、腹ばいでずるずるとマダラの方へとよってきて、着物の裾をがしっと掴んだ。





「最近よく動くんだよんだよ。」





 は目じりを下げて笑う。





「そうなのか、」





 マダラは娘のアカルを抱き上げて、の近くにあった座布団の上に座った。最近支えがなくても大分長い間座っていられるようになったアカルは、マダラがあぐらを掻いた上にのせておいても昔はじっとしていたのに、今はすぐに動き出して落ちそうになったりして目が離せない。

 夜泣きも最近酷いそうなので、夜に面倒を見ている侍女のカナはいつも眠そうだった。






「それは何を仕立てるんだ?」






 アカルの様子をマダラが見ているせいか、はのんびりと布や針箱を広げる。それを見て、マダラは娘の背中を撫でながら尋ねた。最近は娘の様子を見ながらひたすら針仕事をして引きこもっていたため、もう縫う物がなかったはずだ。






「柱間様の奥方様のお誕生日ならしいんだけど。」

「あぁ、ミトか。」

「愁が祝いの品を贈りたいけど…」

「あいつは裁縫すら出来ないのか。」

「…まぁわたしが昔からやっていたから。」





 の実母は末っ子の萩を産んだ後、産後の肥立ちが悪くてすぐに亡くなったのだという。当時はまだ4歳だったため、母の顔はほとんど覚えていないらしい。そのため、愁、萩にとっては姉であるが母に等しい存在だったらしい。

 愁の気の強さと我が儘を見ていると、さぞかしは良い姉だったのだろうとマダラは思う。






「柱間様も細かいことをお気になさらないらしくて、随分うまくやっているようだから。」






 は少し寂しそうに目を細める。

 千手一族をまとめる柱間はかなり大らかな人物で弟嫁である愁に対してもかなり自由を許しているらしい。しょっちゅう休戦と他の一族をまとめる協議に顔を出しているし、蒼一族に里帰りもしている。夫である扉間の方はたじたじだが、誘えば柱間の悪ふざけにもつきあうと言う話だ。そういう点では愁も少しずれているのかもしれない。

 対しては出産でも実家に帰してやることはできなかったし、元々男の権限の強いうちは一族では協議に女が顔を出すと言うことはない。しかもあまりうちは一族はの存在を歓迎していない。肩身の狭い思いをさせていることは間違いないだろう。






「…アカル、眠そうね、」






 はふと裁縫の手を止めて、それを危なくないように近くによけて、マダラの膝にいる娘を見やる。






「そうだな。」






 今日のアカルは元々疲れていたのか、マダラが少し遊んでやるとすぐに眠たそうに欠伸を始めていた。今も少し体を揺らしているが、うとうとしている。






「最近あんまり寝なくてこまっていたのに、やっぱりお父さんが良いんだね。」






 は目を細めて、穏やかな表情で優しく笑う。さらりと段々に切り揃えられた紺色の髪が肩を滑り落ちた。覗く首筋は白く、細い。

 マダラはその細い首に手を伸ばして、そっと撫でた。






「おまえ、痩せたな。」







 一度、マダラは彼女の首を絞めたことがある。その時も確かに彼女の首は細くて頼りなかったが、今はずっと細い。

 女は妊娠で太るので、その後ふっくらすると言われる。だがどう見てもはそれほど太っている風には見えない。むしろ前よりずっと体重は減ったのではないかと思う。鎖骨辺りも、浮き出ているように見えた。





「そうかな?…食べてはいるんだけど。」






 は軽く小首を傾げて、笑う。





「…」





 その笑顔を見て、嘘だなと思った。

 彼女は確かに簡単に人の嘘を見抜くし、勘が鋭い。何も分からなくても八割の確率で当ててくる。生憎マダラにはそんな勘はないが、の嘘を見抜くのは簡単だ。

 彼女の一族は皆勘が鋭いため、全くと言って良いほど嘘をつく機会がなかったと言う。というか、嘘をついても無駄なため、嘘をつく必要性がないのだ。そのため、はどこまでも嘘をつくのがへただった。すぐに視線をそらす。





「アカル寝ちゃった、」





 は娘の髪を愛しそうに撫でる。

 彼女とてうちはの口さがない者たちが男を産まなかったと彼女を責めるのを聞いたことがあるだろう。悲しいと思う事だってあるだろう。それでも彼女が泣き叫ぶことも、実家に帰りたいと嘆くこともない。うちは一族にあわせてくれている。

 その心労はいかようの物だろう。





、」





 マダラはの頬に手をそわせる。は少し顔を上げて、紺色の瞳をマダラに向けた。






「俺が守る、」






 にはこのうちは一族のなかで、マダラ以外に頼る人間はいない。だからこそ、誰よりもマダラが彼女を守らなければならないのだ。

 抱き締めたの体は前より細くて、頼りなかった。





緩やかなる崩壊